第2話 掴むぜ ユーチューバードリーム
葵生は勉強が嫌いだし、まともに就職したくないと思っている。
それはケンも同じだった。
でも生きるのにお金は必要なことは、よく知っている。
だったら、遊びを仕事にすればいいんだ!
そう思い立って始めたのが、ユーチューバーだった。
動画を投稿して、その広告収入や案件報酬で生活する職業。
早速初めて見たはいいが、結果は全くの鳴かず飛ばずだった。
いくら面白いことをしても、動画の再生数は2桁。
いいねは1つ付けばいい方。コメントなんて一度ももらったことがない。
収益化なんて夢のまた夢。
葵生とケンは絶望した。
有名ハンバーガーチェーン店のフードコートにて。
今日もスマホの画面を見て、険しい顔をしている。
いくらにらめっこしても、コメントどころか高評価の1つもついていない。
「えー。なんでダメなんだろう?」
「結構面白いことをしているつもりなんだけどな」
「それな」
自分達の動画を再生し始めた。
死にかけのカエルのような踊りをしている動画や、まるで日本語とは思えないほど理解不能な漫才をしている動画。
それらを見て、ゲラゲラと笑った。
だけど笑い声は長くは続かず、2人はすぐに冷静になる。
「もっと過激なことをやろうぜ」
ケンの言葉に、葵生は露骨に顔をしかめた。
「そうは言っても、犯罪は流石にできないだろ。ケンの親が出張ってくる」
「警察にお世話にならない程度にやればいい」
「まさか、体を張れとか言わないよね?」
「まあ、完全に体を張るわけじゃない。多少は危険かもしれないが、ケガするようなことはない」
あまりにも自信ありげな物言い、葵生は少し考えた。
(そういえば、いいアイディアが思いついたって言ってたな)
嫌な予感がしながらも「それで、何かアイデアであるの?」と訊いた。
「もちろんだ」
ケンは自信満々と言わんばかりに目を輝かせて、近くにある小さい山を指差す。
「この近くに面白い神社があるのは知ってるか?」
「神社?」
「『包根神社』。一部の界隈ではかなり有名らしい」
「聞いたことない」
「そうだろうな。オレも今日初めて知ったぐらいだ」
(それでよく誇らしげに言えるな)
内心で呆れながらも、話を続ける。
「そこで動画を撮るの? 確かにバチ当たりではあるだろうけど――」
インパクトに欠ける、と葵生は言いたかった。
だけど、言葉を遮るように耳打ちをされて、目を見開いた。
「なんだそれっ!」
「面白い動画を撮れそうなじゃないか」
「いいな!」
2人のテンションは相乗効果で上がっていき、そのままの勢いで店を出て自転車を漕ぎはじめた。
こうして『包根神社』に向かうことになったのだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『包根神社』は街はずれの山にある。
近くに民家はほとんどなく、
それでも一部界隈で有名になっているのは、祀られているモノが理由だ。
「なあ、本当に祀っているのかな?」
「皆言っているから間違いないだろ」
「ガセという説は?」
「お前はこの長い階段を登るのがイヤになっただけだろ」
ウダウダという葵生を前に、ケンはピシャリと言った。
それでもまだ彼の顔は不満げだ。
「だって、手すりすらマトモにないんだよ? なんか苔が生えてるせいで滑るし、最悪だ」
「ここで滑ると一生子供が出来ない、なんて言われているらしいぞ」
「子供なんていらないし、転んでもいいな」
ケンは強く頷いた。
「全くだな。大人になったら、ここで盛大に転んでやろうぜ。そうすれば子なしだ」
「いいね。最高の人生だ」
雑談をしながらも、2人は石階段を登り切った。
「「おおー」」
自然と声が重なった。
2人の目線の先にあるのは、巨大な岩。
岩を祀ること自体はそこまで珍しくない。
問題は、その形状だ。
「どうみても
「そうだね。
2本の人差し指が向いている先は、自らの股間だ。
もっと正確に言えば、股間についている男性器。
『包根神社』。
そこは男根のような形状の岩を祀っている神社だ。
さらに奥に行けば、女性器のように割れた岩も存在しており、子宝に恵まれない夫婦がよくお参りに訪れている。
だが、男子高校生から見ればただの『下ネタ神社』にしか映らない。
「早速撮影しようぜ。これは絶対面白いって!」
「だな! まずはどうしようか」
「とりあえず舐めようぜ!」
「いいね!」
それから、葵生とケンは動画を撮り始めた。
男根の岩を舐めたり頬ずりしたり、高速で擦ってみたり、女性器の岩に水を掛けたりした。
小さくて古びた本殿には目もくれていない。
境内に、下品な笑いが木霊している。
完全に悪ふざけのスイッチが入ってしまっている中――
『ねえ、君たち、いい加減にしてくれませんか?』
声が響いた。
まるで直接鼓膜を揺らされているような、不思議な声。
葵生の耳元に、唇がくっついていた。
「うわっ!?」と素っ頓狂な声を上げると、唇の主は距離を取った。
「な、なんだ!?」
『正直、あなた達は迷惑です。ここは静かな場所じゃないといけないんですよ』
そう言ったのは、少女だった。
小学校5年生ぐらいだろうか。
かなり異様な雰囲気で、2人は思わず唾を飲み込んだ。
身長よりも長い黒髪。
純白のキャミソールにブラウンの短パン。
そして、宇宙の星々を秘めたような瞳。
明らかに、普通の存在ではない。
『ちょっとお仕置きが必要ですかね?』
「……お仕置き」
葵生が
いや、違う。
まるで最初からそこにいたかのように、少女は葵生の目の前に移動していたのだ。
「何をする気だおめえっ!」
普段のケンだったら、女子供に殴りかかるような真似はしない。
だけど、彼は直感していた。
この少女は危険だ。見た目に騙されてはいけない。
ケンの拳が少女の頬を殴りつける。
次の瞬間。
ケンの体は男根岩の上に移動していた。
『あー、君はそのままの方がおもしろいかもですね』
ケンに視線を向けた後、葵生に向けて指差す。
『君はちょっと変わってもらいましょう』
少女は無邪気な笑みを浮かべた。
葵生は震える唇を必死に動かして、やっと声を絞り出す。
「お前は一体なんなんだ?」
『あなたたちはどこに来たか自覚してないんですか? ここは神社ですよ?』
「……神、さま?」
少女の口角が、不気味に吊り上がった。
顔が裂けてしまいそうなほどに。
『まあ、命までは取らないのでご安心を。ちょっとワシの娯楽になってもらうだけです』
パン、と。
少女の小さな手が叩かれた。
次の瞬間、周囲はショッキングピンクの光に包まれた。
(なにが、起きてるんだ……?)
高熱にうかされた時みたいに、全身の感覚が鈍くなっていく。
まるで体が粘土細工みたいにいじくられていくような――
そんな奇妙な体験をしながら、葵生の意識は沈んでいった。
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