第3章 反乱軍と皇族

第23話 サリィの回顧と反乱の芽

「私はライトのことを話したわよ。サリィはミラクのことを話してくれるのではなかったの? ……嘘をつくの?」


 私は振り切れていた。サリィが強いことは変わらないけれど、もうサリィのことは少しも恐ろしくはなかった。私がサリィを恐ろしく思っていたのは、ラキとラナをサリィ相手に守り抜ける自信が無かったからだ。

 今、背後には、守るべきラキとラナはもう、いない。二人のことは砦の外に逃している。

 

 ――でも、すべてに決着を付けたら、また……二人に会いたい。

 

 私はミラクを殺して、すべてにケリをつけるつもりだ。

 

 一人で旅をしてミラクを追跡できる自信はない。

 だから、私は暗殺部隊を利用しようと思ったんだ。ラキとラナを私の復讐に巻き込むわけにはいかないから、二人は逃したけれど。

 帝国軍暗殺部隊の諜報能力を利用して、ミラクを追う。

 そして、ミラクとまた会って、問い詰める。おそらくミラクの考えは私に理解できることではない。だからきっと、私はミラクを殺すことになる。


 ――それでいいんだ。ミラクを殺したら、またラキとラナと旅をしよう。二人と希望に満ちた旅をやり直そう。


 そこまで考えて自嘲した。


 たしかに私はライトに育てられた娘だわ。ある関係性や過程を別の人間とやり直そうだなんて考えに至るんだもの。

 ライトが私を娘にして、サリィとのをしようとしたように、もしかしたら、私もミラクとラキを重ねて……ニーナとラナを重ねて……やり直そうとしているのかもしれない。


「イカれているな。半吸血鬼の餓鬼。いや……サキ」


 虚空を見つめて笑みを浮かべる私にサリィが言った。


「サリィ……今、私はとってもたかぶっているの。……このサリィが作った血溜まりが、吸血鬼族の本能を刺激しているからかしら? それともラキの血をたくさん飲んだから、酔っちゃったのかしらね?」


「知るものか。私に分かるのは、今のお前は、愚かにも己が血に呑まれて狂っているということだけだ。……その笑み、私を前に震えていたのが嘘のようだな」


 サリィは威圧的に戻りつつある。

 やはりライトの名前を出せば一時的にかなり乱れたけれど、サリィには老獪さがあった。サリィが落ち着きを取り戻せば、駆け引きで不利になるのは私のほうかもしれない。


「……たしかに私はサリィを恐れていたかもしれないわ。でもね、私が恐れていたのは、サリィ相手にラキとラナを守り切る自信がなかったからよ。私の身一つでサリィと戦うことには、何の恐れもないわ……。むしろ、とっても楽しみ……」


 だが、私は本心を吐露せずにはいられない。


 ――本当に、血に酔っているのかもしれない。

 

 砦に居るサリィ以外の暗殺者たちは、もはや脅威ではないと思えた。

 ランク 1 だというフィロンはミラクを追って去った。ランク 2 だというソニアにも今や負ける気はしない。

 

 脅威となるのは、目の前にいるサリィくらいのもの。


 久しぶりに戦闘への純粋な鼓動の高鳴りを感じた。

 守るべき双子がいないからか、ミラクとの再会により旅立ったばかりの無垢な希望を思い出したからか。

 酔いしれたような気分だった。


 ――もういっそ……この衝動のままにサリィと殺し合う?


「サリィはどうしたいの?」


 空気にか血にか酔ったまま、私はサリィに尋ねる。

 サリィはそんな私を見て、ふっと笑った。

 サリィの眼差しは、明らかに自分より劣っている未熟な相手に向けるものだった。


「……なによ、サリィ。私には負ける気がしないってこと? 言っておくけど、私だって本気を出せばかなり強いんだから」


 サリィは見ていないだろうけれど、私は吸血鬼族の回復力と血液操作も手に入れた。もっとも、回復力については怪我が治っているため察されているかもしれない。


 余裕を取り戻したサリィの態度にペースを崩され、強がったような言葉を吐いてしまった。


「お前、ライトに勝ったことないだろう? 私は試合形式でなら何度か勝利したぞ」


そんな私にサリィはようやく問いかけに答えた。


 私は思わず言葉に詰まる。


 ――まさかサリィはライトと互角以上の強さ、なの……? ライトの本気は見たことがない。私ではライトの本気を引き出すことすらできていなかった。

 そんなライトと互角以上なんて……。

 戦ってみたいという希望もある。

 だけれど旅――特に都に着いてから思い知った己の無力さゆえか、その事実に対する絶望感も微かにあった。


 絶句する私にサリィはさらに続ける。


「サキ、お前はミラクに執心だったな。ミラクにはフィロンを追っ手として放った。ミラクは既に殺されていると……そうは思わないのか?」


「……なっ、そ、そんなこと……」


 私はまたもや言葉に詰まってしまった。

 あっという間にサリィのペースに呑まれた。


 ――フィロンがミラクを殺している?


