JK探偵・椴野ベル(とどのべる)

青袖てゃん*🐬

2度目の着信

暑い。夏だから当たり前だが、事務所でヒマしていると余計にそう感じる。

もちろんエアコンならある。当然だ。今の日本なら当然だ。

そんなことを思いながら、設置工事の済んでないエアコンが箱に入ったままこちらを睨んでいる。その熱いまなざしで暑さは1+1で200だ!10倍だぞ10倍…


どうやら思考回路もショート寸前のようだ、工事業者といますぐ会いたい。

「暑いなら依頼でも探しに行ったらどうですか?」

事務所のドアが空き、開口一番嫌味が飛んできた。

この声の主はこの事務所の主・椴野ベル(とどのべる)。17歳の女子高生だ。


おっと、自己紹介がまだだった。ワイの名前は…

…まあ名前なんかどうでもいい。

女子高生が事務所の主ということのほうが、興味をそそるのではないだろうか。

事務所の主とワイの関係性も気になるところだろう…


「テッテッテテ!テッテテ~…♪」


事務所に軽妙な音楽が鳴り響く。

ベルのスマホが鳴るなんて珍しい。しかも聞いたことのない着信音だ。

「はい!ご依頼ですか!?ありがとうございます!!」

よそ行きの声でベルが応える。

しかし人はなぜ電話のとき声が高くなるのだろうか。ソプラノ歌手が電話に出ると超音波でもで出るのだろうか…

いつもどおり、くだらないことを考えている間に通話は終わっていた。


「初依頼!が!きた!(伯方の塩のリズムで)」

満面の笑顔でベルはワイに言う。相変わらず顔がいい。

こいつが子供じゃなければ惚れているところだ…ナンチテ。


ベルの話を聞くに猫探しの依頼らしい。売れない探偵らしい仕事である。

そう、うちは探偵事務所である。実績はまだない。

そしてワイの主は高校生探偵ということになる。真実はいつもひとつ。


しょっぱい依頼にも関わらず、大はしゃぎのベルを見ているとなんだか

親のような気持ちになってくる。

まあ、実際に親子くらいの年の差はあるのでやや微妙な気持ちでもある。

論語で言うところの「知命」とかいうらしい。

思えば遠くへ来たもんだ。


では何なぜ我が子のような年齢の女の子が上司なのかというと、この事務所(とは言っても所在地は違うが)は元々ベルの祖父が営んでいたのだ。

そしてワイはその助手として働いていた。

探偵業とはいっても、ドラマだのマンガだのでよく見るような派手な仕事はほぼない…というよりも全くなかった。


その祖父が遺言で、ベルに探偵業を継いでほしいと訴えた。

ベルもベルである、そんな無茶を二つ返事で引き受けた。この祖父にしてこの孫ありというか…

両親は反対したが、「大学を出るまでに自分で稼げるようにならなかったら辞める」という条件で許可したらしい。

つまり今は実質ただの女子高生だし、家の近くに借りている事務所の賃料は祖父の遺産から出ている(遺言による)。

はたから見れば道楽のようなものだが、当人はいたって真剣らしく、図書館で推理小説を借りてきて読んでいるらしい。やる気を削ぐ気もないので暖かく見守っている。


問題はここからで、その祖父は遺言で血の繋がりもないワイにベルの助手になるよう指示してきたのだ(ベルから聞いた)。

先代の死により失職したとはいえ、ワイもいい年だし女子高生の部下になるのもなんとなくきまりが悪い。

ついでにベルにはツテだのコネだのは一切ないので、仕事にならないのではないかとも思っていた。

それでも最終的には、世話になった先代への義理もあって、引き受けたのだが我ながら酔狂である。


少し昔のことを思い返している間に、ベルが猫探しの準備を整えていた。

「ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ!トドみたいにしてないで!」とベル。

ソファで溶けていたら、怒られてしまった。トドはお前だろ…とは言わないでおこう。


準備といっても、地図も連絡手段もスマートフォンがあるので、捕獲用の道具くらいである。こういうものは前の事務所のときからあるので、新規で調達する必要もない。


準備も完了し、ベルと二人で依頼者の家へ向かう。

近所なので徒歩移動である。暑い中道具を持って歩くのはとても暑い。

