第25話 修復装置、起動

 空に浮かぶ巨大な火球を目にした瞬間、私とリリアは顔を見合わせた。

 もはや一刻の猶予も許されない。

 装置を起動させ、この混沌とした状況を収束させなければならない。


「リリア、急ごう!」


 私の声に、リリアも強く頷いた。

 私たちは、混乱する人々の間を縫うように走り始めた。

 研究室まで戻り、装置を起動させる。

 それが今の私たちにできる唯一の対処法だった。


 しかし、その道のりは想像以上に困難を極めた。

 街は完全にパニック状態に陥っていた。

 アルカディアの住人と現代日本の人々が入り混じり、互いに理解できない言葉を投げかけ合っている。

 魔法の光と科学技術の火花が、あちこちで散っている。


「あっ!」


 リリアが突然立ち止まった。

 目の前で、小さな少女が泣きじゃくっていた。

 周りには誰もおらず、完全に取り残されているようだった。


「このままじゃ……」


 リリアが少女に近づこうとした瞬間、私は彼女の腕を掴んだ。


「待って、リリア。今は……」


 言葉を飲み込む。

 心苦しかったが、今は一人一人を助けている余裕はない。

 より多くの人々を救うためには、装置の起動を優先しなければ。


 リリアも苦しそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


「ごめんね……」


 小さな声でそう呟き、私たちは再び走り出した。


 道中、様々な光景が目に飛び込んでくる。

 魔法で浮遊する車、突如として姿を消す建物、そして混乱する人々。

 あらゆるものが、秩序を失っていくかのようだった。


「くっ!」


 突然、強い衝撃が私を襲った。

 振り返ると、暴走した魔法の残滓が地面を這うように広がっている。

 幸い大きなケガはなかったが、このまま放置すれば取り返しのつかないことになるのは明らかだった。


「アヤカ、大丈夫?」


 リリアが心配そうに私を見つめる。

 私は何とか立ち上がり、頷いた。


「平気……行こう」


 しかし、その時だった。


「おい、そこの二人!」


 振り返ると、虚空議会の制服を着た男たちが私たちに向かって走ってくるのが見えた。


「まずい……」


 リリアが呟く。

 虚空議会は、この混乱に乗じて行動を起こしてきたのだ。

 おそらく、テクノマジックの力を独占しようとしているのだろう。


「リリア、逃げるわよ!」


 私たちは全力で走り出した。

 しかし、虚空議会の男たちも簡単には諦めない。

 彼らは魔法と科学技術を組み合わせた武器を使い、私たちを追い詰めようとしてくる。


「このっ!」


 リリアが振り返り、魔法の盾を展開した。

 それは追手たちの攻撃を一時的に遅らせたが、完全に止めることはできない。


「あそこ!」


 私は叫んだ。

 目の前に、半ば崩れかけた建物が見えた。

 その中に逃げ込めば、一時的に身を隠せるかもしれない。


 私たちは躊躇なくその建物に飛び込んだ。

 息を潜め、外の様子をうかがう。


「……行ったみたいね」


 リリアがほっとした様子で言った。

 しかし、安心するのは早かった。


「うわっ!」


 突然、床が揺れ始めた。

 建物全体が、まるで生き物のように動き出したのだ。


「アヤカ、これ……」


 リリアの声が震えている。

 どうやら、この建物自体がアルカディアと現代世界の狭間で不安定になっているようだった。


「早く出ないと!」


 私たちは必死で出口を探した。

 しかし、建物の構造が刻一刻と変化していく。

 廊下が突如として壁に変わり、階段が消えては現れる。

 まるで悪夢のような状況だった。


「あっち!」


 やっとのことで出口を見つけ、私たちは飛び出した。

 しかし、外の状況も刻一刻と悪化していた。

 空には、さらに多くの異常な現象が見られるようになっていた。


「もう、時間がない……」


 リリアの言葉に、私も強く同意した。

 このまま放置すれば、両世界が完全に崩壊してしまうかもしれない。


「あと少し!」


 研究室が見えてきた。

 しかし、その前には再び虚空議会の男たちが立ちはだかっていた。


「くそっ、どけ!」


 私は叫んだが、彼らは動く気配さえ見せない。


「リリア、最後の手段よ」


 私はリリアに目配せした。

 彼女はすぐに理解し、頷いた。


「了解」


 私たちは手を取り合い、目を閉じた。

 そして、これまで培ってきたテクノマジックの力を解き放った。


 まばゆい光が私たちを包み込む。

 そして、その光は虚空議会の男たちを押し流すように広がっていった。


「今よ!」


 私たちは全力で研究室に飛び込んだ。

 扉を閉め、急いで装置に駆け寄る。


「準備はいい?」


 リリアに問いかけると、彼女は決意に満ちた表情で頷いた。


「ええ、やりましょう」


 私たちは同時に装置のスイッチに手をかけた。

 この瞬間にかけた長い研究の日々。

 そして、両世界の未来。全てがこの一瞬にかかっている。


 深呼吸をして、私たちはスイッチを入れた。


 装置が唸りを上げ、まばゆい光を放ち始める。

 この光が、両世界を救うのか、それとも……。


 私たちにできることは、ただ祈ることだけだった。

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