ミサノオウ

池里

第1話 巫女の発見


 その日国の南にある山奥で幼い子供の唄を聞いた。薬草を取りに来ていた明楽は、いつもは入り込まない南側の海岸沿いに迷い込んでいた。日の出とともに山に入り、もう太陽が西に傾いていた。足は重くなり空腹だった。歌声に気が付いたのは大きな風が吹き、鳥たちがその声にこたえるように鳴いていたためである。

 明楽は風上に向かって歩いて行った。すると透き通った透明な幼い歌声がさらに近づき気が付くと大きな洞窟の前にいた。明楽はここがヤサ獣の洞窟であることに気が付いた。

 古くから立ち入ってはならない神獣の社である翠海の洞窟は、名前の通り海と繋がっており入り口は生物たちの吐息で満ちていた。海との間にヤサ獣が生命を誕生させる産海があり、翡翠のような岩肌のその洞窟からはやはり幼子の声がしており明楽は踏み入ってはいけないはずの洞窟に足をすすめていた。


 この国には神の獣、海獣が三獣おり、それぞれヤタ獣、ヤサ獣、ナギ獣と呼ばれていた。三種の神器に準えてそう呼ばれる三獣はそれぞれに大いなる役目を持っており海からこの世のイキモノ達を司る存在であった。姿はまるで大きな鯨のようで一体ずつ見てくれに特徴があった。

 ヤタ獣は赤みを帯びた体色で三つの目を持つイキモノ達の終わりを見る神であった。また死にゆくイキモノが腐りきってしまう前に地に返し地の循環を担っていた。 

 ヤサ獣は翡翠色の大きな鰭を持つ神獣で、鰭で一掻きすると様々な生命の元を作り出すことができた誕生の神であった。

 ナギ獣は青色の最も小柄の神で、しかし頭に大きな一角を持っていた。角でヤサ獣が生み出した命の元を種族に分けイキモノ達の種類を増やす役割を担っていた。また角を使って地底に潜ることができ地の怒りを治めることができた。

 海にいるこの神獣たちがこの世のイキモノの王とされていた。

 また陸地には虎獣と麒麟という司獣もいた。司獣は海獣とは違い、生命自体はコントロールできないが、生まれ落ちた生命の成長や進化、また衰退を支配していた。

 虎獣は性と自然のなりゆきを火の力で操りその力は虎火と言われていた。虎火は心の臓の火力をいじることができる力で生命の自然な流れに加え病などの災いを地に与えた。

 麒麟はイキモノに知恵や成長を与えどの獣よりも知力が高く見聞の力を持っていた。

 このようにそれぞれの役割を担い、しかしお互いの役割、能力にのみ本能が働く獣たちは他の種族に関してはほとんど干渉せず、人間からもただただ神仏と崇められていた。

 獣たちによって均衡が保たれるこの世はこの後の八百年で大きな変化を迎えることになる。


 ある言い伝えには古きこの時代に弥刀の国という大国があり、この大国を治めていた弥撒の王という王がそれまでの歴史を大きく変えた伝説の王であるとされている。 

 弥撒ノ王は不思議な能力をもつ王でその力を使い自国の民をも恐怖で支配し、敵とみなしたものには口で言うにはあまりに恐ろしい残酷な仕打ちをした。

 「血の王」という名がつくほど冷酷な弥撒ノ王は自らの代で弥刀の国を大国にし、子を持たずして自分の代でその大国を絶えたといわれている。しかしその弥撒ノ王が女だったのか、男だったのか、何歳くらいだったのか、どの地域のどの家系の家柄かなどの情報は皆無であった。


 薬屋の明楽は洞窟をゆっくり進んでいた。

 一歩踏み出すごとに洞窟内には生命のざわめきが起こっていた。明楽は今までにないほど体を震わせ、ここから先にある何かとの出会いに怯えているようだった。今もなお聞こえてくる幼子の唄声は心地いいものだがただ事でなかった。

