第21話 キャラバンでの買い物
交易商人のキャラバン隊。
数ヶ月に一度、村にやって来る一大イベントである。
買い物や娯楽のない村にとって、村人たちの楽しみにしている時だ。
「ほう、相変わらず盛況だな?」
村の中央広場に到着すると、商人たちは早くも店を広げていた。
数台の荷馬車からどんどん商品を降ろして、陳列している。
噂を聞きつけた村人たちも、次々と広場に集まってきていた。
あっという間に広場は、数百人の村人でごった返す。
「この布と、こっちの香辛料をちょうだい!」
「その種と、あっちのネックレスを買うぞ!」
辺境のこの村には、交易商人が来ることが珍しい。
だから村人たちは、ここぞとばかりに買い物をしている。
毎日のように真面目に働いて、村の商店で換金して、貯めておいた大事な金。
このキャラバンで盛大に使うのだ。
「こっちの毛皮と、この工芸品を鑑定してちょうだい!」
「次は、この革製品と、この香辛料も鑑定だぞ!」
一方で、逆に交易商人を相手に、村の商品を売っている者たちもいた。
この村は基本的に自給自足の生活をしている。
余った生産物や、村の固有の工芸品や産物を換金しているのだ。
「みなさん、そこをどいてください。荷物を運びこみます!」
そんな売り込みの中で一番忙しいのは、カサブランカの一家である。
彼女の家は村で唯一の商店。
数ヶ月間、村人たちから買い上げていた物資を、交易商人に換金してもらっていた。
その金を元手に、数ヶ月分の生活物資を、交易商人から買っておくのだ。
「相変わらずの熱気だな」
そんな広場の光景を、オレは感心しながら眺めていた。
特に買う物は無いが、こうした活気ある光景は、見ているだけで楽しい。
「ん? もしかして、オードルさんですか? お久しぶりです!」
そんな中、オレに声をかけてくる商人がいた。
「ああ、5年ぶりだな。よくオレのことを覚えていたな?」
この商人はキャラバン隊の責任者。
オレも昔からこの村で、何度も顔を合わせたことがある。
だが今回は5年ぶりの再会。
当時に比べてオレは髭を剃って、髪の毛も短くして印象を変えていた。
それでよく分かったものだ。
「最初は別人だと思いました。でも、この村でこれほど存在感があるのは、オードルさんくらいですからね! あっはっは……」
商人は笑いながら説明した。
なるほど、そういうことか。
村の中で、これほどの巨体はオレ一人だけ。
だから商人も気が付いたのであろう。
商人の鑑定眼は大したものである。
「ところでオードルさん。ここ数ヶ月で、この村に、いったい何があったんですか⁉」
「ん? 何のことだ?」
商人はかなり驚いた表情で、村の中を見回していた。
だが、いつもの村と変わりはないはずだぞ?
「いや、変わりすぎです! 数か月前に来た時は、あんな城壁みたいな柵はなかったですよ!」
なるほど、そのことか。
商人が驚いていたのは、村を取り囲む木の柵のことであった。
“城壁みたいな柵”とは上手い例えである。
何しろ村を囲む柵を、オレは当初に比べて、改造を繰り返していた。
今では要所に木製の見張り
村の入口には可動式の城門。
また柵の向こう側の守りが弱い部分には、空堀も掘って追加しておいた。
だから“城壁のような柵”と言われても仕方がないのだ。
「実は最近、野党や獣が増えてきた。だからオレが作った」
「なんと……この規模を一人で。昔からオードルさんは、色々と規格外でしたが、これには私も驚きましたよ。こんな堅牢な村は、大陸でも見たことがありません!」
たしかに商人の言う通りかもしれない。
オレも傭兵時代は、大陸中を見て回っていた。
その中でも今の村は、断トツの防衛力を持った村であろう。
「だが、あくまで自衛の柵だ。戦争をする訳ではない」
「なるほど、そうでしたか。あと、オードルさん。村の中も様変わりしていますよね。あっちの奥で鳴き声がするのは、牛舎ですよね? しかも大規模な? 数ヶ月前にはなかったですよね? あの数の牛はどうしたんですか?」
遠くから聞こえる牛の声で、牛舎のことに気がついたのであろう。