 ミラクがもう、死んでいるかもしれない……? フィロンに殺されて……?


 想像すると、ただ虚しかった。私の槍も気持ちも……何もぶつけられていないまま……ミラクがいなくなる。そう考えると虚しかった。……そんなこと許せない。

 

 私はミラクを殺したい。でも、フィロンがミラクを殺すのは許せないと思った。

 殺すならば、裏切ったことと、ニーナを殺したことへの怒りと憎しみをぶつけた後で、私自身の手でミラクを殺したい。


「……ミラクがフィロンに殺されているなんて許せないわ」


 思わず拳を握りしめる。吸血鬼族の特徴が表れていつのまにか尖っていた爪が肉に食い込み、血が流れた。


「そうかい。それなら良かったね。今のはちょっとした脅しだよ。……フィロンがミラクを殺すことは、まず無いだろう」


「え……? でも……」


 俯く私にサリィから投げかけられた言葉は理解し難かった。

 ミラクとのフィロンの戦闘では、フィロンの方がミラクより実力が高く見えたからだ。

 あのまま戦いが長引いていたら、ミラクの方が殺されていたのではないかと思う。


「フィロンはミラクを殺さない。あの子フィロンは……あの狂ってしまったフィロンならば、しばらくは生かしてミラクを苦しめたいと考えるだろうね」


 サリィは何やら意味ありげに言う。


「……どういうこと?」


 私が尋ねると、サリィは唇で弧を描いて笑った。


「ミラクの過去を聞きたかったんだろう? 話してやると言っているんだよ」

 

 そして、サリィは語り出した。

 暗殺者達の過去を。


 

  ***


 

「……フィロンは昔から優秀ではあったかね」

 

 フィロンは危うい子だったとサリィは回顧する。

 初めはフィロンは、暗殺部隊に連れて来られて混乱するただの子どもだった。だが、基礎的な身体能力、任務における判断力は、申し分なかった。サリィも扱う各亜種族の剣技を取り入れた帝国剣術では、特に優秀だった。

 

 朝から晩まで剣を振り、毒の耐性をつけ、殲獣と檻に閉じ込められて戦わされるような過酷な訓練兵時代も正気のまま生き抜いた。


 しかし、フィロンは狂っていった。

 ともに帝国軍への入軍試験を受けて、ともに暗殺部隊へ選抜された兄が、フィロンに何も言わずに一人で脱走を試みて殺された事件をきっかけに、狂っていった。


「フィロンはね……兄が暗殺部隊を脱走した理由をミラクに押し付けているんだよ。ランク 1 の称号をフィロンの兄は狙っていたのさ。だが、その称号はミラクに与えられた。フィロンは口には出さなかったが、明らかにミラクを憎んでいた」


 サリィは処刑場を取り囲む柱脚の土台に腰掛けながら語る。


「フィロンが本格的に狂ったのは……ランク 1 であったミラク脱走してからだった」


 フィロンは兄の死を深く悲しみ嘆いた。

 フィロンは兄が死んだ夜にサリィの前で溢したという。『僕は許さない……兄を殺した……を』と。


 ミラクが脱走した後、皮肉にもランク 1 の座はフィロンに明け渡されることになった。そのことを通知されたとき、フィロンは笑い狂ったという。


『ふっ……あはははははッ! みんな弱いのが悪いんじゃないか……ランク 1 を狙っていたソニアもテツも……兄さんもッ! ……脱走したミラクだってそうだ。みんな、ただの雑魚だっ!』


 サキは、語られるフィロンの暗殺部隊での壮絶な日々に絶句していた。サキはシャトラント村で、ライトに厳しくも大切に育てられた。この大陸帝国で、しかも半吸血鬼の身で、そんな日々を送ることができたことが如何に幸せなことであったのかを痛感していた。


「ソニアは暗殺部隊に入った経緯が、少し特殊なんだよ」


 サリィはソニアの過去を思い出そうと目を閉じる。


「……ちょっとサリィ。私はミラクのことを話してって言ったじゃない。ソニアのことは今はいいわ。早く、ミラクの過去を話してくれない?」


 サリィが語り始めようとしたソニアの過去は、サキの言葉によって遮られる。フィロンの話はミラクと関係があった。ソニアの話も関係があるかもしれないが、サキにはもう大人しく話を聞き待っている余裕はなかった。

 サリィは不機嫌そうに、閉じていた目を開いた。


「……ミラクはそうだね」


 サリィは先ほどまではかなり饒舌だったのだが、あからさまに口数が減る。


「……つまらない子さ。愚かな裏切り者だ」


 サリィはそれだけ言って黙った。


「サリィ……?」


「タイムリミットみたいだね」


 その言葉にサキはハッとした。砦の中心の、円状になっているこの吹き抜けの処刑場は、暗殺者の子供たちによって取り囲まれていた。


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