 ここはヤサ獣の社で本来人間には見つけられるはずがなく、立ち入ることができないといわれていた。ヤサ獣をはじめとする神獣は他のイキモノとは相いれない。そのため社は特別な守りが施されており本来は外からは見つからないのだという。

 明楽は自分がそんな場所に踏み入っていることがいまだ信じられないという感覚と、そんな場所で幼い子が唄を唄っているということが明楽の好奇心を掻き立てていた。少しずつ植物が増え、今まで見たことない姿の魚や小動物が明楽の足元を動きまわっていた。

 まるで客人をもてなすかのような小さなものたちのざわめきが明楽の緊張をより高めていた。洞窟の一番奥にたどり着いた。明楽はそこで一歳くらいの幼子を見つけた。唄声はこの少女のもののようだ。

 黒い髪に白い体、真っ黒な目をしたその幼子は明楽が近づくと唄をやめ、こういった。

「なんだ、人ではないか。」

 明楽はこの幼子がはっきりと話せたことに驚きを隠せなかった。小さなその娘からに着かない口調で吐き捨て、明楽を一瞥した。

「人がいるということはヤサが許したのだな。時が来たのか。私に出ていけということか。」

 幼い子が発するとは到底思えない言葉面とまるで成人した大人のようなその表情に思考が乱された。着ているものは明楽が触ったことのないような上等な素材に見え、その純白な衣類がよりその幼子の真っ黒い目と髪を際立たせた。明楽はどうにか言葉を振るい出した。

 「君はどうしてここにいる?ここはヤサ神の社だろう。人間のしかも子供が見つけられる場所ではないはずだ。」足元で羽の生えた狐のような生物が明楽にすり寄っていた。

 その幼子は明楽から目を離さずに肩に止まる鳥たちに頬を擦った。片方の口角を上げ、続けた。

 「はは。そなたも人のくせにたどり着いたではないか。そういうことだよ。私はヤサとは特別な関係だ。そもそも社から出たことがない。」

 「わからないな。誰かに捨てられたのか?まだ歩けもしないだろう。なぜ口が利ける?言葉は誰に教わったのだ。」

 何とも奇妙だった。この娘は今この社から出たことがないと言った。しかし明楽の様子に辟易したのだろう。じっと見ていた視線を外し呆れたように髪を触った。

 「聞きたいことがあるのはわかるがまずはそなたの住む場所に私を連れて行ってくれ。ここから出ていかねばならんのだ。私は弥撒という。そなたの名は何という。」

 明楽は自分の名前と身分、ここへ迷い込んだ経緯を話した。明楽の薬師という肩書にピンとこなかったのか弥撒が眉を潜めた。いちいち大人びた仕草を見せる子供だ。

「薬屋とはなんだ。」

「薬屋とは人々の傷や病に聞く薬草を集めて配合するんだ。山にある草を毎日取り取った薬草からいろいろな薬を作る。」

「ほお。薬。そんなもので病が治るのか。人間も不思議なことを考える。ではその薬屋へ帰ろうか。来た道はわからんだろうが帰り道はすぐにわかる。」弥撒の言葉はどうにも足らず、明楽はどうしていいかわからなかった。しかし人里から遠く離れたこんな場所に幼子を残すことにも抵抗があった。

 明楽は弥撒を抱き上げた。抱き上げるとそれまでの足の重さが軽くなり、迷い込んだはずの洞窟からの帰り道がふっとわかった。自然と足が動き出し、洞窟の出口が見えた。明楽はとにかく帰りたい気持ちとここ数年で積みあがった孤独な生活から弥撒がいることでもしかすると解放されるかもしれないという期待がわき、弥撒を連れていくことにした。

 持ってきていた薬草箱に弥撒を入れ、歩き始めた明楽は足元の小動物が弥撒を引き留めるように悲しがっているのが見えた。弥撒の素性が気になりながらも足を進め、洞窟の口までたどり着いた。洞窟の口はその先が広い海へと続いており海への前には大きな水溜りがあった。これが伝説に言う産海か。その中央には突き出た岩に色とりどりの植物が巻きついたまるで植物の神殿があった。そしてその周りを大きなイキモノが泳いでいた。

