第24話 父親としての迷い

 エリザベスからマリアのことを相談されてから、2日が経つ。


 オレは表面上、何事もなかったかのように過ごしていた。


 そんな今日も仕事の途中で、村の学校を覗き込む。


「では、次の問題が分かる人」


 学校の中では教師エリザベスが、子どもたち相手に授業をしていた。


 オレは気配を消しながら、その様子をそっと見守る。


「はい、せんせい!」


 一番前の席のマリアが、元気よく挙手する。


 白く細い腕がスッと伸びていた。


「では、マリア。どうぞ」


「こたえは、98コだとおもいます!」


「正解です。みんな、マリアに拍手を」


「「「ぱちぱち……マリアちゃん、すごいね!」」」


 マリアの見事な回答に、教室の中に拍手が鳴り響く。


「えへへ……ありがとう。マリア、うれしい!」


 皆から褒められて、マリアは照れくさそうな顔になる。


 こうして見ると、本当に勉強が好きなことが、よく分かる。


「では、次の問題にいきます……」


 その後も授業は、テンポよく進む。


 マリアはまた次々と答えていく。


(やはり、エリザベスの言っていた通りだな……)


 そんな光景を陰から見守りながら、オレは確信する。


 かなり難しい応用問題まで、マリアは解いている。


 先ほどの計算問題は、王都の大人でも難しい内容だった。


 だが若干5歳のマリアが、暗算で解いていたのだ。


(やはりマリアは頭がいいのか……)


 これは確信である。


 今までの親バカとは少し違う。


 マリアを一人の子どもとして冷静に見て、客観的に判断したのだ。


(頭がいいのか、これは親の血か?)


 王都の学者の研究によれば、親の才能は子どもに伝わるという。


 身体の大きな親からは、同じく身体の大きな子どもが産まれやすい。


 また頭の良い学者の親からは、頭の良い子どもが産まれやすいという。


(ということは、オレの血ではないだろうな……)


 孤児であるオレは、まともな教育を受けてこなかった。


 傭兵になってからは、ある程度の勉強はしてきた。


 だが、あくまでも一般常識の勉強だけだ。


 マリアのような聡明な頭脳は、持ち合わせていない。


(マリアのは……やはり、母親の方の血の影響か?)


 マリアの母親は誰か分からない。


 だがマリアの頭の良さは、母親の血が関係しているのであろう。


(マリアの母親か……)


 前に一度だけ本人に聞いたことがある。


 どんな女性なのか?と。


 だがマリアは母親のことを、あまり覚えていないという。


 気がついた時は、微かな記憶と共に村の前にいたと答えていた。


 ただ、『オードル。父親』という記憶は、かなりハッキリあったという。


(記憶障害……それとも何か別の?)


 強いショックを受けると、人は記憶を失うことがある。


 傭兵時代にも何人か見たことがあった。


(まっ……そんなことは今は、どうでもいいか……)


 だが今のオレには関係ない。


 マリアが幸せに暮らせたなら、小さいころの経験など関係ない。


 これは孤児であるオレが、一人で生きてきたポリシーである。


(さて、母親のことは今回どうでもいい。マリアの今後をどうするかだ?)


 今改めて確認しても、マリアは頭がいい。


 そして村の教育では、限界がきている。


 エリザベスの言う通り、大きな街の学園に入学させるのがいいかもしれない。


「だが、そのためには……」


 オレは学校を離れて、ゆっくりと歩きだす。


 村の光景を眺めながら、感慨にふける。


「マリアが都市に引っ越すということは、オレも付いていくことになる」


 これは2日前から悩んでいること。


 今回、迷っている原因は、オレ自身にあった。


「つまり、この村は手薄になるということだ……」


 正確には村のことを心配する、自身の気持ちが原因だ。


『今、オレがいなくなれば、村はどうなるのだ?』


 そう考えて、心に迷いが出ていたのだ。


「今まで村の警備や開拓を、オレは頑張り過ぎていたからな……」


 オレが来てから村は、良い意味で激変している。


 食料問題は解決されて、防衛力も上がっていた。


 だから逆にオレがいなくなれば、悪化する可能性が大きいのだ。


 特に防衛力に関しては、自警団はまだ未熟。


 オレがいなければ危険であろう。


 これは自負や自惚れではない。


 冷静に分析しても、村の生活は大変になるのだ。


「それにエリザベスとフェンのこともあるからな……」


 あの二人は居候だが、今は家族のようなものである。


 オレとマリアが都市に引っ越すとなれば、二人はどうなるのであろうか?