しかも鳴き声だけで、牛の数まで検討をつけている。
この辺の抜け目のなさも商人の特徴。さすがだ。
「あの牛はオレが捕まえてきた。今では50頭以上はいるはずだ。あと、野生馬と鶏、野豚も捕まえてきている」
オレは野生の家畜を、定期的に捕まえていた。
食肉にした分を差し引いても、当初よりは増えている。
村人の人数規模に比べたら、かなりの余裕のある家畜の生産量だ。
「なんと……そんなにたくさんの家畜がいるんですか⁉ しかもオードルさんが捕獲を……はっはっは……驚きすぎて、もう笑うしかありませんな!」
牛や馬はこの大陸では高価な家畜。
乳や乳製品、肉を生み出すだけではなく、労働力としても優れているのだ。
商人にとっては信じられない、村のハイペースな増加なのであろう。
「それに、オードルさん。この村は大きく変わりましたね。
「ああ、そうだな。いい笑顔だな」
広場には全村人が集合していた。
誰もが笑顔で、キャラバンで買い物をしている。
そんな光景を見ながら、商人までも嬉しそうにしていた。
あこぎな職業に思われている商人も、皆と同じ人の子。
他人の幸せそうな笑顔を見て、喜ばない者はいないのである。
「そういえば、オレも鑑定して欲しい商品があった。鑑定してくれないか? 獣の毛皮や爪牙が結構ある」
村でオレが倒した狼などの獣は、素材を
かなりの量になってきたので、そろそろ換金したいところ。
商人に依頼する。
「はい、分かりました。オードルさんの仕留めた獣の素材は、いつも上質なので、高く引き取らせていただきますよ」
「あと
だが、かなりの量があるので、余っていた素材もある。
それも換金しておきたいところだ。
「えっ⁉ 鉄大蛇って……あの魔獣のですか⁉」
「ああ、そうだ。村の鉱山に出現したのを、退治しておいた」
「あの鉄大蛇を退治とは……さすがすぎます、オードルさん! もちろん高値で買い取らせていただきます!」
「ああ。それならそこの荷台に置いてあるから、勝手に鑑定しておいてくれ」
オレが狩っておいた素材は、かなりの量がある。
鑑定の時間はかかるであろう。
だから商人を信じて任せておく。
「はい、喜んで。後でお金を渡します。その間、当商会での買い物を、楽しんでください!」
勝手知ったる、何とやら。
商人に後は任せて、オレも買い物に向かうのであった。
◇
数台の荷馬車の前に、広げられたキャラバン商店。
村人たちは、まだまだ買い物で盛り上がっていた。
そんな光景を見ながら、オレはぶらり散歩していく。
「ん? あれは?」
そんなキャラバンで、一人の幼女を発見する。
「これ、かわいい……」
それはマリアであった。
小さな髪飾りを手に取り、じっと見つめている。
「これ、やっぱり、かわいい……」
マリアは何度も小さくつぶやいていた。
ピンク色の髪飾り。
よほど気に入ったのであろう。
小さな手で、ぎゅっと握っていた。
「これ、ほしいな……でも、お金が……」
まだ5歳のマリアは、お金を持っていない。
だから買うことはできない。
そのことを思い出して、急に悲しそうな顔になる。
自分の感情を押し殺して、何度も首を横に振っていた。
とても辛そうな顔である。
(これは、マズイな……)
まさかの光景を目撃して、オレは言葉を失う。
今までマリアには“お小遣い”というモノを、あげたことがない。
何しろ自給自足の村では、お金をつかうことが今までなかった。
だからオレも失念していたのだ。
(マリアにお小遣いを、早く渡してやらないと。でも、どうやって渡せばいいのだ?)
孤児であるオレは、今までお小遣いをもらったことがない。
欲しいものは、ずっと自分の力と剣で稼いできた。
だから娘のマリアに、どうやってお小遣いを渡せばいいのか……その方法が分からないのだ。
(そうだ、エリザベスは? くっ、こちらに気がつかない)
頼りのエリザベス先生は、キャラバンの商品の買い物に熱中している。
値切りにかなり熱中していた。
だからオレからの救援のサインに、今回は気が付いていない。
何というタイミングの悪さ。
くそっ!
