第7話 人族と亜種族

 世界各地で現れ始めた異形の怪物達を、人々は“殲獣せんじゅう”と呼んだ。 


 殲獣は、火を吐き、氷を操り、大地を揺らがした。 殲獣は、世界に魔法の概念をもたらした。

 殲獣は世界を破壊し、人類を脅かす怪物として人々の生活に深く入り込んだ。

 

 世界中に突如現れた“殲獣”へ立ち向かう為、人々は種族問わず手を取り合ったが、やがてその力に溺れて歴史上最大最悪の戦争、大陸戦争を引き起こした。


 戦争の末、王達は人口の多い人族の王を皇帝に立てた。大陸のほぼ全域を占める帝国の誕生により、戦争は終結した。


 しかし、人族の王もとい皇帝はお飾りに過ぎなかった。亜種族達は帝都へ集い、王を傀儡とした。


 これが、亜種族が人族を軽視し人族が亜種族を毛嫌う所以である。


  *


 帝国西部は、とくに人族の多い地域だ。亜種族は好奇の対象であり、また戦争の原因とされ憎しみの対象でもある。


「おはようございます、サキさん。身体はだいぶ良いみたいですね」

「かなりいいわね」


 ラナとラキ。この獣族の混血の双子の家に居座りもうすぐ、ひと月が過ぎようとしていた。


 私は、あれから自我を失いラキやラナに襲い掛かって吸血する、なんてことには幸いなことになっていない。薬草や医術の心得があるという2人に治療してもらって過ごしていた。2人は医術師をしていた人族の父と、その患者であった獣族の母の間に生まれたらしい。

 母は、末期の病で善良で偏見のない医術師と評判であった父のもとにたどり着き、2人は恋に落ちたという。


 双子は物心ついた時から父と、この森の奥の家で暮らしてきたと言った。

 母は双子を産んで亡くなり、父は3年ほど前に病で亡くなったらしい。

 

 ラキとラナの2人は、まだ旅に出る決断ができていなかった。


 思ったより渋っているが、私がこの家を出るときについてきてくれたら、それでいい。

 私は2人が私と共に旅に出るという決断を最終的にはするという自信があった。なぜなら、2人はいつも私の旅の話や、私の故郷シャトラント村の話を楽しそうに聞きに来るからだ。


 亜種族が差別されずに生きられる村は、帝国西部では稀有だ。知ってはいたが、双子の様子を見ていて改めて実感した。


 私はここ数日、鍛練がてらに森でラキと刃を交えたりした。私は、槍を失くしてしまったから、ラキ達の父が昔使っていたという、古い槍を借りていた。

 ラキは中々の腕だった。カーブのかかった双剣を飛去来器ブーメランのように投擲してきたときは驚いたけどね。

 この辺りに生息する鷲型の殲獣を狩る上で考え、身につけた技出そうだ。

 

 正直感心したわね。足捌きも悪くなかったし。1人で狩りであれを身につけたというのだから驚きだ。

 投げた双剣が帰ってきていて、それを避けながらラキからの攻撃も避けなければならなかった。まるで複数人を相手にしているかの様だった。大した戦法だわ。私は今まで狭い村で暮らしていたから、こういう独特な戦い方は刺激的だった。

 

 まぁもちろん、私の方がラキより強いけどね。ラキは私からまだ一本も取れていない。


 ラキは、最初は私を警戒していたが徐々に心を開いてくれた。

 やはり、刃を交わすというのは心を交わすようなものだ。

 森の中は木で埋め尽くされている。双子の家の前だけ木を切られていてちょっとした庭のようなものがあった。私とラキは、そこでよく手合わせをした。


「楽しいな、ラキ!」  


 私は身を低くして踏み込み、ラキに槍を突く。


「治りかけなんだから無茶をするなよ」


 ラキは後ろに飛び退き、双剣で受け流した。

 結構本気で踏み込んだのに、今のを躱されるとは。


「長い間寝ていたからね。体が鈍ってるんだ、動かしたいのよ」


 ラキは良い奴だ。不器用なところや、警戒心が強いところもある。しかし、私の話を興味深そうに聞いてくれる。それに、強がって大人ぶっているが、すぐに感情を表にしたりして、幼さが言動の節々から感じられた。

 

 ……ミラクとなんて似ていなかったわ。私はどうかしていた。


「それだけ暴れられるなら、もう旅に戻れるんじゃねぇか?」

「なによ、私に早く出て行ってほしいの? ラキとラナが一緒に来てくれるって決断してくれたら、すぐにでも出て行ってあげるわよ」


 こうは言ったが、私も双子を旅に連れていくことに不安がないわけではなかった。


 2人にはまだ、私がどうして大河を流されていたのかは伝えられていない。

 いずれは話さなくてはいけないと思う。

 でも、私の話を目を輝かせて聞く2人の目を見るといつも先延ばしにしてしまう。


 もし、私が愚かにも再び裏切られるようなことがあり、2人が巻き込まれてしまったら。何度かそんな考えが頭をよぎった。

 しかし、その度に決意した。この双子が希望を抱いたまま帝都まで旅をできるように、もっと強くなろうと。私は、もう二度とだまされたりしない。利用されたりしない。


 ラキは、黙って手を止めて双剣を鞘に収めた。私も、それを見て槍を止めた。


「サキ。俺は、3年前に父が死んでからはラナがすべてだったんだ」

 

 ラキは、静かにそう言った。


「知ってるわ。……大河を渡り都に旅をするのには危険もある。不安があるのも、わかるから」

「それがお前を助けてから変わった。吸血されて、とんでもない奴を助けてしまったのかもしれないと思ったもんだ」

「……悪かったわね。何度も謝ってるじゃない」


 そうじゃねェよ、と。ラキは頭を少し搔いて言った。


「俺は、お前と出会って広い世界を見てみたいと思うようになった。……俺は、お前と旅に出る。そう決めた」


 言葉が出なかった。一緒に来てくれるだろうとは思っていたけど、こんなにも熱烈に伝えてくれるとは予想外で。少しだけ照れてしまったり。


「え……い、いいの? でも、ラナは……」


 ラナも同じ気持ちだ、とラキは言った。

 いつのまにか2人で話しあっていたのかと思ったが、ラキは「俺にはわかる、あんなに楽しそうなラナを見たのは父が生きていた時以来だ」とラキは付け加えた。


 そして、ラキは少しうつむいていた顔を上げて、髪の間から鋭い目を私に向けた。

 ああ、その目の鋭さだけは苦手だ。あいつを……ミラクを思い出してしまう。


「だから」


 ラキは、その鋭さのまま言った。


「話せよ、サキ。大河でお前に何があったのか」


 先の言葉を聞くのが怖かった。ラキは一体何を言いたいのか本当は分かっていた。でも、認めたくなかった。


「今は言えないって、言ったじゃない」


 お前は、俺がこうやって目を見つめると決まって目を逸すんだ、とラキは低い声で呟いた。

 風が吹いて森の木々が揺れる音が聞こえた。


「そんなに似ているのか? 俺とお前があの日言った”ミラク”って奴は」


 私は口を閉ざす。


 ええ、似ているわよ。そういう鋭く突くようなところまで。

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