第37話 入学の儀

 家を出発した俺とマリアは、入学の儀のために学園に向かう。


 基本的に街の中では、マリアは自分の足でちゃんと歩いている。


 だが今日は入学の儀で、少し急いでいた。


 時おり俺がマリアを抱っこして、ショートカットで学園に向かう。


 そして時間通りに、学園の儀礼堂に到着した。


「うわー、パパ、すごいね! たくさん、子どもがいるね!」


 入学の儀が行われる儀礼堂に到着して、マリアは驚いていた。


 自分と同じ制服を着た少年少女が、たくさんいる。


 これから同級生になる生徒の数に、マリアは感動していたのだ。


「この中で小さくても、マリアは賢い。胸を張っていくんだぞ」


 パッと見たところ、マリアが一番年下であった。


 他の子どもたちは、規定通り7歳以上なのであろう。


 それだけマリアの学力が、平均よりも高いことが伺える。


「うん、わかった、パパ! マリア、がんばるね!」


 小さな身体の胸を前に出して、マリアは笑顔を見せる。


『胸を張る』の意味は少し違う。


 だが、その格好はなんともいえず可愛らしい。


「さて、俺は後ろの席にいる。あとは、一人で大丈夫か?」


 もう少しで入学の儀が始まるのであろう。


 生徒と親が離れていた。


 俺も後ろの保護者席に、移動しなければいけないのだ。


「うん、パパ! マリア、一人でも大丈夫だよ!」


 自信に満ちた、いい笑顔だ。


 マリアは幼い5歳だが、自分のことは一人で頑張ってきた。


 今では掃除や料理などの家事も一人前。


 この笑顔なら安心であろう。


 俺はマリアと離れる。


(さて、俺も席に着くか。それにしても、金持ち風な親が多いな?)


 保護者席に座りながら、周りを観察する。


 他の親は豪華な貴族服を着ている者が多い。


 他にも大商人らしい親もいた。


 俺のように平民の服を着ている親は、ほとんどいない。


(なるほど、ここはそういう学園なのだな)


 この学園の雰囲気を察した。


 俺は服装や装飾品を観察すれば、だいたいの考察ができる。


 これは傭兵にとって必須なスキル。


 傭兵とは雇い主である交渉相手を、一瞬で見定めなければいけないのだ。


(それに俺が知っている顔は、一人もいないな?)


 ルーダの街は王国内の第三都市である。


 王都からかなり離れているが、油断はできない。


 周りの親の顔を確認して、状況を把握しておく。


 今のところは知り合いがいないので、一安心だ。


(まあ、今の俺の顔と格好を見ても、誰も気がつかないであろうな)


 傭兵時代のトレードマークであった、ひげは剃り落として、別人のようになっている。


 野蛮人のように長かった髪の毛も、短く綺麗に整えていた。


 また今日の俺は、市民用の儀式服を着ている。


 こんな窮屈な服は、国王の前でも着たことがない。


 きっと、かつての部下が今の俺を見ても、気がつかないであろう。


 それほどまでに以前の俺とは一変していた。


(自分の変化か……これも父親としての務めなのかもな)


 傭兵団長時代は誰にも縛られることなく、自由気ままに生きてきた。


 たとえ相手が国王や皇帝でも、俺は自分の流儀を変えずにいた。


 だが今はマリアのために、自分の流儀を捨てている。


 娘に恥をかかせないために、こうして窮屈な服を我慢。


 金持ちに紛れながら入学の儀にも、参加しているのだ。


(誰かのために自分の生き方を変える……か。だが、これも悪くはないかもな)


 そんな今の自分を見て苦笑いする。


 大好きな戦や、心躍る冒険もない日々。


 今は本当に平凡な毎日である。


 だが父親として生きていくには、想像以上の苦労があった。


 そして、傭兵時代よりも充実した毎日であった。


 そうだな……こんな生活も悪くはないな。


 父親になって、本当に良かったと実感する。


(ん……? マリア?)


 そんな時である。


 マリアが誰かと、もめている声を察知した。


(あれは、マリアの同じクラスの連中か?)


 闘気術で五感を強化している俺は、遠くの小さな声も聞こえる。


 いったい何が起きているのであろうか?


 耳を澄まして、とにかく様子を見ることにした。


 ◇


「あら、そこのアナタ? あなた平民よね?」


「クラウディア様が聞いているのよ、返事をしなさい!」


「そうよ!」


 マリアに絡んでいるのは、三人の女の子であった。


 年は7歳くらいの、貴族の令嬢たちである。


 大人しく座っているマリアに、そいつらが一方的に絡み始めたのだ。


「へいみん、の子?」


 一方でマリアは言葉の意味が分かっていなかった。


 今まではマリアは、何一つ身分に隔てられずに生きてきた。


 だから平民と貴族の違いが分からないのであろう。


「アナタ、貴族と平民の違いも分からないの? わたくしたちのこの紫のマントが貴族用。そのピンク色は平民用のマントなのよ?」


 クラウディアと呼ばれた少女は、マリアに向かって説教をする。


 この学園では親の身分によって、マントの色が違うと。


 自分の紫のマントを見せびらかしながら、誇らしげにしていた。


(なるほど、そういう意味か……)


 前方の子ども席を見渡して、俺は納得する。


 この学園には三色のマントがある。


 一つは紫色……これは貴族用のマントなのであろう。


 そしてマリアのピンク色のマントは、平民用。


 残りの黄色は金持ち商人用……上級市民用なのであろう。


(子どもたちにも身分の差があるのか? だが、仕方がないな)


