待っててね、ギャル曽根ちゃん

@kuronekofutago

第1話

「なんだ、ここわ」 

 水原愛理は作り物の二重瞼を擦りながら、寝起きの身体を持ち上げた。

「自分の部屋で寝てなかったっけ…いや、どうだっけか…お酒飲んで記憶ない…」 

 愛理の今居る場所は部屋でもなく、行き付けのバーでもない。酔い潰れて道端の一角を占領し、電柱に寄り掛かりながら嘔吐した後のいつもの朝…でもなかった。

「どゆこと…」 

 今、愛理は、うつ伏せの状態で、どことも知らない砂浜で眼を覚ました。

「ここは…どこ?」 

 眼の前に広がる大海原。いや湖なのかもしれない。愛理は砂浜から起き上がり、眼を細め、モヤのかかった水平線を数秒眺めた。

「広大な砂浜…まさか…ここは鳥取?」

「ちげーよ。どういう思考なんだよ」

「!」 

 愛理の身体がビクッと驚きを刻んだ。いつの間にかに一人の女性が、愛理の隣に立っていたのだ。

「あ、あなた誰!?」

「私はここの住人」

「え…鳥取の方?」

「一旦、砂丘から離れてくれるかな」

 スキニージーンズに白Тシャツというラフな格好。栗色の髪は腰近くまで伸びていて、右耳に三つ、左耳には二つのピアスを装備していた。長い睫毛が印象的で、愛理は覗き込むように見つめていた。

「なんだよ」

「あなた睫毛、凄い長くて可愛い」

「は?」

「やっぱ砂浜近くに住んでると、砂から眼を守ろうと自然に睫毛が長くなるのかな?よく見せてよ」

「…ちょっと黙れ」 

 そう言った彼女は気怠そうにスマホを見始めた。

「ちょっと、人と話してる時にスマホいじるなんてマナー違反じゃない?」

「うるさいなあ…何でいつも面倒臭い奴ばっか、ここに来るんだよ…えっと、水原愛理24歳モデル兼タレント。7歳から子供番組のレギュラー、中学になると同世代のファッションインフルエンサー的存在となり、雑誌の表紙やCMの常連となる」

「よく知ってるじゃん。私のファン?」

「18歳から始めた二重整形実況や、全身脱毛実況などの体当たり実況美シリーズがSNSでバズる。21歳に出版した『痩せる毎日のお弁当』が40万部の大ヒット、シリーズ化もされる。料理番組にも頻繁に出演」

