第36話 最期の年越し
カーテンを開けた窓から、雪が見えている。
すでにクリスマスは終わり、世間では徐々にお正月の空気が漂い始めている。
世の中の学生は冬休みを謳歌しているだろう。
進学する3年生は、共通テスト目前。
本当に最後の追い込みだ。
そんな季節に、ケンと葵生はだらけ切っていた。
「ケーン。温かいもの。白湯、欲しい」
葵生の呼びかけに、ケンは寝ころんだまま手を振った。
「無理だ。今もオレ、めっちゃ調子が悪い」
「薬、多くしてもらったんじゃないの?」
「多くしてもらった分、副作用が……。気持ち悪い」
「これだから薬って信用ならない」
「どんだけ病院のこと嫌いなんだよ……」
「あんな勉強ばかりしてきたエリート様に、自分の命を預けるなんて想像もしたくない。絶対心の中で」
「いや、そんなことを考えるお前が恐ろしいぞ」
葵生は突然、ケタケタと変な笑い声を上げ始めた。
ケンが「わざと変な笑いをしているな」と訝し気ににらむと、何事もなかったように笑顔を作る葵生。
「そういえば数日前に病院から帰ってくるの、メチャクチャ遅かったよね」
「年末年始は外来が休みだから、人が押し寄せていたんだ」
「本当。病院って病人に優しくないよね。2度と行きたくない」
「葵生は病院に一度も行ってないだろ。妊婦なのに」
「いいじゃん、別に。出産しないんだから」
それから、2人は無言のまま
雑談しただけでも力尽きてしまったのだろう。
妊婦と病人。
2人でグロッキー状態になっている。
ふとテレビを見ると、カウントダウンが始まっていた。
「もう少しで年越しだね」
「最後の年越しだな」
「そうだね。僕達の最後の年越しだ」
カウントダウンが終わると、盛大な音がテレビのスピーカーから発せられる。
部屋には、その他に弱々しい2つの拍手が響くのみだ。
「ねえ、初詣いく? 僕は行ったことないんだけど」
「オレは行ったことあるな。家族で」
「どんな感じだった?」
「とにかく人が多かった。何を願ったかは忘れた」
「願ったこと忘れたら、長いが叶ったかわからないじゃん」
「願い事なんてそんなもんだよなぁ」
ようやく動けるようになってきたケンは、ゆっくりと立ち上がって白湯を持ってきた。
「せっかくだから、初詣行くかぁ」
「まず、なんとか動かないとだね」
「外に出るの、いつぶりだ?」
「多分、2週間ぶり?」
「食料、クリスマスの時に買い過ぎたからなー」
「オードブル3つ買うのは流石にやりすぎたね」
「その他にも色々買ったし」
ピザやチキンはもちろんのこと、寿司や餃子も大量に買い込んでいた。
とにかくご馳走っぽいもので冷蔵庫があふれてしまい、食べきれないものは冷凍して食べていた。
そのせいで、全く外に出る機会がなかったのだ。
「なんであんなに買ってしまったんだろうな……」
「お店で見たときは、全部食べられる気がしたんだけどね」
「本当だよ……」
ごちそうは脂っこいものばかり。
胃もたれとの長い戦いを思い出して、2人の眉間にシワが寄った。
だけど、すぐに気分転換して体を起こし始める。
「外向けの服、あるかな?」
「少しまでに洗濯したはずだ」
「なら大丈夫だ」
「ああ、そうだ。振袖は着ないのか?」
「えー。めんどい。着方わからない」
ケンは残念そうにうなだれた。
それから夜明けまでに仮眠をしたり、服装を整えたケンと葵生は近所の神社に向かった。
もちろん、包根神社とは異なる場所だ。
「すごい人混み……」
「久しぶり過ぎて人酔いするな」
「だけど、折角来たんだから、お祈りぐらいはしないと」
さらに調子が悪くなった2人は、フラフラと列に並んだ。
30分近く待っただろうか。
やっと出番がやってきた。
だけど――
(…………願うことがない)
ケンは自分に対する願いが何も思いつかずに「葵生の残りの人生が少しでも楽しくなりますように」と願った。
葵生も願いが終わって、そそくさと人混みから脱出していく。
