第25話 父親としの決断
有無を言わず青年団長は、オレに攻撃をしかけてきた。
目の前に迫ってきたのは訓練用の槍。
訓練用とはいえ、まともに当たれば骨が折れる危険な槍だ。
「……いい奇襲だったな」
いきなりの奇襲で驚いた。
だが、この程度で動じては、戦鬼の名がすたる。
団長の槍先を、オレは片手で止める。
「それに突きも、かなり上達しているな」
この槍突きは、オレが教えた基礎の技。
団長はかなり自己練習していたのであろう。
相手が奇襲をしてきた意図は分からない。
だが教官の身として思わず感心する。
「くっ……これを止められるとは……さすが、オードルさん。でも、オレたちの力はこんなものではありません……いくぞ、みんな!」
「「「ああ!」」」
団長の合図に従い、青年団が素早く行動を開始する。
あっという間にオレの周りを包囲した。
「「「いくぞぉ!」」」
そのまま全方位から槍で、足を止めたオレに攻撃をしてくる。
「おお、これもいい攻撃だな。集団戦闘の基礎だな」
青年団の攻撃も、これまたオレが教えた戦法である。
格上の相手にはプライドを捨てて、多人数で包囲しろ、と彼らに教えていた。
それにしても見事な連携攻撃だ。
オレはまたもや感嘆の声をあげる。
「だが、甘いぞ、お前たち。上には上がいるぞ!」
全方位から襲ってきた槍を、オレはジャンプして回避する。
そのまま槍の上に乗り、無防備な青年たちに向かっていく。
さて、この後はどう出る、お前たち?
「むむ、第二の備えか?」
槍の上のオレに、他の青年たちから攻撃がきた。
それは槍の
10本以上の投げ槍が迫ってきた。
オレの動きを先読みした、見事な援護射撃である。
「やるな、お前たち!」
この攻撃には驚いた。
オレは一気にテンションが上がる。
何しろ、彼らはつい先日まで素人だった農民。
そんな青年たちが見事な連携で、オレを追い込んでいたのだ。
「かなり自己鍛錬していたな、お前たち?」
投擲の槍を、オレは素手で薙ぎ払う。
着地して青年たちに視線を向ける。
彼らの手には無数の豆の跡があった。
あれは何千回も槍を振り続けた鍛錬の跡だ。
恐らく訓練以外の時間でも、彼らは自主鍛錬を欠かしていなかったのであろう。
自分の家の仕事が終わった後の、休憩時間や睡眠時間。
それらを削って、毎日のように鍛錬を積んできたのであろう。
全員の手の跡と成長度を見ているだけで、オレは全てを把握できた。
「たいした努力の才能だな。その辺の兵団以上の熱意だな!」
教え子たちの努力による、急激な成長。
教官としてこれ以上の興奮はない。
今オレは、訳も分からず奇襲を受けている。
だが、そんなことを忘れているくらいに、オレはテンションが上がっていた。
「だが、こういう相手が敵にいたら、どうする、お前たち?」
教え子たちの成長に、少しだけ本気を出すことにした。
闘気を高めて、右の拳に力を入れる。
「破っ!」
そのまま右拳を振り回す。
オレの闘気術は普通ではない。
青年たちの槍は、木っ端みじんに吹き飛ぶ。
さて、ここまでの実力差は想定外であろう。
この後は、どうやって攻撃をしかけてくるのだ、お前たち?
「退け! 退却だ!」
「「「ああ!」」」
なんと、青年たちは撤退していった。
オレをけん制する
普通なら追撃することも困難な、見事な撤退ぶりである。
「そうだ、それで大正解だ」
オレは訓練で教えていた。
本当に勝ち目がない相手が、村を襲撃してきた時の対処方法を。
“全てを捨てて逃げろ!”と。
村人が逃げる時間を稼いで、青年団の犠牲も最小限にする。
「本当に、たいしたものだな……」
彼らはオレが教えた通り……いや、それ以上の動きを、青年団は見せてくれた。
思わず感心して、口元に笑みが浮かんでいた。
何とも言えない安心感に満たされている。
「はぁはぁ……どうでしたか、オードルさん? オレたちは勝てませんでした。でも教えの通り、負けませんでした……」
しばらくして青年たちが戻ってきた。
オレとの戦闘は、体力の消費が半端ない。
全員が肩で息をしている。
だが、それでも警戒は解いていない。
最後まで見事な闘志である。
「ああ。オレの予想以上だ。これほどの自警団は、大陸にもそうないであろう」
これは正直な答えである。
この村の自警団は、まだ実践不足。
だがそれを補えるだけの実力を、すでに身につけていた。
これならどんな野盗団が襲ってきても、村は大丈夫であろう。
撤退戦を含めて、見事な連携であった。
「本当ですか、オードルさん⁉」
「ありがとうございます!」
「これも全てオードルさんに指導してもらったお蔭です!」
よほど嬉しかったのであろう。
オレに褒められて、青年たちは大喜びする。
これまでの緊張感が一気に抜けて、誰もが笑顔に戻る。
「オードルさん、お陰様でオレたちは少しだけ強くなれました! だから自分の気持ちに素直になってください! マリアちゃんのために、学園に行ってください!」
「なんだと? 何で、その話を、お前たちが?」
いきなり団長が学園の話をしてきた。
マリアの学園の話は、オレとエリザベスしか知らないはずである。
「黙っていて、申し訳ありません。実は、ここ数日のオードルさんは、何かに悩んでいる顔をしていました! だからオレがエリザベスさんに、無理を言って聞いたんです! 叱るなら、オレを罰してください!」
そうか、そういうことか。
どうやらオレは悩んでいたことが、顔に出ていたらしい。
学校の周りをウロウロしていた姿や、ため息をつく姿が、村中で目撃されていた。
そのため青年団の連中を、ここまで心配させてしまっていたのだ。
