第35話 ダンジョン探索に革命を起こすライセの新魔法

 この街――アルシオネの地下には古代遺跡が眠っている。

 数千年前に存在したとされる古代文明の遺跡で、アルシオネはその遺跡の地上部分に築かれたという。

 小さな集落が遺跡の地上部に築かれ、それが徐々に都市へと発展して今のアルシオネの形となったのだ。


「レイモンド・ブライト――32歳、五等級冒険者。十日前に地下遺跡の小鬼ゴブリン退治に向かってそれっきり」


 ライセは遺跡に向かう道すがら依頼書の内容に目を通し復唱する。

 件のレイモンドのプロフィールの概要だが、特に目立ったトラブルを起こしたこともなく、至って普通の善良な冒険者だったとのことだ。あと付け加えるなら地下遺跡はまだ未探索区画があると豪語してたびたび単独で遺跡に潜っていた変わり者ぐらいだろうか。

 なので、依頼をすっぽかしてそのまま街を出たというのは考えにくい。やはり遺跡内部で身動きを取れなくなって救助を待っているか――


(もうすでに亡くなっている、か……)


 彼が何日分の食糧と水を携帯しているかは分からない。クエストが素材集めならそんなに多くの荷物は持っていけないはず。

 人間は食糧無しでもそうそう餓死することはないが、水分はそうはいかない。水無しでの生命維持はせいぜい数日しかもたないのだ。

 レイモンドが遺跡内で何らかの水の補給手段を持ち合わせていていなければ、彼の安否は絶望的だろう。


 ライセたちが遺跡内に持ち込む水と食糧はアンデッドであるアインを除けば実質二人分、さらにライセとノアはその肉体特性上水と食糧は極限まで切り詰められる。

 普段の二人は人間らしさを忘れないためという精神衛生のために普通に食事をしているが、こういう時特殊な体質は便利だ。


「ねえノア、荷物を四次元ポケットみたいに収納できる魔法ってないのー?」

「四次元ポケット……? なんだそれは」

「あー、なんでもないこっちの話」


 アインは怪訝な声色でライセを見るが、彼女は手をひらひらと振って誤魔化す。

 こういう時アインはそれ以上深く追及しない。それがありがたいと感じつつも、行動を共にする仲間ならいずれきちんと自分の事情を話さねばと思うライセだった。


「四次元ポケット……? ああ、確かライセさんの時代にあった娯楽作品の道具ですよね? さすがにそんな都合のいい魔法なんて――いえ、理論的には可能かもしれない」

 

 一方でノアは腕を組んで一人でぶつぶつと喋り出した。

 ノアは「――要は対象を量子化して――エデン・エンデバーの転送システムの応用で……」と専門的なことを呟き、どんどんとその声色が真剣なものに変わっていく。

 彼女は何か考え込んでいるようだが、ライセにはそれが何なのかさっぱり分からないし、アインも同様に首を傾げている。


「普通の人間ならまず無理だけど……ライセさんならあるいは……うん」

「えっ? 私!?」

「ライセさんのマナで銃を作り出す魔法どうやって覚えたんですか?」

「どうやってと言われても……チンピラに囲まれてヤバイヤバイとなって……剣なんてまともに振れない私が唯一使えそうなものと言えば銃だし、あれを作れば形勢逆転できるかもと思って……」


 急にノアに話を振られてライセは驚く。

 質問の意味が分からず回答になっているのか分からない答えを返すとノアは「それです!」と返した。


「どうもライセさんは物質の分解と再構成に秀でているみたいなんです。そもそも、わたしをこの体にしたのもライセさんの力ですから、ライセさんの桁外れのマナの量と制御能力なら物をマナに分解して再構成するのも可能かと」


 ノアは興奮気味にそう語る。ライセのマナは銃を作る際にも、ノアの体を再構成する際にもその能力を発揮した。それはつまり、彼女が“物質を分解して再構成する”というマナ制御法に秀でているということだと彼女は言うのだ。

 そしてそれを応用すれば四次元ポケットのような収納魔法を実現できるのではないか? とノアは考えたらしい。 

 ――なるほど……確かに私ならできるかも。ノアの説明を聞いて、ライセは納得がいったように頷く。


「ライセさん、この石を分解してみてください」


 ノアは道端に落ちている石ころを拾い上げてライセに渡す。ライセはノアに言われるまま、その石に意識を集中させる。

 すると手の中の石がまるで砂のようにサラサラと崩れていく。そしてそれは金色の粒子となってライセの手の中から消え去った。

 どうやら成功したようだ。ノアはその反応を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。


「じゃあ次は石を分解して、再構成ですね……分解するよりもイメージしづらいかもしれないけど、ライセさんならできるはずです」


 もう一度石ころを手渡され意識を集中させる。ライセは深呼吸をして、ゆっくりと石に意識を集中させた。

 先ほどと同じように粒子状に分解されるが――再構成には至らなかった。

 何かが足らないのだろうか、ライセは考える。再構成しやすいイメージとはなんだろう……


 ふとそこで思い出す。

 堕天使に汚染されたノアを浄化した時だ。あの時粒子となって消滅しつつあるノアを掴んでいる。その後知らないうちにノアは今の姿へと再構成を果たした。

 あの時、ノアを形成するマナは――自分の体内に取り込まれていたのでは?


(よし……分解したマナを取り込んでそこからまた取り出すイメージだ)


 三度ライセは石ころを手に取り、分解する。今度はその粒子を体内に取り込む。

 キラキラとした輝きを放つ粒子が自分の手のひらに吸い込まれていく。そして今度は石ころを体の中から取り出すイメージで再構築を始めた。

 霧散した粒子が、また一つにまとまりだす。そのマナの粒子は手の中で形を成して石へと再構築された。


「できた! ノアできたよ!」

 

 ライセは手の中の石をノアに見せる。マナの粒子を物質に再変換することに成功したのだ。

 今のでコツを掴んだ。マナの銃を形成するよりも元の存在がある分、物質構成にまで集中力を割く必要がないので楽にできるはず。

 ライセは腰の護身用のショートソードを鞘ごと手にもって、分解し収納する。そして再構成。


「……これはとんでもない魔法じゃないか? これはダンジョン探索が革命的進歩を遂げるぞ」

「へへん、どうよ!」


 再構成したショートソードを見て、ライセは得意げに胸を張る。

 アインの目にも今の一件がいかに画期的か分かったらしい。それもそのはずだろう、物を持ち運ぶ必要もなく、いつでもどこでも好きな物を好きな時に取り出せるのだ。これほど画期的な魔法は存在しないだろう。


「わたしもここまでライセさんがマナ操作へのイメージ力に長けているとは思ってませんでした……」

「ノアも私と同じ体質だからできるんじゃないの?」

「んー……どうでしょう。わたしは元“天使”なので知識や理論はあってもそれを自分の創造性に活かすのはまだ不慣れなんですよね……」


 ひょんなことで編み出したライセの独自魔法は想像以上にこれからの冒険に役立ちそうだ。ライセはこの魔法を“量子収納クオンタム・ストレージ”と名付けた。

 こうしてライセたちは遺跡の入口がある南地区の教会へと足早に向かうのだった。

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