第2話 冒険者

 ミラクは、掴みどころのない奴だった。

 

 ミラクは私と同じように、都シュタットへ向かっていると言った。

 都に向かう若者は多いとはいえ、旅の目的地が同じなんてね。


 ……あの日借りはきっと返すつもり、なんだけれど……。ミラクは最初思ったほどの悪人には、見えなくなってきていた。


 ミラクの言動から、亜種族を攫って売り捌くような生活をしているのだろうと思っていた。


 いっそ本当にそうしてくれていたら、遠慮なく戦えたかもしれないのに。


 少なくともここ五日間は、ミラクは掃いて捨てるほどいるような冒険者たちと、そう遠くない日々を送っている。


 私は、ミラクがギルドから受けた依頼に付いて回っていた。

 ……実力の底は見えないのだけれど、ミラクほど強ければ、いくらでも割の良い依頼がありそうなものだった。

 猪型の駆除でもいいだろうし、この辺りにはあまり住み着いていないかもしれないけれども、それこそドラゴンを狩ってその体を高く売りつけるとかもね。


 それなのに、ミラクはなぜか地味な依頼ばかり受けていた。

 殲獣のいる場所での薬草採取だの、交易商の一晩の護衛だの……正直かなり地味な仕事だ。 


「あと二日もすれば腕は全快するからね。ミラク、わずかな余生をもう少し有意義に使ったらどうなの?」


「黙っていろ役立たず」


 私のやさしい忠告にも耳を貸さず、ミラクは相変わらず地味な依頼をこなす。

 ただ、時間と労力の割に、報奨金が良いものが多かった。


 やはりミラクは頭が回るんだ、と思う。

 もしかするとミラクは、派手な事をして名を挙げるのを避けているのかもしれない。

 有名になると不味いことでもあるのだろうか。


 あるのだろうな。


 私と出会った日のクズっぷりから明らかだ。きっと、大勢の者から命を狙われているんだ。そうに違いない。

 

 退屈のあまり、私はそんな冗談めいた考えを浮かべていた。


  *



 小鳥の鳴く声で目を覚ました。

 

 一体、誰が小鳥の鳴き声での目覚めを心地よいなどと評したのだろうか。

 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと身を起こす。

 ああ、気分が悪い。もう少しだけ寝ていたかったが、この宿のやたら早い朝食に間に合わなくなるから、起きなければならない。


 腕を思いっきりに上げて伸びをする。


 思わず笑みが溢れた。

 前言を撤回しよう。


 私はとても気分が良い。

 たった今、普段通りに腕を使えるまで回復したことを確信した。


 昂った気持ちを抑えられず、ベッドの上に立ち上がる。

 古い宿のベッドは大きく軋んだ。カーテンを勢いよく開き、朝日を浴びる。


 拳を数回握りしめる。

 ……よし、この数日散々我慢したのだから早速ミラクと戦おう。


 事情はどうあれ、共にに旅をする仲間になったのだから、意思疎通刃を交えるのは大切よね。


 ミラクが地味な依頼ばかりこなすせいで、私が考えていた予定から、シュタットへの旅はかなり遅れている。そもそもミラクは、本当に都シュタットを目指しているのだろうか。


 寝衣を脱ぎ戦闘服に着替えながら、不意に、ライトのことが頭をよぎった。

 この黒い翼を隠すために、ライトが用意してくれた外套を羽織る。


 ミラクとのこともあり、人前ではもう外套は脱がないことに決めた。

 ライトにも不用意に翼を目立たせないように言われていたこともある。


 ライトのことばかり思い出す。早く都で名を上げたいのに、私の予定よりも少し旅は遅れていた。

 本来なら後三つは先の村にいるはずだった。

 ……森を突っ切ったら早いのに。


 ミラクが「最西部の辺境の野生児と一緒にするな」とか抜かして、山を下りて冒険者ギルドで小金稼ぎながら進むから遅れているんだ。

 ……というか、ミラクだって私と出会ったとき、山道の高い木の上にいたじゃない。


 ……やはり決闘だわ。私が勝利し旅の主導権を握れば済むことだ。



  *



 ダンっ! と大きな音を響かせて私は宿の食堂で、ミラクの座っていた席の前に朝食を荒々しく置いた。

 そして、溢れ出る高揚感を抑えられずに告げる。


「おはようミラク。私、もう腕は普段通りに使えるから。朝食後、表に出てよね。お前に決闘を申し込むわ!」


 数日間、怪我のためおあずけだった戦闘を、私より強いかもしれないミラクと楽しめる。

 予定より数日遅れていることなど、もはやどうでも良くなってきた。


 ミラクはいつもの冷めた赤い瞳で私を見上げる。


「勝手に出てろ。サキ一人でな」


「……」


 頭に血が上るのを感じる。

 決闘では、この高揚だけでなくいつかの仕返しも込めてやろう。

 そう思い、勢いよく朝食を流し込んだ。


「相変わらず、吸血鬼族が血を啜らずに人族の食事をしているのには違和感がある」


「……ウ……けほっ……おいミラク! こんな場所で、き……吸血鬼族とか、言わないでよ……!」


 唐突なその言葉に、流し込んでいた酸い果実の汁ジュースをむせ返した。

 小声でミラクを黙らせて、傍に立て掛けておいた槍に手を伸ばす。


 辺りには数人の冒険者が同じように朝食をとっていたが、私たちの話は聞こえていないようだった。

 いつの間にか朝食を終え、刀を弄っていたミラクはまた、口を開く。


「……腕がもう動くなら今日は仕事がある。まだ生かしてやった分も働いてもらっていないからな。今日はドラゴン狩りだ。喜べよ、すぐに出発だ」


 事もなさ気に言った。


「え?」


 呆気に取られてしまった。

 --こいつ、目立ちたくないのではなかったんだろうか。

 こんな小さな村でドラゴンの体を売りに店へ行ったら大騒ぎだろう。おそらく近隣の村々で噂になる。


 というか、決闘は? しないのか?