こんな時はどうすればいいのだ?
(ん?……あっ、そうか!)
そんな窮地の時である。
オレにあるアイデアが浮かんできた。
《フェン、どこにいる? 急いで来てくれ。緊急事態だ。褒美に干し肉を、好きだけやる》
《干し肉を⁉ 分かったワン!》
オレの救援の念話を聞いて、フェンがダッシュで駆けつけてきた。
さすがは忠犬フェン。
頼りになる奴だ。
さて、ここからはオレの演技の腕の見せどころである。
ごほん。
咳ばらいして、声の調子を確認しておく。
「……ああ、オレとしたことが、忘れていたぞ。今日の朝にマリアに渡す物があったのに。あっ、ちょうどいい所に、我が家のペットのフェンがいたぞ? フェン、これをマリアに渡してくれ」
『わんわん!』
オレは何気ない独り言をつぶやき、フェンの首に小さな布袋をさげる。
その中に数枚の大陸通貨を入れておく。
髪飾りを買っても、お釣りがでる金額である。
『ワンワン!』
フェンはそのまま、マリアのところへ駆けていく。
『わん!』
「えっ……フェン? どうしたの? えっ、これをマリアにくれるの?」
突然やってきたフェンに、マリアは驚いていた。
フェンがくわえて布袋を受け取り、不思議そうな顔をする。
「なにが、入っているのかな……? あっ、お金だ⁉」
中身を見てマリアは驚いていた。
いきなりフェンがお金を渡してきたので、混乱しているのであろう。
周りをキョロキョロして、見守っていたオレと視線が合う。
よし、ここで第二の演技の腕を見せるところだ。
「あー、マリアは、ちゃんと“お小遣い”を受け取ったかな? マリアが今まで頑張って、家で働いたお小遣いだから、何を買ってもいいぞ。マリアが何を買ってくるか、パパは楽しみだなー」
これは全て独り言。
だが声量はマリアに届くように、絶妙に調整していた。
戦鬼の名は伊達ではない。
「あっ、パパ……ありがとう! よし! オジさん、コレください!」
オレの想いが無事に届いた。
マリアは欲しかった髪飾りを、無事に買うことができた。
キャラバンの商人に、ちゃんとお金を渡している。
「パパ! パパ! 見てコレ! マリアににあうかな?」
買い物を終えたマリアは、こちらにダッシュしてきた。
その髪の毛には、買ったばかりの髪飾りをさしてある。
「ああ、似合うぞ。まるでお姫様みたいだぞ」
「えへへ……マリア、うれしい。パパ、ありがとう……」
少し照れながら。
でも満面の笑みを浮べて、マリアは喜んでいた。
何度も髪飾りを触りながら、顔を赤らめていた。
「他にも何か欲しいものあったら、オレに言うんだぞ。次のキャラバンまでは数ヶ月ある」
村では手に入らないモノも、交易商人から買うことが出来る。
オレの今日は、財布のヒモを緩める覚悟があった。
なんでも欲しいものがあれば、オレに相談するんだぞ、マリア。
「ほんとうに⁉ ありがとう、パパ。じゃあ、あっちのスカートが気になるの! どっちがいいか、パパえらんで!」
想定外の依頼がきた。
なんだとスカートの選定をして欲しいだと⁉
これにはさすがのオレも困惑する。
何しろ生まれてこのかた、女子の洋服を選んだことなどない。
鎧や剣の選定眼になら、かなりの自信はある。
だが女のものは全くの別次元。
何を基準にすればいいのか、予想もつかない。
よし、ここは戦鬼としての勘を信じて、スカート選ぶぞ。
こっちだ!
「ありがとう、パパ! あと、こっちのフリフリも、パパ、えらんで!」
マリアは次々と商品を持ってくる。
どちらもマリアには似合う。
だが、どちらかを選ばないとダメらしい。
まさに究極の選択すぎて、頭がパンクしそうだった。
(くっ、まだ、そんなにあるのか⁉ 誰か……助けてくれ……)
こうしてキャラバンでの買い物は、閉店まで盛り上がっていくのであった。
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