第20話 正解な不正解

 鉄大蛇てつだいじゃの討伐祝いの宴から、数日が経つ。


 宴の翌日から、村は平常通りに戻っていた。


「よし、今日の鍛錬は終わりだ」


「「「オードルさん、ありがとうございました!」」」


 オレは今、村の青年たちを鍛えていたところ。


 今日も槍やクロスボウを使って、連携の鍛錬をしていた。


「オードルさん、最近オレ、強くなったような気がします!」


「オレもです! この間は、野生の猪を一人で倒せました!」


「オレもクロスボウで、狼を追い返せました!」


 オレの訓練はかなりハードである。


 だが青年たちは、まだまだ元気だった。


 先日の覇気の強制目覚めをさせてから、彼らはメキメキと戦闘能力を上げていた。


 その実感を身に染みているのであろう。


「なるほど、そうか。自分の向上を実感するのは大事。だが覚えておけ。強く成りかけの時、戦士は油断で命を落とす事を」


 オレは全員に教えておく。


 戦場において一番怖いのは油断であると。


 特に新兵から卒業したての連中は、一番死亡率が高いのだ。


「だから油断はするな。お前たち」


「「「はい、オードルさん!」」」


 いい返事だ。


 青年たちは素直である。


 元々は辺境の村民である彼らは、命を落とす危険性を知っている。


 だから素直にオレの忠告を聞いてくれるのであろう。


 これなら更に強くなるはずだ。


「そういえば、その内、新しい武器と防具も完成する。楽しみにしておけ」


「「「おー!」」」


 新しい武具と聞いて、青年たちが歓声をあげる。


 先日の鉄大蛇の素材を使って、オレは新しい武具を製造していた。


 具体的には、鉄大蛇の鱗と皮を使った鎧。


 これは鉄の剣や矢を通さない防御力を持ち、しかも軽くて動きやすい代物である。


 王都の正規兵よりも強力な鎧だ。


 あと新しい武器は槍である。


 鉄大蛇の骨と鉄を混ぜて、特殊な固い金属に加工していた。


 魔獣の骨は金属を強化する効果がある。


 新しい槍は、普通の鉄の鎧も貫通する威力になるであろう。


 それ以外にも同じ原理で、矢じりや短剣なども強化しておく。


 少しやり過ぎではないか、だと?


 この村は辺境にあるために、周りは危険に満ちている。


 だから自衛力を高めておく必要があるのだ。


「それではお前たち、戦闘の訓練もいいが、村の仕事もちゃんとするんだぞ」


「「「はい、オードルさん」」」


 自警団は、あくまでボランティアの組織。


 青年たちは基本的に、各家の農業や林業などに従事している。


 だから空いている時間を使って、戦闘の鍛錬を積んでいるだけなのだ。


「さて、次の場所に向かうとするか」


 青年たちの雑談もそこそこにして、オレは次の場所に向かうのであった。


 ◇


 村の中心にある、大きな建物にやってきた。


「それでは、1+2は?」


「「「3!」」」


 建物の中から、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。


 ここは村の子どもたちに教育を施す施設……学校である。


「では、次は国語です。みんな自分の名前を書いてみてください」


「「「はい、エリザベス先生!」」」


 学校の教師は女騎士のエリザベスである。


 名門の貴族の生まれである彼女は、高等な教育を受けていた。


 だから教師役としては適任で、オレが頼んでいたのだ。


 国語と算数の1日1時間の授業を、週に5回ほど行ってもらっていた。


 エリザベスは子どもたち相手だと、いつもと違い口調が優しい感じになっている。


「では次は工作です。粘土で好きな物を作りましょう」


 なんと、いつの間にか工作の時間まで追加されている。


 これはエリザベスが考えて、独自のカリキュラムを組んでいたのであろう。


「「「工作⁉ わーい、やったー!」」」


 楽しい工作の時間に、子どもたちは大喜びであった。


 動物や建物、お花、馬車など思い思いの形を作っていく。


(工作か……これは効果的な授業だな……)