 何も答えず目も瞬く私にミラクはニタリと笑った。


「お前には、俺の隠れ蓑になってもらう」


「は?」


 思わず声が出てしまった。

 でも、なるほど。納得がいった。


 つまり何かしらの理由で、目立ちたくないミラクが、私と組んだのは、その為だったんだ。


 たしかに私ならば、ドラゴン狩りは可能だ。

 しかし、ここ数日で改めて確信したがミラクは強い。山にいる猪型なら二、三手で狩ってしまう。


 これは勘に過ぎないんだけれども、ドラゴン狩りならミラクにも可能ではないだ。

 だが、ミラクにとって問題があるとすれば目立つこと。


 帝国西部で、単独でのドラゴン狩りを成すことができる者など、おそらく数十人程度。

 都から派遣されている駐在騎士を考えても、ギリギリ三桁いるかどうかだろう。


 そこでドラゴン狩りの噂は、全部私のことにしたいわけだろう。

 私は大いに目立つはずだ。可愛いし、槍術の達人で強いし……人前では黒翼は隠してはいるから、吸血鬼族の混血なのは関係がないか。


「都に着くまでに、大金を稼ぐ必要がある。だが、俺は事情があってな。名を上げる訳には行かない」


 ミラクは黙って腕を組む私に、親切にも説明を加えてくれた。

 なんというか頭の悪い奴隷に苛立ちを隠せず接する主人のような口調だった。


「……なるほどね」


 私は不覚にも、こいつの提案……というか脅迫……にまんまと乗せられて仲間になったわけだ。

 また口車に乗ってやるのは、たいへん癪に障る……が。


「ドラゴン、か」


 思わず立ち上がった。


 ドラゴンとの、村を発つ前の戦闘を思い出す。

 あの咆哮。あの爪。あの牙。

 あの炎の息吹。あの紅蓮の翼。

 でかい図体のくせして、あんなに速く飛び回っていた。あの重い足蹴は、なかなか効いた。

 思い返しただけで、感嘆してしまう。


 まわりの連中から、気味の悪いものでも見るような目を向けられた。

 決して美少女に向けていい目ではない。……失礼極まりないものね。


 ドラゴンは手強かった。鱗はかなり硬く、私のかつての愛槍が、ダメになったりもしたものだ。最終的には、私が勝ったんだけれど。

 

 やはり殲獣の魅力は、その殲滅の獣の名の通り、加減を知らないこと。


 ライトのような強者相手に、全力を受け止めてもらうことも、悪くはないのだけれど。

 殲獣との戦いは、文字通りの死闘なんだ。


 都シュタットへの旅を認める条件の一つとして。ライトは幻獣型の殲獣であるドラゴンを狩ることを示した。


 そのころ、村から数刻の岩場にちょうどドラゴンが一体住み着きだしていた。


 ドラゴンは私が死に目に合わされた殲獣の一獣。

 ライトに日が落ちるまで岩場に来るなと伝え、一人ドラゴンと死合った。

 夕暮れに私がその牙を一つ引きずり帰還したときには、ライトはその牙で槍を作り私に旅の餞別として贈ることを約束してくれた。己の倒した殲獣から作った武器を持つことに、憧れていた私は感極まったものだわ。


 今の私の愛槍が、そのドラゴンの牙槍だ。その白い槍を握りしめた。

 たった数月ほど前だけれど、なんだか懐かしいわね。


「……でも」


 この辺りにドラゴンが住み着くような岩場があったかしら。


「三つ先の村の岩場にいるらしい。昼過ぎには着くだろう。今から森の中を突っ切って行けばな」


 ミラクは私の心でも読めるのか、先程からずいぶん欲しい説明を的確にくれる。

 私の顔が乗り気になったのを見て、ミラクは続ける。


「冒険者証は失くしてないだろうな? あれが無いと買取価格が下がる」


 仲間と森の中を駆け巡り、殲獣と戦う。そして、ギルドや店に殲獣を売り、金を稼ぐ。 

 村の外に出て、経験してみたかったことの一つだ。


 仕方ない。一旦、決闘のことは忘れてやろう。

 今は、ドラゴンが優先だ。


「もちろん、失くしていないわ!」


 ドラゴン戦闘のついでに、ミラクの実力も見定められると理想的かもしれない。


「そうか。ならば、もう行くぞ。森の中では走るが遅れないようにしろ」


「ふん、それは、こちらのセリフよ。駆けっこなら負けないから」


 本当は、村を出てからは、まっすぐ、森も山も突っ切って最短で都まで行くつもりだった。

 都で冒険者登録も、軍への入軍志願もしようと思っていた。


 ミラクと出会って色々と予定が狂ったが。

 予想外だが、だからこそ、ここ数日間は……楽しかった。冒険者登録をして、ミラクについて行った、ギルドでの依頼は地味なものが多かったが、初めてのこともたくさん経験できた。


 ミラクはよく分からないやつだが、一応は私の初めての仲間だ。

 あの日の借りは絶対に返すけれども、いつかは互いに心を開いて笑い合いたい。

 その為にも、近いうちに刃を交えなければ。

 刃を交えた相手とは、どこか心が通じ合う気がする。


 ドラゴン狩りを存分に楽しんだ後は、ミラクとの戦いだ。昂るわね。


 ここ数日、戦いができなかった分、目一杯楽しもう。そう心に決めて、私はミラクに続き宿を出た。


 山沿いの宿の早朝の空気は、冷たかった。

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