第30話 立ち上がる勇気
乱暴に蹴り開かれた入り口の扉はその勢いでドアベルが外れ床に転がる。
その音にライセは驚き、ノアはビクッと肩を震わせるがネーヴィアとアインは動じることなく入り口の扉を見据えている。
「オラァッ! いるんだろあの野郎ッ!」
怒鳴り声とともに数人の男がたちが押し入ってくる。ライセは驚いて振り返るとガラの悪そうな男たちの集団だった。全部で五人、人間に魔族とアンデッドが混じった集団だ。
男たちは薄ら笑いを浮かべながら店内を物色するように見回す。
「ネーヴィア、知り合いにしては失礼な輩だと思うが?」
「まさか、ここが何か知らずに押しかけるなんて最近引っ越してきた方でしょう?」
「二人とも落ち着いてらっしゃるんですね……」
「ノア……私から離れないでね……!」
ノアは不安げに二人と男たちを眺めている。ライセも何が起きるのかと身構えているがその表情に不安を隠せない。一方でアインとネーヴィアはあくまで落ち着き払った様子だ。
「よう、さっきは世話になったな。そこのスカした“鼻無し”よぉ!」
「どうやらあなたの知り合いみたいよ?」
「俺にあんな下品な知り合いなどいないが?」
「あの人さっきの――」
ライセには先頭の男に見覚えがあった。この宿に来る直前、自分に絡んできてアインに軽く腕を捻り上げられた男だ。
傍には見知らぬ男たちの姿。仲間を引き連れて仕返しに来たのは明らかだ。
「テメェ……さっきは世話になったな! この“鉄拳”のガルバ様をコケにしやがった罪は重いぜ! そのスカした兜ボコボコにしてやらぁッ!」
恥をかかされたから報復に来るのは結構なことだが、仲間を引き連れてやって来るのが小物臭を漂わせていてみっともない。
ライセはそんなことを考えていると、ガルバがニタニタと笑いながらアインに近づいてくるのが見えた。
「聞いたぜ。“鼻無し”のくせに冒険者やってる勘違い野郎ってな。来てみればメスガキ三人侍らせてるとはお笑いだぜ! オラッ! そのスカした兜脱いで素顔晒してみろや!」
「それは困るな……兜を脱げばお前が恐怖のあまり失禁してしまいかねん。そうなると“鉄拳”の名に傷がつくぞ?」
「オラァ! “鼻無し”野郎ォ……誰がションベンチビるってェ!? 」
ガルバは激昂し、近くの椅子を怒りに任せて蹴り飛ばす。椅子は宙を舞いノアの近くに落ち、彼女は声にならない悲鳴を上げてライセにしがみついた。
「ノア、大丈夫……大丈夫だから……!」
「は、はい……」
ノアはライセの腕にしがみつき、小さく震えていた。ガルバと取り巻きの男たちはそんなライセとノアを下卑た目で舐め回すように見つめる。
この手の人種はいつもこうだ。
価値の判断基準が舐めるか舐められるか。
恥をかかせるか恥をかくか。
優越感と劣等感でしか物事を計れない。
一度でも相手が格下と見るや否や、その相手を徹底的に見下し、蔑み、嘲笑う。ライセにとって何よりも嫌いな人種だった。
自分が恐ろしい目に遭うのは構わない、痛い目に遭うのは構わない。
だけどノアに手を出すのだけは許せない――!
ライセはノアを庇うように一歩前に出て、右手に力を込めていく。光の粒子が集まり黒銀色の銃が顕現する。
顕現した銃にノアは目を見開き、アインとネーヴィアは興味深そうにそれを見据える。
「ライセさん……その銃……!?」
「出て行ってください。ここは食事を楽しむ場所です。あなたたちのような人がいていい場所じゃない」
静かに、しかしはっきりとした口調で言い放つ。その声は一階中に響き渡り、その場にいた全員の視線が一斉に集まった。
「なんだそのマナで出来た短い剣――いや槍か? そのもの振り回して俺たちとやり合おうってか? 笑わせんなよアマぁッ!!」
ガルバが一歩踏み出し、ライセを睨みつける。
取り巻きたちもゲラゲラと笑い声を上げながら、今にも飛びかかってきそうな雰囲気だった。
ライセはそれでも臆することなく、銃口を真っ直ぐガルバに向け続ける。
その光景を見守っていたノアだったが、意を決したように一歩を踏み出し手に力を込める。光の粒子がノアの手に集まってゆく。
「――ライセさんばかりに頼っていられない……! わたしだってこの人たちを追い払えるんだから……! もう帰ってください!」
「ノア!? 私みたいにマナで武器を……!」
ライセはノアがマナで武器を作り出すのを見て驚く。彼女が生成したのは一振りの白銀の杖、その先端部分に蒼い宝石のようなものが取り付けられていた。
「ハッ、健気だねえお嬢ちゃん! お姉ちゃんを守るため立ち上がった妹ちゃんの雄姿、美しい姉妹愛とはくぅ~泣けるぜぇ。――おいてめえら。先に獲物を抜いたのはこのガキ共だ、存分に痛ぶってやれ」
嘲笑うかのようなガルバの声のトーンが変わり、途端に冷たい口調に変わる。
見下していた女子供が武器を抜いた。これは明確に自分を舐めた行為であると受け取ったのだろう。許さない、それがこの男たちのルールなのだ。
取り巻きたちは待ってましたと言わんばかりにそれぞれ武器を抜く。ある者はナイフを構え、またある者は腰に携えた剣を引き抜く。
アインもこれ以上は穏便に済ませられないと判断したのか無言で背中の剣に手をかける。
一触即発の空気が場を支配する、ライセは構える銃にマナを込めていく――
「もうっ……お客様に武器を抜かせるなんてホストとして立場がないじゃないの……ライセさん、ノアちゃん。あなたたちの勇気は見せてもらったわ」
緊迫した空気の中、ネーヴィアの声が響き渡る。
その瞬間、まるで時が止まったかのように全員が動きを止めた。
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