持っていなくても暑そうにしているベルを見て少し恨めしく思うがしかたあるまい。助手なのだから。


しばらく歩いて現地に到着した。

が、そこに依頼者はいなかった。というよりもその住所に住居はなかった。空き地である。

そこで、ベルが依頼者に折り返し電話をする。


「おかけになった電話番号は現在使われておりません」


繋がらない。

何度電話しても同じ音声を聞くだけだった。

住所に住居はなく、電話番号は存在しない。

あの依頼はいたずら電話だったのだろうか。


その場でしばし思案を巡らせていると、再びベルのスマートフォンから着信音が鳴る


「さっきの依頼の電話番号だ…」


「テッテッテテ!テッテテ~…♪」「テッテッテテ!テッテテ~…♪」


存在しない電話番号からの着信にベルの声がうわずる。

ベルが電話に出る。


「・・・・・・・」


無言。

少しのノイズが聞こえるだけで、相手は何も声を発さない。音も立てない…。

しばらくの間、ベルは耳をそばだてる。


「…ニャー…」


スマートフォンが手から滑り落ちる。ベルの手は固まったままだった


「ネコの…声…」


少し震えた声でベルはワイにそう伝えた。

落ちたスマートフォンを拾い画面を確認したが通話はすでに途切れていた。


「弱った猫の鳴き声が一瞬聞こえた…」


ただの猫探しのはずだったこの1日をなにか奇妙な空気が包み始める。

気味の悪さを感じつつ、スッキリしない気持ちを晴らすため、ワイとベルは近隣の住宅の住人にあの住所のことを聞き込みを始めた。

住民によると、あの住所には元々一軒家が立っていたらしく、そこにはひとりの老人が住んでいた。

しかし、それ以上の内容になると住人は口ごもり引っ込んでしまった。


他にもなにかあるとは思ったが、警察でも呼ばれては元も子もない。

こういうときは行政に頼るとしよう。うんそうしよう。


というわけで例の住所を管轄する役所にやってきたのだが、その場所のことを話すと職員は苦笑いであの土地であったことを話してくれた。


「あそこは元々一軒家でね。ご老人が長い間ひとりで住んでいましたよ。」

「ペットと一緒にね…」


別段変わったことのない話だが、続きがあった。


「まあひとり暮らしで寂しかったんでしょうね。ペットを大量に飼っていて、多頭飼育崩壊を起こしていまして…」

「老人のひとり暮らしですから、大量のペットを管理するのが難しかったんでしょうね。」

「結局、騒音や悪臭で近隣住民からクレームが来て、ペットたちは行政が引き取ることになったんですが…」


独居老人に多頭飼育崩壊…なんだか世知辛い話だなとは思いつつも、まあない話ではないのだろうか。


職員は続けた。


「そして、ペットを引き取る前日の夜に、その老人が家に油をまいて火をつけたんです。全焼でした。ペットは全頭逃がしたみたいですけどね。」

「その老人はその後、どこかの施設でなくなったそうです。」


ベルとワイはその話を黙って聞いていた。

すると、職員は最期に興味深いことをつぶやいた


「そういえば、その老人が変なことを言っていたらしいんですよ。」

「1匹いない。1匹いない。って」


ベルは職員に尋ねる。


「ペットって、犬ですか…?それとも」


「全頭猫だったらしいですね」


・・・・・・・・・。


ずいぶんオカルトティックではないか。

飼い猫探しの依頼。存在しない住居に電話番号。職員の話。


ベルは言う。

「いなくなった猫ちゃんはどうなったんでしょう…?」

そんなことワイが知るわけがない。答えようもない。


ベルは言う。

「これは猫ちゃんを探す依頼ですよね?探しませんか!?」

そういう話だったが、もうそういう話じゃないだろうと頭をかくが、ベルは

たぶん曖昧にしたままじゃ納得しないだろう。

だいたいその猫は生きてるのか?死んでるのか?ベルはこちらをずっと見ている。

真っ直ぐな目だ。

ワイは仕方なくスマートフォンを取り出しある電話番号にかける。

助手とはいえワイにもツテなりコネなりはあるのだ。



しばらくして待ち合わせ場所に、先程電話で呼び出した男が現れた。


「お呼びいただき光栄です。あなたがベルさんですね?先代にはずいぶんお世話になりました。」