 明楽は目の前の光景に衝撃を受けた。昔村の長から聞いた神獣のヤサ獣が目の前にいたのだ。ヤサ獣は洞窟と海の堺からこちらを見ており数秒そのままだった。明楽はその美しい神の姿に目を奪われていた。思わず薬草箱を降ろしひざまずいた明楽の横で箱から顔を出した弥撒が「そのままでいろ。」と明楽に告げ、箱から出た。歩けない弥撒は箱の前で座り手を合わせ唄いだした。

 心が洗われる声だった。先ほどの唄とは質が違う。本当に洗われたのだ。人の声ではなく何か自然な風が鳴る音のような、とても耳障りの良いものだった。

 思わず明楽の目から涙がこぼれた。弥撒は唄いながら合わせていた手を放し両手を大きく広げた。それを見たヤサは目を細め嬉しそうに幼女に返事をした。大きな鰭で弥撒に水しぶきをかけたヤサ神は、ゆっくりと海へと戻っていった。


 完全に見えなくなるまで動けなかった明楽は弥撒の「ほれ、連れていけ。」という言葉で我に返った。明楽は弥撒を抱き上げ箱に入れ歩き出した。

 今見た光景は弥撒がヤサ神と通うことができる巫女だということに他ならなかった。

 巫女は明楽にとっては嫌な記憶を思い出させる存在だった。しかし弥撒の巫女としての力は明楽の知る巫女の力よりももっと神の存在に近いもののようだった。帰ったら必ず今見たことを説明してもらおうと強く決め明楽は迷わずに自宅へと足を進めるのだった。


 しかし目が覚めると朝になっていた。どうやら歩き疲れた明楽はそのまま寝てしまったようだ。眩しい朝日に目を細めながら起き上がった明楽は顔を洗うために外の井戸へ向かった。

 顔を洗って戻った明楽は薬草棚の前で何かをしている弥撒に気が付いた。昨日のことは夢ではなかったようだ。まるで長い夢を見ていたかのような奇妙な感覚に襲われた。

 弥撒が触っていたのは毒の棚だった。慌てて弥撒を抱き上げた明楽は弥撒の口からクルミとブドウの匂いがするのを感じた。明楽は薬草棚を見た。最近まで調合研究を重ねていた完成品の劇毒薬だった。口に含んだ瞬間にしびれが出始め途端に呼吸を弱くするその毒薬は、とある人に作るのを頼まれた特別強力な毒薬だった。

 「おい、勝手に飲んだのか。どのくらいをいつ口に入れた。吐き出さないと死ぬぞ。」

 焦って弥撒の肩を強く握ってしまうと、弥撒はその手をいとも簡単に払いのけ「痛いわ。」と呟いた。口に含んでしばらくたっているであろう。なのに弥撒には苦しそうな気配が全くなかった。明楽はこの薬の解毒薬をまだ完成させていなかった。大いに慌てる明楽をみて弥撒は口の中で舌を動かした。立てない弥撒は腕の力だけで薬棚まで来たようだった。

 「ここにある分は半分以上飲んだな。そんなに焦ることではない。どんなことをしても私は死なんのだ。そういう定めなのだ。」

 「なんだって?死なないとはどういうことだ。強力な毒薬だぞ。お前はやはりヤサ神に仕える巫女なのか。普通ならもう呼吸が止まっていてもおかしくない。」

 「私が何者なのかは私にもはっきりとはわからんのだ。巫女であるということはすでに伝えておろう。私はある使命があってお前をあの場所に導いた。」

 毒は全く効果を発揮していないようだ。弥撒はいたって正常な様子でいた。

 「使命?どんな使命なのだ。そもそもお前は人なのか。」

 「もちろん、人だ。人型ではある。しかしそなたたちとは元の形が違う。そして私には齢という概念がない。今の見た目はここで生きる者たちに紛れるための仮の姿だ。」

 「使命とはなんなのだ。どうしてお前のような幼子に使命など与えられる。」

 明楽はこの話をにわかには信じられない気持ちでいたが、確かに弥撒の姿は普通の幼女とは違い、浮世離れしておりこの世の美しいものすべてで作ったかのようだった。弥撒は話すときには常に口角が上がり、軽く眉に皺を寄せる癖があるようだ。その仕草がまた弥撒を大人びいて見せた。

