第24話 私たちの選択は

 世界の融合が進むにつれ、私たちは研究室を出て街の様子を確認することにした。

 両世界の人々がどのように反応しているのか、自分の目で見る必要があったのだ。


 街に一歩踏み出すと、そこはまるで別世界だった。

 現代の高層ビルとアルカディアの魔法の塔が並び立ち、車と空飛ぶ絨毯が同じ空間を共有している。

 その光景は、美しくも不思議で、少し怖くもあった。


「ねえ、アヤカ」


 リリアが小声で言った。


「みんな、どう思ってるのかしら」


 私も同じことを考えていた。

 周りを見渡すと、人々の反応は実に様々だった。


 まず目に付いたのは、興奮した様子で街を歩き回る人々だ。

 特に若者たちが目立った。


「すげえ! 本物の魔法だぜ!」

「ねえねえ、あの空飛んでる絨毯に乗れるかな?」


 彼らの目は好奇心で輝いていた。

 魔法という、これまで物語の中でしか存在しなかったものが現実となった喜びが、その表情から伝わってきた。


 一方で、恐れや不安を抱いている人々も多くいた。

 特に年配の方々の中には、この突然の変化に戸惑いを隠せない人も。


「いったい何が起こっているんだ……」

「この世界は、もう元には戻らないのかしら」


 彼らの表情には、未知のものへの恐れと、慣れ親しんだ日常が失われることへの不安が見て取れた。


 そして、驚いたことに、この状況に期待を寄せる人々もいたのだ。


「これは、人類の進化の新たな段階かもしれない」

「魔法と科学の融合……無限の可能性があるわ!」


 研究者らしき人々が熱心に議論している姿を見かけた。

 彼らの目には、新たな発見への期待と興奮が宿っていた。


 アルカディアの人々の反応も、同様に多様だった。


「なんて素晴らしい機械なんだ!」

 と、車を珍しそうに眺める魔法使い。


「この世界の医療技術は、私たちの治癒魔法を超えているかもしれないわ」

 と、病院の前で感心する女性。


 彼らの中にも、この新しい世界に対する好奇心と期待が芽生えているようだった。


 しかし、同時に警戒心を抱く者も多かった。


「我々の魔法が、この世界では通用しないのか……」

「科学の力で、魔法が無力化されてしまうなんて……」


 彼らの表情には、自分たちの世界の価値観や力が通用しなくなることへの恐れが見て取れた。


 街を歩けば歩くほど、社会の緊張感が高まっているのを感じた。

 路上では、魔法使いと警察官が言い争っている場面も。


「こらっ! 路上で魔法を使うな!」

「なぜだ? これは我々の当然の権利だ!」


 法律や常識の違いが、すでに軋轢を生み出し始めていた。


 また、経済面での混乱も見られた。


「うちの店、魔法のコインじゃ支払えないよ」

「じゃあ、この魔法のアイテムはどうやって売ればいいんだ?」


 両世界の通貨や経済システムの違いが、人々を困惑させていた。


 教育の現場でも、問題が起きていた。

 学校の前では、保護者たちが集まって 熾烈な議論を交わしていた。


「子供たちに魔法を教えるべきだ!」

「いや、科学教育こそが重要だ!」


 子供たちの未来をどう築いていくか、意見が真っ二つに分かれていた。


 そんな中、私の目に飛び込んできたのは、アルカディアの子供と日本の子供が楽しそうに遊んでいる姿だった。


「ねえねえ、その魔法もう一回見せて!」

「うん! 代わりに、そのゲーム機の使い方教えて!」


 彼らは、大人たちの心配をよそに、お互いの違いを楽しんでいるようだった。


「ね、アヤカ」


 リリアが微笑んだ。


「あの子たちみたいに、みんなが分かり合えればいいのに」


 私も同感だった。

 しかし、現実はそう簡単ではない。

 街のあちこちで小さな衝突が起き始めていた。

 魔法で物を動かそうとする人と、それを制止しようとする人。

 科学技術を「邪悪な魔術」と非難する人と、それを擁護する人。


 社会の緊張感は、確実に高まっていた。

 このまま放置すれば、大きな問題に発展しかねない。


「リリア、急がないと」


 私は決意を新たにした。


「装置を完成させて、この状況を……」


 その時、突然大きな爆発音が聞こえた。

 振り返ると、遠くの空に大きな火球が見えた。


「あれは……」


 リリアが息を呑む。


「暴走した魔法?」


 私も頷いた。

 おそらく、魔法と科学技術の予期せぬ反応が引き起こしたのだろう。


 街中にパニックが広がり始めた。

 人々は右往左往し、中には泣き出す子供もいる。


「アヤカ、私たち……」


 リリアの声には、迷いが滲んでいた。

 このまま世界を元に戻すべきなのか、それとも……。


 私も答えを見出せないまま、ただ混乱する街を見つめていた。

 両世界の融合は、期待と恐れ、好奇心と警戒心を同時にもたらした。

 そして今、その緊張感が臨界点に達しようとしている。


 私たちに残された時間は、もうあまりない。

 でも、本当に正しい選択とは何なのか。

 その答えを見つけるのは、想像以上に難しそうだった。

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