言葉は丁寧、物腰も柔らかい、だがこの男はモノ探しのベテランである。


「おっと、自己紹介がまだでしたね。私の名前は新都(にいと)です。以後お見知りおきを…。」

「それでは早速仕事を始めるとしたしましょう!探しモノの遺留品など何かありますか?」


ここまでの経緯を新都に伝える。遺留品など無い。しかしこの男なら問題ない。


「はぁ…モノは何もなしですか…仕方ありません、一度現場に行きましょう。」


再び現場に戻るやいなや、新都の目が真剣になった。地面を触る。


「なるほど、凄惨な現場ですね。逃げた猫さんも火傷を負ったようです」

「残留思念から行き先を追ってみましょう。」


ベルはポカンとしている。そりゃそうだ、こんな変な男を見れば誰だってこーなる。ワイだってそーする。

何を隠そう(本人も親しい人間以外には隠しているらしい)、この新都はサイコメトリーとダウジングができる(らしい)。ちなみにワイは信じていないが、実際できるようだ。

ちなみに、新都のダウジングは炎を使って、そのなびく方向を見るらしい…。


「わかりましたよお二人!猫さんは残念ながら亡くなっているようですが、亡くなった場所がわかりました!」

新都は明るい声で言う


「そっか…亡くなっちゃったんだね…」

ベルは悲しそうだ。

「でも弔ってあげなきゃ!」

明るく振る舞うもどこかさみしげだ。


新都が向かったのは、現場から1キロほどの袋小路。

「猫さんはここで亡くなったようですね…死因は火傷からの感染症のようです。」


「でも、どうやって弔ってあげればいいの!?影も形も…」

「手を合わせればいいのかな…」


ベルの懸念はもっともなので、こんなこともあろうかともう一人の有識者にも新都を呼ぶついでに声をかけておいた。


「おまたせ。ラーメン食ってたんだけど、意外と早かったね」

この男はエクソシスト(自称)の火粉(ひのこ)。

長い白髪に黒いコート、法外な治療費を請求するマンガのキャラクターにどこか似ているような。


「あーここね。いるね。まだいるわここ。ねこ。」

「つっても悪霊とかじゃないよ、しんどい思いしてたみたいだけど。うん。」

「別に悪さとかしないと思うけど地縛霊になっちゃてるからさ。半分くらい。」

「上の世界にねあげちゃおうか。うん。仕事だしね。」


火粉が一通りしゃべり終わると、浄霊の方法を話し始めた。


「霊なんで、直接触れるのは無理なので。一回生体に移します。」

「そこをオレが除霊ビンタするんで。あとは流れでお願いします。」

「誰に移そうかな。依頼者二人はだめとして。そこのマッチョの人いける?」


突然指名されて新都は驚いたようだが、流れ上断る感じではないので引き受けてくれたようだ。


「なんでワタクシが…」


納得はいっていないようだが、新都が火粉に指定された位置に立たされた。

火粉の目の色が変わり、何やらつぶやいている…。

そして決めポーズらしき仕草で大きな声を出した。


「「「「セイ!!!!!」」」」


すると新都が急に四つん這いになりこちらを見ている。そして間髪入れずに火粉が叫ぶ。


「イクゾー!!!1!2!3!ダァーーーーーーー!!!(パァン)」


辺りに乾いた音が鳴り響く。

ワイは何を見せられているんだ。正直そう思った。


「ふぃー↑浄霊完了です…。帰ります。」

火粉はそう言って去っていった。嵐のような男だった。新都は倒れている。


「これで、猫ちゃん助かったのかな…(クズッ)。」

ベルは涙目で笑っている。

この状況で泣けるお前が一番怖いわとワイは思った。


ふとベルがスマートフォンを確認すると履歴からは依頼の番号が消えていた。


「これで解決したのかな。」

そのすこし疲れた横顔は遠く雲の向こうを覗いていた



事務所に戻ると、暑い暑い部屋が二人を出迎えてくれた。エアコンの工事は2週間後らしい。

それまでに先代の墓参りにいかなきゃな。などと思いつつ、この度の不思議な事件に思いを馳せていた。


すっかり沈んだ夕日とうっすら浮かんだ月が、明日を運んでくる。

明日も暑い日になりそうだ。




~終~

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