「よく知ってるじゃん。ファンてゆーか、ストーカー並みに私の事好きじゃんさ」

「そして来年から美容番組のMC、料理番組のアシスタント等、自身ワンランクアップなレギュラーが決まる」

「え…それ、まだ情報解禁前なんだけど…何で知ってるの?」

「多忙な毎日。体型維持。ダイエット。インフルエンサー。期待の目。妬み嫉み。炎上発言…輝ける未来と同時に様々な精神的圧迫が積み重なる中、死亡。享年24歳」

「そうそうよく知ってる…って何?今、最後何て言った?」

「享年24歳」

「んー何?どゆこと?死亡?享年?私が死ぬって?その…何?あなたミザリー的な私の熱狂的サイコパスファン?」

「…あなたの事なんて何1つ知らないし、興味もない。私はただ、送られてきた資料を読んでるだけ」

「いやいや…読んでるだけって…未来の事まで言ってるじゃん」

「未来じゃないよ。過去の話」

「過去?」

「自分の眼で確かめた方が早いか。スマホ繋いで上げるからネットニュース見てみれば」

「は、あ?何言ってんの…さっきから…」

 愛理は舌打ち混じりに自分のスマホを見る。そして瞳孔が歪む。

「え…何これ。水原愛理、自宅で意識不明の重体って…」

「報道上ではね。実際はとっくに死んでるよ、あんた」

「はあ?」

「あまりに酷い死体だったし、事務所の配慮で死因は伏せたんだろうな」

「ん…全然理解出来ない。大体、私、今生きてんじゃん」

「死んだ事に自覚のない魂は、全然珍しくないよ。だから私はここにいる」

「魂…?」

「私はマコ。ここは俗に言う三途の川。鳥取じゃあない」

「鳥取じゃあ、ないの⁉」

「どこに食い付いてんだよ。私はお前のような死んだ事に無自覚な魂を、三途の川からあの世に誘導する存在なの」

「本気で言ってる?」

「まあ、お前が信じようが信じまいが、私は知ったこっちゃないけど。ほら、行くよ。着いてきて」

「ちょい待って。頭が追い付かないんだけど…」

「はいはい。魂はみんなそう言う。いい加減そのくだり飽きたから」 

「質問ぐらいはしていいでしょ?」

「死人に口なしだしだから駄目ー」

「待ってよ!私、何で死んだの!?それぐらい知る権利あるよね!?さっき酷い死体とか何とか聞こえたんだけど!?」

「ああ。それ?包丁で腹をかっさばいて、胃やら腸やら内蔵全部引っこ抜いて、出血多量で死んだだけ」

「だけって!てか、思ってたより酷い!私可哀想!」

「ありのまま報道出来ない理由分かった?」

「で、犯人は捕まったの?」

「犯人?」

「私の部屋で殺されたって事は…犯人は身内?オートロックだし部屋は3階だし、一般人の出入りは無理。それか…ストーカー?」

「覚えてないの?」

「自分が死んだ事さえ記憶にないのに、そこまで覚えてないよ」

「そう…」

「犯人は誰。質問に答えて」

「犯人なんていないよ」

「は?」

「だって自殺だもん」

「はあっ!?」

「あんたが自分で腹裂いて死んだんだよ。さっき言ったじゃん。かっさばかれた、じゃなくかっさばいた、って」

「な、何言ってんの?そんな訳ないじゃん。仕事も順調、フォロワーだって100万人超えてるし、前途洋々な未来しかないじゃん。そんな私が死ぬ理由ある?」

「あるから死んだんだろう」

「だからないっつーの!こんな訳も分からず死ぬのは嫌!美味しい物だって全然食べてないし!体重管理、美肌管理ばっかで油っこい物お腹一杯食べたいし!食べたい…し…」

「…」

「し…」

 愛理の唇の動きが止まった。

「思い出した?」 

 マコの言葉に返事がない。

「…あの日、ジム行ってサウナ入って体重測ったら300gしか落ちてなかった…家までランニングして帰って体重測ったら200g増えてた」

「…」

「え?何?途中の水分補給もしちゃ駄目な訳?ジム帰りに焼き鳥食ってビール飲んでる奴らがいんのに、真面目に帰宅してる私が何で体重減らないの?」

「知らんけど。でも何か食べたいんなら、あんたの考案したダイエット料理食べればいいじゃん」

「あんな味気無いもん食えるか!もっと脂っこいギトギト腹持ち良いもの食いたいんだよ!」

「筆者のあんたがそれ言う?」

「そーよ。それが悪い?インフルエンサーなんて、大抵皆こんなもんよ」

「一括りにすんなよ」

「ちょっと黙ってて…思い出してきた…こんなに体重管理してるのに思うようならないし、維持するのも辛くなってきたし、どこに脂肪付いてんだと思ってたら…そう、内臓脂肪が多い体質なんじゃと考えたのよ」

