夢・結婚

タヌキング

結婚生活のスタート

 俺の名前は二階堂にかいどう じょう。34歳の結婚もしていない男である。早くに両親を失くして親戚の家で育てられた俺は、それ以外は不幸なことは特別無く、何不自由無く生きていくことが出来ていた。

 他人に何かを合わせるということが不得意な俺は、30代半ばにも関わらず女性と付き合ったことが無い。20代の頃はそれなりに彼女が欲しいという欲求はあったのだが、30代を超えると一人の方が気楽で良いのではないだろうか?と考えるようになった。

 時折、誰も居ないアパートの部屋で、独り身の淋しさが押し寄せる時があったが、それすら心地良くなって来たので、いよいよ独身のまま人生を終わらせることに何の躊躇いも無くなった。

 そんなある日のことである。

 俺は何故か結婚式の披露宴にタキシードを着て新郎として出ていた。隣には見たことも無い美人のウエディングドレス姿の新婦と思われる女の人が立っており、俺の知り合いが俺達のことを祝福しているのだ。

 これはきっと夢だろうと俺は気づいていたのだが、悪い気はしなかったので誓いのキスまでしてしまった。最初のキスが夢の中なんて、中々にロマンティックではないか。

 目が覚めて、やはり夢だったかと思い正直ガッカリした。あれだけ綺麗な女性ならば結婚することも吝かではなかった。しかしながら、流石は夢といったところだろうか?全く彼女の顔が思い出せないのである。

 まぁ、もう会うことも無いだろうと、頭を切り替えた俺はいつもどおり歯を磨いて、ご飯を食べて仕事に行くことにした。

 さて、ここからが少々不思議な話になってくる。

 その日の晩、俺はまた夢を見たのだが、その夢というのが結婚生活の夢だったのである。今の狭いアパートの一室とまるで違う、新築の広い家のソファーに俺はテレビを見ながら座っており、新婦だった女性が立派なキッチンで料理を作っていた。


「もう少しで料理出来ますからね」


 優しい声で俺に声を掛けて来る女性。不思議と知らない人という気持ちにならず、これが自分の嫁さんなのだということに何の抵抗も無かったのは、これが夢だという証拠だろう。

 テーブルの上にカルボナーラだのポトフだの普段はありつけない様なご馳走が並べられていく。普段食べている390円の安い弁当とは大違いである。感動してちょっと泣きそうになってしまう。

 味も大変美味しく、次々に俺は口の中に食べ物を押し込んで行った。


「あらあら、そんなに急がなくても食べ物は逃げませんよ」


 楽しそうに俺が物を食べる様子を見ている女性。母親の様な温かさを感じて、亡き母の面影を彼女に見た。


「新婚旅行の別府は楽しかったわね。また旅行に行きたいわ」


「あぁ、そうだねぇ。また二人で旅館で卓球でもしたいね」


 別府なんて行ったことも無いが、ニコニコと笑う彼女に合わせて話を合わせてしまった。夢もどうせなら新婚旅行の夢も見させてくれれば良かったのだが、そこは所詮夢である。融通の利かないことがあっても怒ってはいけない。

 夕食を食べ終わり、晩酌をしながら二人で談笑し、ダブルベットに二人で入って寝た後、現実の俺が目を覚ました。

 起きた後も夢だったという残念な気持ちは無く、不思議と満ち足りた気分になった。

 その日の夜も就寝すると、また彼女が夢に出てきて、昨日の様に料理を振舞ってくれた。夢で食べた物のカロリーや栄養素はどうなるのだろうと少し考えてしまったが、おそらくゼロカロリーなので何も気にする必要はあるまい。

 こうして俺の夜寝てからの結婚生活が幕を開けたのである。

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