第27話感謝したい月光蝶

 右腕を生き埋めし、優雅に第一食堂でモーニングセットを頂き、腹を満たしていた。


 やはり、料理長の食クオリティはプロ級だな。

 私も食べ過ぎには注意しないとな。


「……勇者様。なんでいきなり、ワシを埋めたんですか」

「誰が出てきていいと言った」

「通りすがりのサイクロプス君に、引っこ抜いて貰ったんです!」

「そうか。突っ立ってないで座れ」

「なぁー!」


 ピーピー五月蠅いわりに、ちゃんと座れるんだな、私の正面に。


 コイツは本当に、学ぶ努力を捨て去っているな。

 土汚れぐらい落としてから、食堂に来て欲しいものだ。


「あ、あの……す、少しお時間いいですか?」

「ん?」


 触角を頭部から生やした、奇怪な女が話し掛けて来たぞ。

 背中には色鮮やかな大羽を畳んでいるが、妖精って奴か?


「あれ、月光蝶さん? 夜勤明け?」

「……」

「ワシの声、聞こえてる?」


 ふふ、右腕の奴め。

 元の容姿でないからか、警戒されて無視されているぞ。


 しかしながら、この女は朝っぱらから何なんだ?

 面識は一切ないが、話ぐらいは聞いてやるか。


「私に何か用か、蝶女」

「は、はい。お隣いいですか?」

「許す」


 しおらしく座ったはいいが、鱗粉が一緒に軽く飛んで、くしゃみが出そうだ。

 で、もじもじとして、中々に話しだそうとしないな。


「おい、用件があるなら早くしろ」

「ひゃい! そ、その……昨晩、貴方はあの赤オーガを吹き飛ばしましたよね」


 昨晩?

 ……あー私の豊満な乳房を、無断でたぷたぷと触れた糞野郎か。

 今となっては遠い過去となっていたからな、思い出すのにも数秒要してしまった。


「そんなこともあったな。それがどうした」

「あ、あのオーガ。女の子達に手を出しまくって、皆迷惑してたので……私もあんな風に触られて、今日こそガツンと言ってやろうとしたんです」


 つまり女の敵だった訳か。  


「ほぅ。で、私が代わりに物理でやってのけたと」

「はい。だから、ありがとうって直接言いたくて……その、ありがとうございました」


 動く度に鱗粉が飛ぶから、正直に早くどこか行って欲しいが、こうして直接感謝してくれたんだ。

 ここは心広く、感謝を受け取り、蝶女が自らの足で去る事を見守ろう。 


「気にするな。秩序を保つのに行動せず、ただの傍観者でいたら、魔王も務まらん」

「ま、魔王? 貴方が?」

「昨日からな。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします!」


 六つの腕で一度に握手されるなんて、始めての経験だな。

 これで心置きなく、蝶女は帰ってくれるだろう。


「じゃあ、前のお爺ちゃん魔王は?」

「目の前で定食を食ってる、コイツがそうだ」

「元魔王でーす」


 定食の食い方が汚いが、いちいち突っ込んでいたら、朝から疲弊してしまう。


 無言で見つめてる蝶女はきっと、以前の姿と照らし合わせているんだろうな。


「……ただの後頭部剥げてる青年じゃないですか」

「そうだな。まぁ、気にするな」

「はい! そうします! 私は新魔王様にお慕いします!」

「そうか」

「ワシのことはお慕いしてた?」


 今更、元魔王になんて誰も興味はないんだ、さっさと過去の栄光は忘れてしまえ。

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