「オードルさんが少しくらい離れても、村は大丈夫です!」
「オレたちも頑張るので、自分の気持ちに正直になってください!」
なるほど……そういうことか。
エリザベスから事情を聞いて、青年たちは思った。
『自分たちが不甲斐ないから、オードルさんが村を離れない』と。
だから今回オレに、真剣勝負を挑んできたのであろう。
自分たちの成長した力を、実感してもらうために。
「お前たち……」
これにはオレも参った。
まさか指導していた連中に、逆に心配をかけていたとは。
そして嬉しかった。
予想以上に成長して青年たちの姿。
誰もが真剣な表情で、自信に満ちた顔で、オレと見つめていた。
「フォッ、フォッ、フォ……お前さんの負けじゃ、オードル」
「ジイさん? 村長まで……そういう、ことか」
その時、村長がやってきた。
顔には意味深な笑顔が浮かんでいる。
この様子では村長も気がついて、今回の件に協力していたのであろう。
まったくオレとしたことが、全員に心配されていたのか。
今回は自分のことが手一杯で、周りが見えていなかったのである。
「オードル……お前さんのお蔭で、村はここまで豊かで、堅牢になった。しばらくは留守にしても、大丈夫じゃぞ?」
「ジイさん……ああ、そうだな。こいつらの顔を見たら、心配は無用だな」
オレを見つめてくる青年たちは、誰もがたくましい顔であった。
村のために、必死に努力してきた姿である。
これなら、どんな困難が襲ってきても、大丈夫であろう。
オレは安心して村を離れられる。
「だが、その前に、マリア本人の意思を聞かないとな……」
すっかり忘れた。
肝心のマリアが、学園で勉強したい意志があるのか?
そのことを、まだ聞いていなかったのだ。
◇
「あっ、パパだ! ただいま!」
そんな時である。
マリアが学校から帰ってきた。
教師のエリザベスと、護衛のフェンと一緒だ。
「あれ、みんな? 家の前で、どうしたの、パパ?」
青年団や村長が、勢ぞろいしていた。
事情を知らないマリアは、不思議そうに首を傾げている。
「皆と話をしていただけだ。ところで、マリア、勉強は好きか?」
本人が来たところで、単刀直入で訪ねる。
「うん、大好きだよ! もっと、いろんなこと、勉強したいよ!」
満面の笑みで、マリアは即答してきた。
先ほど学校で勉強してきた内容を、誇らしげに見せてくる。
「実は、マリア……この村から離れた街に、もっと色んなことを勉強できる“学園”という大きな学校がある。そこは大陸中のことを学べる。マリアは学園に興味はあるか? もちろん、パパも一緒に付いていく」
慎重に言葉を選んで、マリアに尋ねる。
小さな子どもに押し付けや、誘導尋問はよくない。
あくまでも本人の意思を最優先したい。
「学園! エリザベスお姉ちゃんに、聞いたことある! すごく、いってみたい! マリア、色んなこと、べんきょうしてみたい、パパ!」
マリアは目を輝かせて答えてきた。
本当に勉強のことが好きなのであろう。
学園がどんな所かのか?
そんなことを教えてくれるのか? オレにどんどん尋ねてくる。
「まあ、学園のことは、ゆっくり話してやろう。だが、マリア。学園に通うとなると、この村を離れることになる。つまり村の友だちと、1年くらい離れ離れになる。それでもいいのか?」
友だちと離れる。
これもオレが気にしていたことである。
大陸の学園には、1年単位で通える。
つまり最短でも1年以上は、マリアは友だちと離れるのだ。
小さな子どもにとって、辛い選択であろう。
「友だちとはなれるの、さびしい。でもパパがいれば、マリア、平気だよ! だって、パパのこと大好きだから! 学園に行くの、楽しみだね!」
オレの心配は
マリアの心はすでに、学園に向かっていた。
新たなる知識の対する探究心で、その目はキラキラ輝いている。
(まったくオレとしたことが……)
子の心、親知らず……とはよく言ったものだ。
オレはマリアのことを、知らずに迷走していたのである。
父親というのは本当に難しい。
そして、やりがいのある存在だな。
今回は改めてマリアに教えてもらった。
「さて、そういう訳だ。エリザベス、フェン」
マリア本当人のことは解決した。
次の大きな問題に移る。
エリザベスとフェンにも、今回の事情を説明しておかねば。
「もちろん、私もオードルと一緒に引っ越すぞ!」
「なんだと? お前、正気か?」
公爵家の令嬢エリザベスは、現在家出中である。
大都市に引っ越したら、捜索隊に見つかってしまう危険が大きい。
それなのにオレに付いてくるだと?
「私は正気だ、オードル。なあ、フェン。お前も行くだろう?」
『ワン!』
「よし、フェン。それなら、さっそく準備をするぞ!」
エリザベスとフェンは笑みを浮べていた。
フェンも一緒に行く気まんまん。
そして早くも引っ越しの準備を始める。
何という気の早さであろうか。
だがオレにとっては有り難い返事であった。
「という訳だ、ジイさん。いや、村長。しばらく村を留守にする」
「ああ、元気でな、オードル」
全ての問題が解決した。
村長に引っ越すことを、改めて報告する。
「それから、お前たち。村のことは頼んだぞ。とにかく自分の命を最優先で、守ってくれ」
「「「はい、オードルさん!」」」
青年たちに村のことを託す。
青年たちは頼もしい返事で、笑顔を浮べていた。
(引っ越しか……さて、忙しくなりそうだな……)
全ての問題が解決した。
こうしてマリアの学園入学のために、オレたちは村を離れることになった。
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