わたしの幸せな結婚 二
序章
じりじりと、肌を焼く強い日差しが照りつけている。
モダンな大きい建物に囲まれた帝都はそれだけで暑いのに、舗装された道に揺らめく
汗で肌にはりつくシャツの感触を不快に思いながら、
(白い日傘……もしかして、あれか)
夏らしい涼しげな白と青の地に、
目的といっても、今のところは別に何か用があるわけではなく、ただ話に聞く彼女──
とはいえ、どんな人物だったとしても新たちの予定は変わらないのだから、この行動に大した意義はない。本当に、単なる興味からの行動でしかなかった。
(あれだけ待ち望んだんだ。俺は役目さえあれば、それでいい)
重要なのはあの異能を持つ人間それ自体。そして、己と一族の役目、悲願。
斎森美世という個人がどうということはなく、できれば面倒な性格でなければいい、というくらいであって、その確認をしているだけ。
まあ、それにしても。
(普通、というか、地味というか。陰気そうな女だな)
一歩間違えば、幽鬼にもみえるかもしれない。
──倒れる。
どうでもいい、と冷めた心情とは裏腹に、新はなんとなく腕を伸ばしていた。
「おっと」
偶然を装う自分の声が、やけに白々しく響く。
見た目に
「も、申し訳ありません!」
見ていて
なるほど、これほどまでに弱々しいなら、きっと守りがいもあるだろう。
──性格はやはり湿っぽく、
「ああ、顔を上げてください」
ともあれ、すべてはもう動き出している。
彼女を巻き込み、奪い、そうしてやっと自分に価値を
新は邪気のない笑みを顔に貼りつけ、彼女と正面から向き合った。
◇◇◇
広い座敷は、しんと静まりかえっていた。
「忌まわしい。ほんに目障りなことよ」
やつれ、落ちくぼんだ目をぎょろりと動かし、男は憎々しげに独りごちる。しかし男の身体は枯れ木のようにやせ細り、ただ吐息のような音が力なく流れるだけだ。
この帝国において最も貴いと祭り上げられ、ついこの間まで男の周囲には人が
「陛下、よろしいでしょうか」
ふいに、部屋の外から声がかかった。男が「よい」とだけ答えると、
男は再びぎょろりと眼球を動かし、青年のほうを
三つ揃いのスーツを自然に着こなすこの栗色の髪の青年は、男にとって、やや扱いづらいが今回の件に必要な駒である。
「何用か」
「そろそろ、例の許可を賜りたく存じます」
そうだった。この駒にはしばらく「待て」をさせたのだった。
男は近頃よく薄れがちな記憶を掘り起こし、やっと彼がここへ来た理由を探り当てる。
「そうか」
枕辺で
もうすぐ準備が整う。あと少し、あと少しで男が怖れるすべてを抹消してしまえる。
「どうか、許可を。これ以上はもう、待てません。あるべきものをあるべき場所へ。我々に悲願成就の機会をお与えください」
「──口が過ぎるな。言葉を慎め」
「……失礼いたしました」
力ない一喝だったが、わずかにいきり立った青年を黙らせるには十分だった。
身体は衰えようとも、男の生まれついての威光は依然として健在だ。
「近く、状況は動く。そなたの行動も許可しよう」
言いながら、男は焦燥と屈辱に
なぜ、自分がたかが若造や小娘ごときを、ここまで気にかける必要がある。本来、取るに足らない存在に一喜一憂させられなければならないのは、不本意極まりなかった。
忌まわしい。
けれど、ここであきらめれば、すべては水泡に帰す。
自分の血が、これから先も受け継がれていくために。何者にも脅かされないために。自分の
「時機を見誤らぬことだ」
「……かしこまりました。では予定通り、行動を開始させていただきます」
青年は再度一礼し、微かな足音とともに退室した。
広い座敷はまた、静寂に包まれる。
男は未来に思いを
ただ、今までに一度だって、神が男に彼の子孫の行く末を視せてくれたことはない。だからこそ、思い描く未来を
「お呼びでしょうか、陛下」
枕元に置かれたベルを鳴らすと、侍従が顔を出した。
「……『オクツキ』の霊どもを、里へ誘導させよ。人の生死は問わぬ」
「かしこまりました」
侍従は感情をまったく見せず、粛々と男の命を受け入れる。
「必ずや、あの異能は
自分の息子が治めていくこの国に、あれは不必要なものなのだから。
ゆっくり
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