カオス系の概略と実践

@wlm6223

カオス系の概略と実践

 世の中にはカオス系というものがある。

 一見ランダムに見えるようでも殆どの事象が何らかの法則に則っており、その初期状態の微細な違いが後に大きな違いとなるものである。

 例えば渋谷のスクランブル交差点。

 そこには数千人の歩行者が各々の目的地に向かって一斉に歩き出す。その法則(目的地)は分かっているが、やはり一見すると粒子がランダムに移動しているように見える。これはブラウン運動ではないので混同しないでいただきたい。しかし、本当にランダムなのではなく、その一つ一つの粒子は互いにぶつかることもなく、それぞれの目的地へと歩みを進めていく。

 ここで例示した通り、人間一人一人を粒子、即ちただの物体になぞらえることに反感をもつ人もいるだろうが、こういった極単純な運動は、たとえ感情をもった人間であろうと微生物であろうと、もっと小さな原子や電子にも共通することが確認されている。

「何でも理屈に押し込めようとするのは無理があるんじゃないかしら」

 これは感情論抜きにして事実として受け止めてもらいたい。この前提を崩されてしまうと、以後の私の論考は全てご破算になってしうのだ。ちょっとの間、私の推論にお付き合い願いたい。

「まあいいわ」

 前掲の通り、たとえ人間であろうと電子であろうと、マクロ的視点からすればそれらの運動はカオス系の中で説明がつく。

 ということは、たとえ誰か一人の人生の中で、誰と出会うか、どんな人たちと友人になるのかもいずれは解明されるであろう。

 そういった個々人の活動もカオス系に落とし込めば、本人の希望する人生を選択的に操作することも可能になると推察できる。

 「推察できる」としたのは、まだそれらの研究が不充分であるからだ。

 だが学習元となるデータはそれこそ人の数ほど収集できる筈だ。

 現在の人口は八十億四千五百万人とされている。それだけの個々人の経歴のデータがもし収集できるのであれば、充分にそのカオス系の学習データとして活用することも可能な筈だ。数だけでいえばそれこそビッグデータと呼べるほどの分量である。それらのデータを解析すれば、アフリカの難民の中に優秀な政治家になる人材が見付かるかも知れないし、偉大な科学者が実はモンゴルの遊牧民の中に見出されるかも知れない。その逸材をみすみす世界の片隅にひっそりと佇ませておくのは人類の発展にとって大きな損失となっているかも知れないのだ。

「自分の人生の道筋を誰かにそっくりそのまま渡す人なんているわけないじゃない。ただのプライバシーの侵害よ。それに誰がそのデータを収集するのよ。コストに見合わないわ。要するに現実味が全然ないわね」

 いや。そうでもない。データの収集なんて現代では容易に可能だ。新生児にIRFDを埋め込めば済む。近い将来、IRFDより優れた技術に置き換わる可能性も高い。それに先進国ではもうとっくに個人の特定なんて容易になっている。その個人データを正規化してどこかのデータベースを日々更新していけばいい。仕組みはとても単純で簡単だ。

 Keep It Simple, Stupid.

 まさにその一言そのものだよ。

 もしその「人類行動管理システム」が稼働すれば、より良き友人と交友を交わし、最も善き配偶者を得、素晴らしい子供たちに恵まれるであろう。中には人類の発展に大いに寄与する人材の早期発見とその成果物によってさらに人類は進歩の道を進むだろう。

 これはプライバシー侵害のデメリットを超えたメリットであると言わざるを得ない。

 このシステムはまだ構想段階で現実のものではない。だが近い将来、このシステムと同じか、あるいは非常に近しいシステムが開発される日が来るであろう。

 現在では人の交流は対面式の、同じ場所にいる同じ時間を共有した者同士のみである。

 こうして君に私の持論を展開できたのも、人生の中のカオス系のほんの末端の結論である。これは従来の言い方をすれば「運命が引き合わせた」ということになるのだろう。しかし、私の推論が正しければこれは必然である。私たちがこうして同じ場所、同じ時間を共有できたのは全て必然なのだ。

「偶然です」

 どうだろう。今夜一緒に夕食でも。

「また今度ね。口説くにしては理屈っぽすぎるわ」

 私の推論が正しければ偶然でこの結果となることは極めて稀なケースの筈だ。私は私の持論に自信は持っているが、彼女はそう言って私の手の内からすらりとこぼれ落ちるように逃げ去っていった。

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