 愛理はお腹を押さえた。

「はは…そこまで追い込まれてたんだ、私」

「…」

「そうだった…体質が減らない原因を突き止める為、私はナイフで自分のお腹を刺して、開いて、胃や腸を引っ張りだして、脂肪が付いてるか確認したんだった…」

「あ、そ。脂肪は付いてた?」

「いや、全然!ちょー綺麗な内臓だったよ。あ、ちょーと腸をかけた訳じゃあないからね」

「余裕あるな、お前」

「…で、綺麗な腸で安心して寝たんだった。まだまだ痩せられるってね」

「まあ、そのまま目覚める事はなかったけどねえ」

「…じゃあ、本当に私死んじゃったの?」

「最初から言ってたけど」

「…」

「ショックだけど仕方ない」

「…」

「みんなそう。急に怖くなって何も言えなくなる。だからこそ、私がここにい…」

「YES!YES!!YES!!!」

「…イエ?」

「死んだって事は、もうダイエットしなくていいんだよね!?好きな物食べていいんだよね!?」

「ま、あ…そうだけど」

「ラッキー!ラッキーガール!!」 

 愛理は三振を奪ったクローザー並みに、渾身のガッツポーズを繰り返す。

「えと…大丈夫?」

「全然大丈夫!ドンウォーリー、ビハッピー!」

「死んでここまで喜ぶ人もいないんだけど…」

「いや、だってさ。もう好きなように生きていいんだよね?」

「いや、死んでるから」

「とりあえず何かお腹一杯食べたいんだけど、この辺りに店とかある?」

「ある訳ないだろ」

「え!?フードコート的なのもないの?」

「三途の川をイオンの2階とでも思ってるのか、お前は」

「ま、まあ天国行ったら、美味しい物食べ放題だし我慢するか…」

「いや、多分お前は地獄だろ」

「ええっ!?何で!?こんなに地道に真面目に生きてきたのに、地獄ってありえないんだけど!!」

「親より先に死ぬのは地獄だし、自殺も地獄。ツーペナじゃん」

「いやいやいや。事故とか病気とかで親より死ぬ事あるじゃん」

「閻魔様も偶発的な死はカウントしないと思うけど、あんたの場合は自殺だからね。アウトでしょ」

「まじで?」

「まじ」

「…一応聞くけど、地獄にラーメン屋とか焼肉屋とかある感じ?」

「ねえよ馬鹿」

「なあんだよ、それ!」

「てか、天国にもラーメン屋なんてないし」

「嘘でしょ…」

「あの世に対する、あんたのイメージの方が嘘でしょだわ」

「…見た事あるの?天国と地獄見た事あるの?」

「私は三途の川から出た事はない」

「ええ!?じゃ何でないって言える訳!?おかしいじゃん!?」

「大体、魂に空腹も食欲なんてない」

「私はあるけど!」

「お前が変なだけだ」

「いーやーだ!だったら死にたくない!」

「なら魂のまま成仏出来ずに、現世を永遠と彷徨う事になるけど。お前達現世の者が言う地縛霊だな」

「地縛霊…可愛くないんだけど」

「知るか」

「あ、ちょっとまって…だったら守護霊になりたい」

「守りたい誰かがいるのか?」

「うん」

「いいのか?守護霊も地縛霊同様に現世で未來永劫、魂だけが残るだけだぞ。何の楽しみもなく、ただただ漂ってるだけだぞ」

「うん」

「守護霊になったとしても霊力がなければ、生身の人間を何かから助けてやれる事も出来ない」

「うん」

「…で、誰を守りたいの?両親?兄弟?恋人?」

「ギャル曽根ちゃん」

「ギャル曽根…ちゃん?」

「そう。ギャル曽根ちゃん」

「え?知り合いなの?」

「全然。会った事ない。でも、いつもテレビで応援してる」

「…え?何で?」

「ダイエットしてて何も食べられない時、ギャル曽根ちゃんの豪快に食べてる姿見てたらね、私も一緒に食べてる気がして、ダイエット頑張れてたんだよね」

「守護霊になる動機浅くない!?」

「全然。私にとってギャル曽根ちゃんは、この世界で生きていく為の心の糧だっの」

「はあ…」

「豪快に食べつつ、いつも美味しそうに綺麗に食べるし。しかも食べ方やテレビ映りもちゃんと考えながらよ?」

「へえ…」

「私はギャル曽根ちゃんの様に、誰からも愛されるタレントになりたかった…でも、もう私、死んじゃったからさ…」

「…」

「だから守護霊になって、一番側にいて応援してあげたいの!ギャル曽根ちゃんに救われてきた恩を少しでも返してあげたいの!」

「…」

「駄目?」

「一つ忠告だ。守護霊になった場合、その当人が死んだとしても役目は終わりじゃない。その子、その孫と子々孫々、守護し続けなければならないんだ。それが守護霊となる契約だ」

「え…」

「ほぼ永久的に。お前にその覚悟はあるのか?肉親ならいざ知らず、赤の他人の為に己の魂をそこまで捧げられるのか?」

「永遠、に…?」

「ああ、そうだ」

「…YES!YES!!マジで!?ずっとギャル曽根ちゃんの子供達の世話見れるの!?最高じゃん!全然オッケー!むしろ願ったり叶ったりだわ!」

「え」

「つー訳で守護霊、おねしゃす!!!!」

「ええ」


 ギャル曽根。本名、曽根菜津子。大食い界に咲く一輪の花。3児の母になってもその美貌とスタイルは維持され、食が細くなる事は一切無い。競技からは遠ざかるも大食いに関しては未だ現役。食べ方の美しさを探求し、カメラのアングル、口に食材を入れる角度など、食に対する愛情は計り知れない。

 今後も彼女は私達に幸福と勇気、そして希望と笑顔を与えてくれる事だろう。私達はそんな彼女に惜しみない拍手を送る。


「頑張れギャル曽根ちゃん!今日のデカ盛りもいっちゃって!」

 今日もギャル曽根の後ろには、一番のファンが応援し続けている。

「オムライスの底に隠れてたトンテキ一口でいっちゃうの⁈」

 しかも未来永劫、

「やっぱり最高!ギャル曽根ちゃん!」



「死んでから充実した毎日を送ってるな、あいつ」

 マコは苦笑する。

「仕方ない・・・ギャル曽根がこっち来た時の為に、三途にもフードコート的な物を作ってみるか」

 マコはぐぐぐと背伸びをした。

 




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