どうにでもなれ!

@wlm6223

どうにでもなれ!

 どうにもこうにもメンドくさい連中が多すぎる。

 私は市ヶ谷にある映像ソフト会社の勤続二十年のベテラン社員だ。簡単に言えばDVDやBlu-rayの制作・製造・販売をしてるサラリーマンだ。仕事としてはそのDVDなどの制作進行管理をやっている。

 こういう業界だからこそなのか、どうも一癖二癖ある連中ばかりが集まってくる。

 とにかく時間が守れない。

 会社としては完全フレックスなので問題はないのだが、発売日から換算すると、×月×日までに完パケを用意しなければならないということが自明なことなのだが、それをわざとすっとぼけるディレクターが多いのだ。

 そうなると必然、プレス工場の窓口との遣り取りが生じてしまう。プレス工場の窓口は同じく市ヶ谷の神田川を挟んだS社だ。工場自体は静岡にあり、窓口の市ヶ谷支社に納品して一連の仕事が終了となる。

「今週いっぱいには何とかなりそうなんですが……」

 窓口のS社K氏が重たい口を開いた。

「今週いっぱいですか。具体的には何月何日の何時頃ですか」

「○月○日の二十時には……」

「それじゃあ静岡の工場まで直接マスターを持って行ってもらうことになりますが」

 会社のある東京から静岡まで新幹線で一時間ほどだ。静岡駅から工場までタクシーを飛ばして何分かかるか……。時間は殆どない。

「直接ですか……何時に納品すれば間に合いますか……」

「うーん……こちらからも相談してみますが、十九時の定期便に間に合えば工場へ直接持って行かなくても大丈夫です」

「それでお願いします! 御社へ私が直接マスターを納品します! 十九時ですね!」

「はい。○月○日十九時で」

「分かりました! それでお願いします!」

 プレス工場へ持ち込んでもいいのだが、その旅費もばかにならない。その料金は制作費の中の雑費に加えられる。と言うことはリクープ数(損益分岐点)が上がってしまうことを意味する。

 全体の制作費から考えれば安いものだが、間接費は少しでも下げたい。おまけにそんな雑費が嵩むと、こわーい経理担当者から「この新幹線代とタクシー代はなんだ?」と後から突っ込まれるのだ。

 この業界、以外とお金には厳しい。

 その厳しさはDVDが売れなくなってきてからのものではなく、そもそも金には厳しい業界なのだ。

 会社はヒト・モノ・カネで動いている。

 そういう基本を分かっていないディレクターが多いのだ。曰く「ギリギリまで頑張って良い作品を作りたい」「作品は工場で作られる工業製品とは違うんだ」等々……。

 私から見ればそんな芸術家気取りでいられては仕事・ビジネスにはならないのだが、どうもその辺を取り違えているディレクターが多いのだ。

 確かに仕事熱心なのは結構なのだが、発売日に間に合わなければ作品の出来・不出来の問題ではなくなるのだ。最悪なのは「発売延期」。これだけはどうしても避けなければならない。

 私はその問題児のディレクターのいるオーサリングスタジオを訪ねた。作業の進捗状況を確かめに来たのだ。締め切りは今日の十九時だ。

 スタジオの前まで来た。

 スタジオの扉の中央はガラスになっており、スタジオ内が見渡せた。

 そこには作業を進めるエンジニアと、その後ろのソファでひっくり返って眠っているディレクターがいた。

「失礼します」

 私は強引にスタジオに入り込みディレクターを叩き起こした。ディレクターは半睡でありながら事の次第をすぐに理解した。

「ごめんなさい。あと一時間ください」

 さっさとしろと怒鳴りつけても作業が早く終わるわけではないので私はロビーで待った。

「お待たせしました。今、出来ました」

 私はマスターを奪い取るように受け取り、足早に市ヶ谷に引き返した。

 私は早足にS社へ向かった。出迎えてくれたのは担当のK氏だった。

「いやあ、ギリ間に合わなかったですね。さっき定期便の人が出て行ったばっかりなんですよ」

 急遽、私の静岡出張が決まった。

 もう夜だというのに、日帰りの出張の始まりだ。まったくもう、どうにでもなれ!

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