終章
美世の実家である
では清霞の両親はといえば、彼
そう、ここではじめて、美世はこの縁談が清霞の父である先代当主から持ち込まれたものだと知った。
「先代はいつもどこかで縁談を仕入れてくる。どうやら年頃で条件が合いそうな令嬢の噂を聞きつけると、
げんなりと暗い目をして話す清霞の様子から、彼がこれまでにだいぶ苦労をしたのだとわかる。ただ、手あたり次第というわけでもなく、先代には先代なりの基準が何かしらあるのではないか、という話だ。
美世には詳しくはわからないが。
ひとつ言えるのは、おそらく先代が聞いた「年頃の令嬢」の噂は、斎森家においては美世のことではなく、
斎森家など上流階級の中では今や過去の栄光にすがるだけの家。そんな家の、使用人以下の娘の情報など、誰かの耳に入ることさえない。美世が清霞のもとへ送られたのは、香耶を手放したくなかった斎森
香耶の噂を聞いていて、あとで実際にやってきた自分と会ったら、先代ががっかりして怒り出しやしないか。
美世が心配すると、清霞は鼻で笑い飛ばし、「そうなったら先代を問答無用で消し炭にしてやる」などと物騒なことを言っていたので、それはそれで心配である。
「……今ごろはもう列車の中か」
「はい」
今日は、斎森夫妻が地方の別邸へ移り、香耶が奉公先へ向かう日だ。
見送りもできたが、行かなかった。彼らとはもう、何も話すことはない。もちろん引っ越しを見送る間柄でも、もうない。
「私は、余計なことをしたな」
「旦那さま」
「あのような大事になったのは私の責任もある」
清霞が結納の名目での斎森家への資金援助と引き換えに、一家に美世への謝罪を要求した話はすでに耳に入っている。
しかし、別に彼の言ったことが余計だったとは思わなかった。
美世にとって、やはり何らかの気持ちの決着は必要だった。斎森家を出た時点で家族の縁は半ば切れたものと考えていたが、あちらはそうではなかったからだ。
あのままずるずると関係を引きずっていたら、いつかのように街で会えばつらい言葉をかけられるし、するとまた劣等感がよみがえるだろう。そのたびに
過去を断ち切るための行動が、絶対に不可欠だったのだ。
「旦那さまがわたしのためにしてくださったことは、余計では、ありません」
「美世……」
「うれしいです、とても」
ほんの
思い出させてくれたのは、清霞であり、ゆり
「美世」
「はい」
立ち止まり、正面から向かい合う。やや緊張した表情の清霞は、とても真剣だった。
彼の両手が、美世の両手を包み込むように握る。
「これから先──おそらく、お前に苦労をかけることもあるだろう。いや、極力そうはならないように心がけるが、私も軍人の端くれだ。厳しい戦場に赴かねばならないこともある。その上、性格も……自分で言うのもどうかと思うが、つまらんだろう。だが、私はお前と一緒になりたい」
「……っ」
「こんな面倒な男と、結婚、してもらえるだろうか」
互いに、望まぬ縁談を強いられて出会った。それを仕切り直すように、
「面倒、なんて、思いません。むしろ、わたしのほうがずっと、面倒です。
「もちろん、しない。私は自分でお前を選んだのだから」
「それなら、よかったです。──
街を流れる雑踏の中、二人の間だけで交わされる将来の約束に、証人はいない。けれど、十分だ。彼らに仰々しいものは似合わないのだから。
「こちらこそ、よろしく」
わずかに微笑みあってから、二人は、小さくてあたたかな自分たちの家に帰るため、また歩きだした。
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