 エリザベスは公爵家の令嬢であり、今は家出中である。


 おそらくレイモンド家から捜索隊が、出ているであろう。


 そんなタイミングで彼女が大都市に行ったら、捜索隊に見つかる危険性が大きくなるのだ。


「それにフェンは……」


 フェンは野生の魔獣である。


 狭い都市の生活は、合わないであろう。


 しかもフェンには“親の仇を討つ!”という強い使命がある。


 だから故郷である北の山脈から、更に南の都市に移動。


 これを快く思わないであろう。


「そうなったら、エリザベスとフェンと離れて暮らすか? いや、マリアは悲しい顔をするだろうな」


 あの三人は本当の家族のように、仲がいい。


 長女なのに、どこか抜けているエリザベス。


 次女だけど、しっかり者なマリア。


 末っ子で食いしん坊なフェン。


 父親としてもヤキモチを焼くくらいに、息がぴったりあっている。


 あの三人を今すぐに離れ離れにする?


 そんな誰もが悲しむことをしてまで、マリアを学園に入れる必要はあるのか。


 答えは出ているのかもしれない。


「だが、マリアの将来も大事だからな……」


 賢いマリアは、これからドンドン勉強に熱中していくであろう。


 学んでいくほど、更に深い知識を欲求してくるはず。


 その探求欲は、オレにもよく分かる。


 剣技を覚えたての時は、オレは常に新たなる技を求めていた。


 当時のオレは強さの知識を求めて、大陸中を旅していたのだ。


 そんなオレだから分かる。


 マリアの将来のために、選択肢は多い方がいい。


 だからマリアを学園に入学させてあげたかった。


「だが村が……」


 そして思考は迷路のようにループする。


 オレは村の心配をして、また迷ってしまう。


「くっ……戦鬼とあとう者が、情けないザマだな……」


 こんな自分の感情の迷いは、生まれて初めてだった。


 もしかしたら世界中の父親は、誰もが子どものために、こうして悩んでいるのかもしれない。


 だとしたら、世の中の父親たちは本当に凄いものだ。


 ◇


 悩みながら歩いていたら、いつの間にか家に戻っていた。


 周りの景色も見ずに、ここまで来てしまった。


「ん?」


 家に近づいて気が付く。


 玄関の前に何かの集団がいたのだ。


「あれは……」


 集まっていたのは村の青年たちである。


 自警団の三十数人青年が、武装して待ち構えていたのだ。


「お前たち、どうした? 訓練はまだ後だぞ?」


 オレは青年たちに戦う術を教えている。


 だが今日の訓練時間は、まだ早い。


 しかもオレの家は集合場所ではない。


 それに今日は全員の雰囲気がおかしい。


 どうしたのであろうか?


「オードルさん、水臭いですよ!」


 自警団のリーダー、団長が口を開く。


 いつもとは違い、かなり強い口調である。


「そうです、オードルさん!」


「オレたちのことが、そんなに信用できないんですか!」


「オレたちだって努力しています!」


 団長に続いて、全員が次々と口を開く。


 彼らは何かに対して怒っていた。


 憤りを隠さずに、かなり荒ぶっている。


「どうしたお前たち?」


 荒ぶっている理由が分からない。


 だが原因はオレにありそうな口調である。


「オレたちのことを、今から証明してみせます!」


「なんだと?」


 そう言い放つと、団長は槍先をオレに向けてきた。


 訓練用とはいえ、まともに当たれば骨が折れる危険な槍だ。


 更に団長は本気の闘気をぶつけてくる。


「いきます、オードルさん!」


 こうしてオレは団長に攻撃を仕掛けられるのであった。

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