第22話 歪みの加速

 リリアとの共鳴現象の発見以来、私たちのテクノマジック研究は飛躍的な進展を遂げていた。

 そして、ついに私たちは大きな目標に手が届きそうになっていた。

 両世界を安定させ、時空の亀裂を修復するための装置の完成が、目前に迫っていたのだ。


「あとは、この回路を接続すれば……」


 私は緊張した面持ちで、最後の配線作業に取り掛かっていた。

 リリアも、魔法陣の最終調整に没頭している。


「アヤカ、こっちはもう少しで終わりよ」


 リリアの声に、私は頷いた。

 父も、熱心に測定器のチェックを行っている。

 部屋中に緊張感が漂っていた。


「よし、これで……」


 最後の接続を終えた瞬間、突然部屋中の機器が激しく反応し始めた。

 警告音が鳴り響き、ディスプレイには異常な数値が表示される。


「な、何!?」


 私は慌てて周囲を見回した。

 リリアも、驚いた表情で立ち上がる。


「アヤカ、これ……」


 その時だった。

 突如として、部屋の空間が歪み始めたのだ。


「みんな、気をつけろ!」


 父の叫び声が聞こえた瞬間、目の前の景色が変容し始めた。

 壁や床が溶けるように消え、その向こうに見覚えのない風景が現れる。


「アルカディア……?」


 リリアが息を呑む。

 確かに、そこに広がっているのは、リリアの故郷の風景だった。

 尖塔のような建物、空に浮かぶ魔法の光。

 しかし、それらは私たちの世界の風景と重なり合い、不思議な光景を作り出していた。


「どうなってるの、これ」


 私は混乱しながら、父の方を見た。

 父は測定器を必死でチェックしている。


「時空の歪みだ」


 父は緊張した面持ちで言った。


「私たちの世界とアルカディアが、部分的に重なり合っている」


 その言葉に、私とリリアは顔を見合わせた。

 私たちが恐れていた事態が、まさに目の前で起きているのだ。


「でも、どうして……」


 リリアの言葉が途切れる。

 そこへ、突然大きな轟音が響いた。


「なっ……!」


 振り返ると、研究室の壁が完全に消失し、そこにアルカディアの街並みが広がっていた。

 そして、驚いたことに、その街の人々が混乱した様子でこちらを見ている。


「あれは……魔法使いたち?」


 私は息を呑んだ。

 確かに、向こうにいるのは魔法使いらしき人々だ。

 彼らも、私たちと同じように困惑した表情を浮かべている。


「アヤカ、危ない!」


 リリアの声に、私は我に返った。

 目の前に、大きな岩のようなものが落ちてきていたのだ。


「うわっ!」


 私は咄嗟に身を伏せた。

 岩は、私のすぐ横を通り過ぎ、研究室の床を突き破って落ちていった。


「大丈夫か!?」


 父が駆け寄ってくる。

 私は何とか立ち上がり、頷いた。


「う、うん……」


 しかし、状況は刻一刻と悪化していく。

 研究室の周りで、次々と現実が歪んでいく。

 机や椅子が宙に浮かび、壁を突き抜けていく。

 床からは、アルカディアの草木が生えてきている。


「こ、このままじゃ……」


 リリアの声が震えている。

 彼女の周りにも、アルカディアの風景が迫っていた。


「装置を……装置を完成させないと!」


 私は叫びながら、半分消失しかけている実験台に駆け寄った。

 しかし、その時だった。


「アヤカ、気をつけて!」


 父の警告の声。

 振り返ると、巨大な魔法の光の玉が、私に向かって飛んできていた。


「きゃあっ!」


 目を閉じる。しかし、予想していた衝撃はなかった。


「え……?」


 恐る恐る目を開けると、リリアが私の前に立ち、魔法の盾を展開していた。


「リリア……」


「大丈夫、私が守るわ」


 リリアの声に、私は勇気づけられた。

 そうだ、諦めるわけにはいかない。


「お父さん、装置の調整を急いで!」


 私は父に叫んだ。

 父も頷き、急いで作業を再開する。


 しかし、状況は一向に改善する気配がない。

 むしろ、時空の歪みは加速しているように見えた。研究室の外を見ると、街の風景がアルカディアと日本の景色が入り混じったモザイクのようになっていた。


 空には、飛行機と魔法の絨毯が同時に飛んでいる。

 道路では、車と馬車が混在して走っている。

 人々は混乱し、パニックに陥りつつあった。


「このままじゃ……両方の世界が……」


 リリアの言葉に、私も強く同意せざるを得なかった。

 このまま時空の歪みが進めば、両世界が崩壊してしまうかもしれない。


「急がないと」


 私は歯を食いしばった。


「なんとしても、この装置を完成させないと」


 私たちは必死で作業を続けた。

 周囲の現実が溶け、歪んでいく中で。

 両世界の運命が、私たちの手にかかっている。

 そう思うと、背筋が凍るような恐怖と、同時に強い使命感を感じずにはいられなかった。


 時間との戦いだ。

 私たちに残された時間は、どれほどあるのだろうか。

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