 この学園の運営費は、貴族や金持ちの寄付によってまかなわれている。


 だから学園内でも、ある程度の区別は必要なのであろう。


 大人の社会でもよくある、プライドのシステムである。


「平民のあなたは、伯爵家のお嬢様である、このクラウディア様に、これから逆らっちゃダメなのよ!」


「そうよ、このクラウディア様は、この学年の中で、一番偉いのよ」


 今度は取り巻きの二人が、マリアに向かって吠えていた。


 なるほど。


 真ん中にいる金髪のドリル髪の少女クラウディアが、三人娘の中でボス的な存在なのであろう。


 伯爵家の娘なら、かなりのお嬢様なのである。


 それで平民の子のマリアに、口撃をしているのであろう。


 自分たちの学年内での地位を、初っ端から確立するために。


「キゾクと平民? あっ、エリザベスお姉ちゃんが


 、前に教えてくれたアレかな?」


 何のことか分からずにいたマリアは、ようやくそこで気が付く。


 この王国には身分制度が存在することを。


 手を可愛くパンと鳴らして、気がついたことに喜んでいた。


「わたし、マリア。5歳だよ。クラウディアちゃん、よろしくね。友だちになろうね!」


 そしてマリアは笑顔で、右手を差し出していた。


 偉そうにしていたクラウディアに、満面の笑みで握手を求めている。


「な、なによ、アナタ⁉ 急に⁉」


 バカにしていた相手のマリアから、いきなり笑顔で握手を求められる。


 クラウディアはびっくりして、固まっていた。


「何よ、あなた、失礼ですわ!」


「そうよ、クラウディア様は、あなたのような平民の子とは、友達になれるはずがないのよ!」


 取り巻き二人が、怒って口を開く。


 マリアの右手をパンッ! と払って、クラウディアとの間に壁を作る。


「いてて……おもしろい、あいさつの仕方だね! これからよろしくね、クラウディアちゃん! それに二人も!」


 そんな悪態をつかれても、マリアはへこたれていなかった。


 むしろ満面の笑みを返していた。


『では、そろそろ入学の儀を始めます。そこで騒いでいる者も、長椅子に座りなさい』


 そんな時である。


 学園長が登壇して、注意を促す。


 貴族の子どもとはいえ、学園では教師の方が偉いのだ。


「みなさん、座りましょう。そんな頭のおかしい子に構っていたら、わたくしたちの成績まで落ちてしまいますわ」


「そうです、クラウディア様!」


「ですわね、クラウディア様。先ほどのマリアという平民の子も、どうせまぐれで合格したはず。頭のいい私たちまで、付き合っていられませんわね!」


 貴族の三人娘は勝ち誇った顔で、自分の席に着く。


 ◇


(やれやれ。どこの世界と年代にも、こういう連中はいるものだな)


 そんな光景を遠くから見ていた俺は、ため息をつく。


 本当なら途中で、マリアを助けに行きたかった。


 だがここは子どもたちが自主的に生活していく学園。


 これから先の1年間を考えたら、親の俺が口を挟むのは愚策。


 だからずっと我慢しながら、観察していたのだ。


(これから学園生活で、マリアは大丈夫か? あの三人娘にいじめられたりしないか?)


 だが急に不安になってきた。


 子どもの世界は、大人が思っている以上に残酷である。


 俺も傭兵になりたての少年の時は、よく年上にいじめられた。


 覚えのない因縁をつけられて、陰湿なことをされたことも、数え切れないほどあるのだ。


 まあ、その全てを、少年だった俺は、全部腕力で吹き飛ばしてきたのだが。


(とにかくマリアの今後が心配だな……)


 俺と違い、マリアはか弱い女の子である。


 あの三人のいじめに対して、耐えられるか心配すぎる。


『それでは、これから入学の儀を始めます。まずは新入生を代表して、挨拶をしてもらいます。入学試験で一番成績が良かった子に、挨拶をしていただきます』


 そんな中で入学の儀が開幕した。


 学園長から新入生挨拶について説明がある。


「あら、新入生の挨拶ですって?」


「もちろん、クラウディア様のことよね?」


「あら、わたくしですか? でも、そうかもしれませんわ、オッホホホ……」


 例の三人娘は、小声でザワザワしていた。


 よほど勉強に自信があるのであろう。


 自分たちの中から主席が選ばれるのを、確信している。


『新入生代表の挨拶は……マリアさんです』


 学園長の口からマリアの名が出てくる。


 この学年で“マリア”という名前は一人しかいない。


「えっ、マリアが? あいさつを? やったー! あいさつ、がんばります!」


 当人のマリア……俺の娘マリアは驚きつつも、元気に立ち上がり、前方の壇の方に歩いていく。


「そ、そんな……平民のあの子が、主席を⁉」


「クラウディア様を差し置いて、あの平民の子が⁉」


「まだ5歳の子なのに、わたくしよりも成績が……」


 マリアの名前を聞いて、三人娘は真っ青になっていた。


 さきほどまで馬鹿にしていた相手に、一気に置いていかれて唖然としていた。


 そんな中でマリアの挨拶が始まる。


「みなさん、こんにちは! わたしの名前はマリアです。まだ5歳だけど、べんきょう大好きです! この学園に入れて……」


 壇上に上がったマリアは、全員に向かって挨拶をした。


 まだ5歳なので、幼さが残る言葉づかい。


 だが本当に立派な挨拶であった。


 勉強に対する熱が感じられる、一語一句である。


 そんなマリアの挨拶を、子どもたちや教員、他の親まで聞き入っていた。


(やれやれ……これならマリアは大丈夫そうだな……)


 マリアは心配していた以上に、立派に成長していた。


 親の俺は何も助けなくても大丈夫であろう。


「これから1年間、みんなで一緒に、べんきょうをがんばってきましょう!」


 こうして満面の笑顔と共に、マリアの学園生活はスタートするのであった。

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