12話 魔法発動
アイリーンの手によって気絶させられてから、実に一か月が経った。
え?一か月の間に何をやっていたのかって、それは―――。
「———むむむむむむむむむむむむむむむむ……よし、止まった!」
魔力が操作できるようになるまで、一か月もかかったんだよ!!
アイリーンに『リア嬢は……その、なんというか、魔法の才能が偏りすぎていますね』と哀れまれたくらいだ。
魔力の知覚はあんなに簡単だったのに。
毎日毎日アイリーンに魔力を吸収され、一か月後にようやく吸収を止めることができた。
本来簡単なことだったとしても、一か月もできなかったことができた。喜びもひとしおである。
「やったーーーーー!!……ぐぇ」
俺は手放しに喜び、庭を走り回った。
そのせいでこけた。
クラリッサが慌ててこちらに来て、介抱する。
「リア嬢、おめでとうございます。途中からどうなることやら、と思いましたが何とかなりましたね」
アイリーンがご機嫌な様子で歩いてくる。
「アイリーンさんもありがとうございます。毎日来ていただけなかったら、あと数か月はここで足踏みしていたでしょうから」
「礼には及びません。私が好きでやっていることですし」
得意げな顔をしていそうなアイリーンに俺は、あることを尋ねる。
「魔力の操作ができた、ということはついに……」
「ええ、魔法を使ってみましょうか。初歩の初歩であれば何とか使えるはずですし」
「おおおお」
なんだか不思議な気分だ。
いざ魔法を使えるとなると、わくわくするし、本当にできるのかと不安にもなる。
「土属性の最初の魔法は変形。初歩にして、土属性の根幹を担う魔法です」
そう言ってアイリーンは俺に、地面に手を付けることを促される。
ゆっくりとしゃがんで手を付ける。
切りそろえられた草、そしてその下にある土。
俺はそれを認識する。
「魔法に最も必要な者はイメージです。どのような魔法を使うのか、それができていないと、貴女は魔法を使うことはできません」
「なぜですか?」
「魔法使いは基本的に術式と呼ばれるものでイメージを固定化させ、高速度で魔法を発動します」
術式……多分ゲームの魔法コマンドみたいなものか?
「ただ術式を取りれるには、術式が記された本を読むことが絶対条件なのですが……」
「私は目が見えないから無理だと」
「はい。ですが術式にもデメリットがあって、それはイメージを固定化させることで、確かに速度は速くなりましたが、同じ結果の魔法しか使えないのです。しかしリア嬢は、そうではない」
アイリーンは言葉を切り、興奮した様子でしゃべりだす。
「術式に依らない魔法を使えるということは、それ即ち魔法を任意で変えられるということです」
「ええと?」
どういうことだ?
「例えば、Aの魔法を相手に向かって放ちます。当然相手はそれを防ぎます。基本的な魔法使いはこれで終わりです。しかし、貴女はAの魔法をBへと変えて、相手が防げない魔法へと、途中で変えることができるのです」
「???」
「つまり、後出しじゃんけんができます」
「なるほど!」
理解。
「とにかく、変形は魔力量と操作技術によってどこまでできるかが決まります。一度、その土を盛り上がらせてみましょう。イメージが完全には固まっていなくとも、操作だけでも、変化はあるはずです」
「はい」
俺は自身を流れる魔力に集中する。
血液に混ざって、体中を流れていく魔力。
俺は一か月の魔力操作訓練の集大成を発揮する。
―――魔力、励起。
ドクン、と血液に混ざっていた魔力が、血液よりも早く体中を駆け巡り、少しずつ掌に集中していく。
———魔力、操作。
手に触れている土を、盛り上げるイメージ。
魔力をイメージに、纏わりつける。
―――魔力、放出。
固定されていた魔力が、一気に放出される。
「———お見事」
アイリーンの声によって、意識が戻る。
手のひらには、相変わらず草と土の感触。
「アイリーンさん」
アイリーンの声が、先程よりも下から聞こえる。
「リア嬢、自分が今、どうなっているか、わかりますか」
「いえ、魔法は成功したのですか?」
「ええ、成功しています。それも予想以上の形で」
「え?」
アイリーンは俺の体を抱き上げて、着地する。
……着地?
「私は、一センチ程度でも盛り上げられれば御の字だと考えていました。今考えると、それはあまりにもあなたを見くびっていた」
俺の手を、壁に触れさせる。
「これは……?」
「貴方が【変形】で作り出したものです。高さは、約二メートル程度」
俺はまた、壁に手をやる。
俺が……作り出した?本当に?
俺は信じられない気持ちで、その場に立ち尽くす。
「本当に、私がやったんですか?」
「ええ」
「でも、私、無我夢中で……それで」
言葉が出てこない。
一か月も、同じところに、簡単なところに、いたのだ。
毎日が不安だった。
こんなところで躓いていて、果たしてリア=ハウンゼンのような強さを手に入れられるだろうかと。
「ああああああああああああああああああ」
嗚咽が漏れる。
努力が報われて、本当に良かった。
アイリーンは俺を見つめたままでいる。
その眼差しは暖かいものであると思う。
「お嬢様!」
クラリッサがこちらに駆け寄ってきた。
そしてすぐに俺を抱きしめる。
「クラリッサ、私、わたし……」
「ええ、ええ。よく頑張りましたね、お嬢様。私は信じておりましたよ」
ガワは女とはいえ、中身が男の俺が、女性であるクラリッサに抱きしめられながら泣く。いつもだったら、恥ずかしくて、逃げているが。
「頑張りましたね、お嬢様」
今はただ、抱きしめられていたかった。
―――――――――――
―――――――
―――――
「もう大丈夫ですか、お嬢様」
「はい」
身体の年齢相応にしばらくワンワン泣いていたが、しばらくして持ち直した。
「ふふ、年相応なところが久しぶりに見られて、私はうれしいです」
クラリッサは上機嫌だ。
「今日の夕餉は腕によりをかけて作らせていただきます」
「お二人とも、仲がよろしいですね」
先程まで見守っていたアイリーンが、ほほえましそうにこちらを見ていう。
「あ、アイリーンさん。お見苦しいところを」
「いえいえ、子供はいっぱい泣くのが普通ですし、気にしてませんよ」
子供ではないんだけどな、と俺は余計に恥ずかしい気持ちになる。
「……さて、そろそろ用事があるので、私はこれで」
「はい、アイリーンさん、ありがとうございました」
「ええ、また明日、伺います」
そう言って颯爽とアイリーンは去っていった。
「お嬢様、夕餉は何がよろしいでしょうか?」
「そうですねぇ……」
今日はよく眠れそうだ。
そんなことを考えながら、俺たちは別邸に戻っていった。
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