ちなみに二礼二拍手一礼はメチャクチャだった。
「ケン、何を願ったの?」
「葵生が少しでも楽しくなるように、ってな」
「へー」
「葵生は何を願ったんだ?」
「無事に死ねますように、って」
「神様も困惑するだろうな」
「まあ、僕の知っている神様はアレだから、喜ぶイメージしかわかない」
「ああ、アレだからなぁ」
2人は一緒に遠い目をした。
ロリの神様。
見た目は可憐なのに、中身はかなり邪悪だった。
あまり長い時間、あの神様のことを考えていたくなくて、さっさと神社を後にした。
帰り道。
突然指を差す葵生。
「ねえ、ちょっとあそこにいかない?」
「あそこ?」
指差した先にあったのは、葵生が通っていた中学校だ。
「オレ達が出会った場所、か」
「多分、侵入できる最後の機会だから」
「そうだな」
善は急げと言わんばかりに、早速不法侵入をした。
2人とも体力がなくてアタフタしていたけど、見張りは誰もいなくて簡単に侵入できた。
「おおー。なんか懐かしいな」
「そうだね」
しばらく、感傷に浸りながら廊下を歩き続けた。
「なあ、あの時はなんでガラスを割ってたんだ?」
「いい子でいるのが、イヤになったから。なんか誰の記憶にも残らないのが、悔しかったんだ」
「それで学校中のガラスを割るのかよ……」
ケンが呆れたように言うと、ニンマリ顔を向けられた。
「ケンは何でこの学校にいたの? 自分の学校じゃなくて」
「最初は自分の学校でガラスを割ろうとしたんだ。だけど、準備段階でバレて止められたんだ」
「ああ、うまくいかなかったんだ」
「だから、他の学校でやってみようとしたんだ」
そっと結露したガラスを撫でるケン。
「でも、ケンはなんでガラスを割ろうと思ったの?」
「親への反抗だよ。出来るだけ困らせてやりたかった。いや、それだけじゃないな」
「他に理由があったの?」
「多分、あの時のオレは叱ってほしかったんだ」
「叱って?」
「叱ってくれれば、まだ見捨てられてないって思えた。まだ期待してくれるんだって信じられた。それだけで、高校生活を頑張れただろう」
だけど、そうはならなかった。
「その幼稚な行動が止めになったんだろうな。実家から追い出された。高校に近い部屋に隔離されて、一切関わらないようになった」
ケンは諦めたように、深く長いため息を吐いた。
「でも、そのおかげで僕達は出会えたわけだね」
「そうだな。だから、ガラスを割ってよかった」
「うん」
「だけど、結局は同じ高校に進学するのは決まっていたんだから、どっちにしろ出会ったんだよな」
「確かにそうだけど、第一印象は大事だから。あの出来事が無かったら、ヤンキーなケンに声を掛けることもなかったはず」
「そうだな。ただのクラスメイトで終わっていたかもな」
自然と指を絡め合って、唇を重ねた。
「あ、赤ちゃんが動いた」
「……そうなのか」
「ちゃんと大きくなってるね」
「ああ、そうだな」
ケンは苦々しい顔をして、葵生の大きくなった腹をチラ見した。
(反応しづらい……)
すでに、その命がどうなるか知っているから。
「ごめんね。産んであげられなくて」
葵生は平気そうな顔をしていて、ケンは顔を背けた。
「ねえ、ケンの胸の音、聞かせて?」
「あ、ああ」
慣れた動きで胸板に耳を当てる葵生。
「ケンの鼓動、少しずつ乱れてきている」
つまり、寿命が――。
「そろそろだね」
「ああ、そろそろだ」
年越しから3か月の時が経ち――
クラスメイトが新しい生活の準備を整えているであろう季節。
ケンと葵生は、まだまだ冷たい海へと向かう。
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昨日は更新できずに申し訳ございませんでした
(今日も今日とて更新遅れていますが……)
代わりに定休日?の10/30は更新予定です
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