やってはいけない肝試し

@wlm6223

やってはいけない肝試し

 真夏の夜の涼をとるには墓地に限る、と相原は言った。

「どういうこと?」

「墓地はたいてい人家や車道が近くにないんだ。たったそれだけでも気温が下がるんだよ」

 相原はおれの高校時代からの友人で今は別々の大学へ通っている。

 お互い彼女なし。クラブ活動なし。つまり夏休みの間はかなり暇だ。

「じゃ、お盆に肝試しにどこかの墓地にでも行ってみるか」

「いいねえ」

 ここで有名な心霊スポットを選ばなかったのは、相原もおれも車を持っていないからだった。要するに出掛けるにしても足がない。

「どうせなら有名人のいる墓地にしよう」

「となると、どこだ?」

 相原は国分寺に住み、おれは三鷹に住んでいる。お互いスマホでなるべく近場の墓地を検索していった。

「お、三鷹の禅林寺なんてどうだ? 森鴎外と太宰治の墓がある」

「文豪の墓がこんな近場にあるとはね。全然知らなかった」

 と、さっそく八月のお盆休みの夜、二人で禅林寺へと出掛けた。

 三鷹駅の南口から徒歩十五分で禅林寺に着いた。

 夜の寺は荘厳にその偉容をもって現前にあった。その脇に「太宰治・森鴎外 墓所」と案内の看板があった。おれたちはその看板の通りに進んでいった。

 一旦地下に潜る短いトンネルを抜けると墓地が広がっていた。

 そこはどんちゃん騒ぎの宴会が催されていた。

 行灯が夜闇を消し去り、大勢の女の嬌声と男の高笑いが響いていてた。

 おれが「ここ、墓地だよなあ……」と相原

に言うと「その筈なんだが、どう見ても宴会場だよなあ……」と呆気に取られていた。

 相原が聞いた話では「墓地は魂が安らかに眠る場所だ。怖いことなど何もない」とのことだった。が、今目の前にあるのは安らかどころか大騒ぎの大宴会の真っ最中だった。

 おれたちは人混みを掻き分けて墓所内を散策した。

 墓所はそれほど広くはなかった。

 が、それだけに人が密集しており、「すいません、すいません」と言いながら道を空けてもらいながらでないと容易に歩くこともできなかった。

 おれたちはある一団に話かけてみた。

「なんか凄い人混みですね。毎年こうなんですか?」

「さうだよ。ここぢや毎年のお盆はいつも賑やかなのだよ」

 紺絣の和装の男はそう応えた。

 そう言えば、墓所内の人々の服装はまちまちだったが、現代的な服装の人間はいなかった。女性は和装が多かったし、男も短パンティーシャツ姿はいなかった。中には旧日本軍の軍服を着た人までいた。

 その墓所内の一箇所、墓所の真ん中辺りがいやに混み合っていた。

 おれはその人混みを示して「あれは?」と尋ねてみた。

「ああ。あれは太宰先生だよ」

 太宰先生? 太宰治のことか?

「あの先生は人好きがしてねえ。それに信奉者も多いんだ。だから毎年、太宰先生のところは賑やかなのだよ」

 言われてみれば、長身痩躯の男を中心に人垣ができている。あれが太宰治か。

 皆が酒を酌み交わし、お供え物をつまみに一献楽しんでた。

「あの」と相原が言い出した。

「僕らも一杯飲みたいんですが、どこでお酒が買えるんですか?」

 紺絣の男は大笑いした。

「ここにあるのは全部お供えものだよ。金は要らないよ。どうしても飲みたいのかい?」

 おれと相原は是非にと懇願した。

「……あまりお勧めしないけどねえ……」

 紺絣の男はおれと相原にカップ酒を渡した。おれたちは酒を一口付け、ついでにおはぎももらった。

「ああ、食つちまつたか」

 紺絣の男は笑い半分で言った。

「何かあるんですか」相原が訊いた。

「古事記にもあるでせう? あの世の食べ物を食べると、もうこの世とはおさらばだ」

 おれと相原は一瞬沈黙した。

「……冗談ですよね?」と相原が訊いた。

「さあ、それはだうかな。夜明けになれば畢竟、分かるだらう」と紺絣の男は言った。

 おれたちは心の奥から肝を冷やした。

 この宴会がいつまで続くのか知らないが、朝が来るのが怖くて堪らなくなった。

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