弥撒は出生については全く覚えておらず生まれてからずっとヤサ獣の社で過ごしていたという。食べ物はすべて周囲の動物たちが調達し、言葉は自然と身についていたそうだ。

 「見たところ体の大きさは一歳ほどに見える。」

 「実際のところ生まれ落ちてから何年が経っているのかわからん。あの社は時間というものがない。

 して薬師、明楽。わしの使命はこの国を治めることだ。近々大きな災いが起こる。それは防ぎようのない神々の均衡が崩れるような大きなものだ。わしはヤサに育てられ、機を見て世に放たれた。元来人と神は交わることがなかったが今後起きる災いにより交わる他ならない定めとなった。わしはその交わりを繋ぐ巫女であり人でも神でもない存在として神と人を守るために生まれた。」

 淡々と話す弥撒に対し、明楽はこの話をにわかに信じられないでいた。現実とはかけ離れた弥撒の話を落ち着いては聞けず台所へたち、お茶を入れ始めた。

 「わしがこの機会に洞窟を出たのは蛇贄祭なるものが今年で一五〇年を迎えると耳に入れたためだ。」明楽の動きが止まった。動揺が指先まで伝わり思わず茶を入れる器を落とした。その様子に弥撒はすぐに察したようだった。

「なんだ、おぬしの家族が贄だったか。」明楽は奥歯に力が入った。

「その通り今年で一五〇年だ。あの祭りは俺にとって思い出したくもない祭りなのだ。今年でどうしても終わりにしたい。なのにお前がそのために用意した毒を飲んでしもうた。あの毒は蛇女を殺すために俺が調合したものなのだ。」

 「わしはのお、明楽。その祭りを今年で最後にしてやろうときたのだ。お前が作った毒などなくても、わしがお前たち村の民を安寧に導いてやろう。

 そのためには今までの祭りについての情報が必要だ。何があったか細かく教えるんだ。明楽の大切な人だったのか、その食われた贄は。」

 「いや俺の場合、贄ではない。巫女の方だ。俺の妻になるはずの巫女が祈りの最中にモノノ怪の機嫌を損ね、そのまま上体を食われた。俺の大事な人は半分になって戻ってきた。あの日のことが忘れられないでいる。」明楽の目の端に薄く水が浮かんだ。

 「そのモノノ怪が蛇女だな。三年に一度男を差し出すことで村に毎月五日間雨を降らせるというやつか。村の雨はいつから降らなくなったのだ。」

 「言い伝えでは村には昔雨巫女という巫女がいてその巫女が祈ることで雨が降ると言われている。だが二百年ほど前にその巫女の力が急に弱まり雨が降らなくなった。今村の男を喰うモノノ怪はその力が弱まった巫女が村の外れにいた大蛇と契約を交わし、巫女と大蛇が人間の血肉で生き永らえた邪悪なものだそうだ。村に雨が降らなくなり村長が蛇女に交渉した。その結果三年おきに男を一人差し出すことで毎月五日間だけ雨を降らせ続けると取り決められた。差し出された人間の男を毎月ゆっくり食すため、その消化している五日間のみ豊かな雨を降らすそうだ。その雨はそれまでの雨とは違いよく食物が育つ雨だったそうだ。そのため村の人々は蛇女に逆らうことができなくなった。」

 「約束は守られているのか。五日間は必ず雨が止まずに降るのか。」

 「俺の大事な人が喰われたあの時は巫女も喰ったために確かに良い雨が降った。しかしその前の時は雨が弱まっていた気がする。その前の時も確か…。年々力が弱くなっていると村長が零していたな。それがどうしたんだ。」

 「なるほどな…。わしの推測だがその蛇女は徐々に寿命が近づいているんだ。今回もおそらく2人、もしくはもっと人を食らうつもりだろうな。今年の贄はもう決まっているのか。」

