ドーちゃん
@wlm6223
ドーちゃん
俺は朝七時半にスマホの目覚ましアプリで起こされた。
俺の部屋には目覚まし時計がない。
というのも、目覚まし時計が鳴ると、ぶっ叩いたり投げつけたりしてすぐ壊してしまうからだ。
腕時計には頑丈さを売りにしているG-SHOCKがあるが、あれの目覚まし時計版が欲しい。
「目覚まし時計G-SHOCKバージョン」の需要はあると思うのだが、なんでもスマホで済ます時代になったのだからそれも無理か。
俺は高校の制服に着替えて一階のリビングに降りていった。
「涼ちゃん、おはよう」
「おはよう」
お袋は朝型の人間だ。つまり朝でも眠たい顔をせず、毎朝テンションが高い。
俺はいつものダイニングテーブルについた。
父ちゃん分・お袋分・俺の分の朝食が既に出来上がっていた。
ご飯・あじの干物・味噌汁・大皿のサラダ。これらがダイニングテーブルにのっていた。
いつもの事なので慣れっこになっているが、朝からこれだけの食事の支度をしくれるお袋には感謝している。
いつぞや友人宅で泊まりで遊びに行ったときには、これほどちゃんと朝食を作っている家はなかった。
俺は恵まれてんだなあ。
毎日の事なので、それがいたって身に沁みる。
親父が出勤用のスーツに着替えてリビングのいつもの席についた。お袋も席についた。
「いただきます」
毎日の一家揃っての朝食が始まった。
いや、一家だけじゃなかった。
リビングに何かいる。
俺は味噌汁を飲みながらそっちへ目を向けた。
馬鹿でかい鳥がいた。
全長は一メートルほどか。アヒルをずんぐりむっくりさせたような体型。丸く大きな嘴、茶褐色の毛。喉元だけが白い。両翼が異常に小さい。
その鳥は何をするでもなくリビングをヨタヨタとゆっくり歩き廻っていた。
「お袋、あれ何?」
俺は箸をその鳥に向けて訊いてみた。
「ドーちゃん。ドードーのドーちゃんよ」
お袋が用意したのだろう、そのドーちゃんは餌箱をついばみ始めた。
「今日からうちの家族よ」
親父はさもそのドーちゃんがいるのを当たり前かのように無視した。
ドードーという鳥がいたのは知っている。確か「不思議の国のアリス」の銅版画に描かれていた、今は絶滅した鳥だ。
で、なんでそんなのがうちにいるんだ?
しかも日本の、よりによって我が家に。
「お母さん、『不思議の国のアリス』が子供の頃から大好きなの。だからうちにドーちゃんが来てくれて嬉しいわ」
お袋は心から喜んでいるようで破顔した。
親父はドーちゃんに興味がないらしく朝食を旨そうに食っていた。
「いや、あんなの飼えないでしょ」
「あら、大丈夫よ。温和しい鳥だし結構可愛げがあるじゃない」
そういう問題か?
「区役所とか動物園とか、そういうところへ引き取ってもらった方がいいんじゃないの」
お袋の声のトーンが跳ね上がった。
「そんなの駄目よ! そんなところに見付かったら、連れ去られて見世物になるか剥製にされちゃうわ!」
ドードーがいる不条理をすっと受け止められるお袋も、そういった世間一般常識はあるらしかった。
朝の日課は時間の余裕がない。
俺はドーちゃんが気掛かりだったが学校へ向かった。
学校ではドーちゃんの話はしなかった。言っても、多分信じてもらえなかっただろう。
帰宅すると、ドーちゃんの姿が消えていた。
お袋はちょっと寂しげだった。
「ドーちゃんは?」
「行っちゃった」
「どこへ?」
「ここは快適すぎるから駄目なんだって。自分は野生動物だから、大自然の中に暮らすのが本当だ、籠の鳥なんて人間の傲慢だって言ってたわ」
ドーちゃんの言葉が分かるのか? うちのお袋はドリトル先生か。
「あんまり歓迎しすぎたのがいけなかったのかしら。ドーちゃん、故郷へ帰るって言ってたわ」
ドードーの故郷って、たしかアフリカの東側じゃなかったっけ? そんな遠いところへあの足取りでいけるとは思われない。それにドードーは飛べないんじゃなかったっけ? という事はどうやって海を渡るというんだ?
「今頃は東京湾を目指してるわ」
あんな鳥が東京を闊歩していたら、それこそニュースになるし、それなりの機関が保護するだろう。
「それに最後に、短い間ですがお世話になりましたって、言ってたわ」
礼節を知っている野生動物。なんのこっちゃ。
「私はね、動物は自由であって欲しいの。人間も同じよ。自分の思うがままに生きられるのって、素敵じゃない。だからドーちゃんの申し出は寂しかったけど、ドーちゃんの生き方を尊重する事にしたの。だから引き留めなかったわ」
リビングにそのドーちゃんのための餌箱が残っていた。その餌箱は恐らく今日の朝と昼にしか使われなかったであろう。
しかし、お袋の言う通り、自由を求めるのが野生生物の本来の姿なら、それでいいと思う。
俺はドーちゃんに本物の人生はかくあるべし、と教えられた気がした。
ドーちゃん @wlm6223
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