 そんな光景を見ながら感心する。


 手先の器用さは、どんな仕事に繋がる。


 また創造性は子どもたちの将来を、無限に切り開く。


 エリザベスの機転に感謝する。


「では、今日の授業はここまで。気をつけて帰るんですよ」


「「「はーい。先生、さよーなら! みなさん、さよーなら!」」」


 いつの間にか終業の時間となっていた。


 子どもたちは元気に挨拶をして、教室を出ていく。


「さて、私も……って、オードル⁉」


 同じく教室を出てきたエリザベスに、バッタリ顔を合わせる。


 気配を消していたオレに気が付いて、エリザベスは驚いていた。


「見させてもらっていた、エリザベス。それにしても大した先生の腕前だな」


 先ほどの授業の内容について、先生エリザベスを褒める。


 オレから当初、指示されていた内容だけでなく、応用した授業も進めていた。


 子どもたちの未来を考えた、素晴らしい学校であると。


「そ、そんな、いきなり褒められても……照れるんだから……」


 いつになくエリザベスは照れていた。


 いつもは勝気な女騎士であるが、こういった女らしい側面もあったのであろう。


 とても先日の宴で、酔っ払って失態を見せた人物と、同一人物には見えない。


「いやー! あの時の話は、もう止めてよ、オードル!」


 よかった。


 いつものエリザベスに戻っている。


 元気に顔を真っ赤にして、両手で隠していた。


「あっ、パパだ!」


 そんな時、銀髪の幼女が駆け寄ってきた。


「マリアを見にきたの?」


「ああ、ちゃんと見ていたぞ」


 駆け寄ってきたのは娘のマリア。


 今日も天使のような満面の笑顔である。


「では、ここで、パパにもんだいです!」


 そんな笑顔のマリアの表情が、急に変わる。


 いきなり真剣な表情で、オレに問題を出してきた。


「ここにリンゴが、3コあります。マリアが2コ、ついかしました。ごうけい、なんコでしょうか?」


 出されたのは足し算であった。


 おそらくは今日の授業で、習った内容なのであろう。


(3+2で5個か。簡単すぎる問題だ……)


 傭兵部隊を率いていたオレは、算数もある程度まで学んでいた。


 何しろ戦争とは数と数の戦い。


 指揮官クラスは算数も必須なスキルなのだ。


(だが、ここで正解を答えていいのか?)


 マリアは真剣な表情で尋ねている。


 もしかしたら、ここは敢えて間違えて答えた方がいいのであろうか?


 その答えをマリアが訂正することによって、彼女が喜ぶケースもあるのではないか?


 果たして、どう答えるのが正解なのだ?


(エリザベス……)


 子ども心が分からないオレは、隣のエリザベスに助けの視線を向ける。


 こんな時に父親は、どんな風に答えればいいのかと。


“こくり”


 事情を察したエリザベスは、小さく頷いてくれた。


 つまりオレの仮説は正しいのである。


「マリア……正解は、リンゴは4個だ」


「ぶぶー! パパ、ふせいかいです! せいかいは、3たす2で、リンゴは5コでした!」


「なんと……5個だったのか⁉ さすがはマリアだな」


「えへへ……パパにほめられると、マリアすごく、うれしい!」


 マリアは満面の笑みを浮べる。


 照れくさそうに本当に嬉しそうにしていた。


(よかった……オレの反応は正解だったようだな……)


 オレも心の中で安堵の息をつく。


 何とか正しい対応をできたことを嬉しく思う。


 教えてくれたエリザベスにも、ハンドサインで感謝を伝えておく。


(それにしても、あえて不正解を口にすることで、相手に気持ちよくなってもらうか……子どもとは、奥が深いな)


 オレは今までの人生では、常に最良の選択をしてきた。


 常に正解を突き進んできた。


 だから今回のように、あえて間違える大切さの奥深さに、感動する。


 今までの自分に足りなかったことを、小さなマリアから学べたような……そんな気がした。


「さて、マリアは気をつけて遊びにいくんだぞ」


「うん、わかった、パパ! いってきます!」


 学校の授業が終わったので、子どもは自由時間。


 マリアは友だちと遊びにいく。


「さて、オレはまた村の見回りに行ってくるか」


 今日のオレは特に、村長から仕事を頼まれていない。


 だから自由に村の中を見回っていた。


 村人たちで困っている者はいないか?


 村の中で危険な場所がないか?


 そんなことを調べて回るのも、最近のオレの大事な仕事なのである。


「あっ、オードルさん!」


 そんな時である。


 学校に青年の一人が駆けてきた。


 この者は自警団の一人。


 今日は村の正門の見張り番をしていた。


 急いだ様子だと、何かあったのであろうか?


 もしや賊か?


「どうした?」


「それが村に荷馬車隊が近づいてきました。たぶん定期の交易商人だと思います」


「なるほど、そんな時期か」


 どうやら賊の襲来ではなかった。


 だが念のために、オレに報告に来たのであろう。


 いい判断だ。


 万が一も有り得るので、有り難い報告であった。


「定期の交易商人だと?」


 村に住み付いて間もないエリザベスは、初めて体験するイベントである。


「ああ、そうだ、エリザベス。面白いから、お前も見にくるがいい」


 こうしてオレたちは交易商人のキャラバン隊を見に行くのであった。

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