 「決まっている。俺の妹の旦那だ。もう男の子を二人と女の子を二人も作った。選ばれる男はまったく子供を作ったことがない三十五歳以上のものか、三人以上の子供を作ったものだ。そして見送りの祈り巫女はその娘だ。巫女は血縁者が務めることになっている。」

「巫女はなぜ血縁者が務めることになっているのだ。蛇女の指示か?」

「いいや。村長が決めたことだ。そのほうが祈りの力が強くなるということらしい。」

 明楽の答えに弥撒は疑問を抱いた様子で少し考えた。そう長く時間が経たないうちに弥撒が口を開いた。

「村長に会うことができるか。直接話を聞いてみたい。わしの推測が間違っていなければ村長は蛇女と通じている。」弥撒は長い髪を手で溶かしながら軽い口調でそう言った。

「そんなはずないだろう。村長が?」弥撒は手を止め、明楽に手招きした。

 弥撒の近くに座った明楽をまっすぐと見つめ弥撒は続けた。

「ああ、そうだろうな。村長は代々同じ家系のものが継いでいるだろう。」

 弥撒の話が本当なら明楽があの人を失ったのも村長のせいということになる。今まで喰われてきた男たちや、身を切るような思いで村のために家族を差し出した者たちも、皆村長に裏切られていたのだろうか。

 ただ今年明楽は贄の家族である妹の明菜からあることを頼まれていた。それは蛇女を殺すための毒薬の作製だ。

 明菜は自分の夫が連れていかれることが許せず明楽が作った毒薬で蛇女を殺めてしまうつもりだった。

「明楽、祭りを終わりにするとはどういうことだ。」

 弥撒の鋭い視線に思わず明楽は目を伏せた。

「弥撒には関係のないことだ。」

「そうか、わしが飲んでしまった毒薬を使うんだな。妹と共謀して蛇を討つ気であったか。それで蛇毒か。良く配合されているな。どうやって食わすつもりだった。」

 弥撒には嘘がつけない。すべて把握されているような気がした。

「巫女が袖に槍を隠しその刃先に仕込むつもりだ。もしそれで失敗したら俺が毒をしみこませた太刀で首を落とす。贄に選ばれた男の子供たちが木の上から毒矢でも狙う。」 

「ふふ。なんだか簡単な計画だな。」明楽の計画を馬鹿にしている様子だ。

 明楽は笑う弥撒に少し苛立ちながら語気を強めた。

「誰も蛇に喰らわれることを恐れて協力しないからな。俺らだけでやるしかない。次の年は自分たちの家族が贄にされるかもしれないというのに。俺はもう二度とあんな思いはしたくない。」

 「それはそうと思うが、しかし蛇女を討てたとして雨が降らなくなったらどうするのだ。今の巫女では雨は降らせられないだろう。それとも蛇に呑まれた巫女の血筋のものが今も残っているのか。」

「もはやそのようなものはいない。巫女の力を扱えるものもな。だが家族がやられるよりは干ばつでみんな死ぬほうがいい。海へ行けば水枯れに入るが海へは村の決まりで近づけないからな。」

「海へ近づけないのはなぜだ。」

「蛇女との取り決めで雨を降らせるには蛇が海に近いところで生きる必要があるらしい。

 人間は蛇女に普段は近寄れない。飲まれるかもしれないからな。それに海は海獣の住処だ。穢れさせては地に異変が起こるかもしれん。」

「なるほどな。」弥撒は愉快そうな顔でこういった。 

「わしがそなたたちの運命を変えてやろう。ヤサから与えられた第一の試練とな。」

 明楽は胸が騒めいた。この幼女が何者でどんな力の持ち主なのかわからないままだ。しかし弥撒の言葉には何やら真実を感じ、この何か月もずっと蛇の毒殺だけを考えていた明楽は少し気が楽になったような、共犯が増えたことで殺意が等分されたような感じがした。

 弥撒は舌で口の中に残っている薬草を舐め、小声で「うむ、多少痺れるものだな。」とつぶやき感心していた。


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