第13話アンナ、憂う
「誰でもない。ただの田舎の宿屋の女将さ。今はね」
含みのあるアンナの言い方に、ヨハンは眉を吊り上げる。
「今は?」
「あたしの昔のことはいいんだよ。少し武器を扱えて少し頭が回る女とでも思ってけばいいのさ……春になったらアンタらとはそれっきりの付き合いになるんだ、余計な詮索はしないのことだね」
「……」
「さて、説明してもらおうか」
「言えない。オバさん達は
ヨハンのその返しに、アンナは近くの椅子にドカっと座ると椅子の背に片腕を乗せヨハンを見据えた。
「まぁ、当たり前だね…あたしだって、アンタらのことを信用したわけじゃない。けどね、
擦り傷さえ許さないかのように後生大事に接しているかと思えば、突然毒殺未遂まがいなことする。ヨハンの行動には矛盾しかない。
「守りたいだけだ」
「死なせそうとしたのはアンタだけどね」
「あの毒草の致死量は把握している」
「医者でも薬剤師でもないアンタが毒草の致死量なんてわかるんだい」
「試したからわかる」
「……試したって?」
「食べるものがない時にあらゆるもの食べて試したことがある。そのおかげでほとんどの毒草の致死量は把握している」
真顔で淡々と話すヨハンにアンナは開いた口が塞がらない思いになった。
その言葉からいくと、あらゆるものを致死量まで食べたことになるんだけどね……。
この子、どんな環境で育てば、そこまでするようになるんだい。
路上に住む浮浪児だって、死ぬような真似をしてまでおまんま食べようとはしないと思うけどね。
「う…ん……」
シュリが目を覚ます声がした。即座にヨハンが側に寄り、少女の頬に手を当てる。
「大丈夫?シュリ」
「う、ん。……ヨハン、ナニ、アレ?」
ヨハンの手のひらに安心するように、シュリは彼の手に頬を押し当てた。
「ごめん…、間違えた」
「マチガイ?…………ワカッタ」
頭を傾げ納得していないのにも関わらず、シュリはヨハンの行動に過ちはないと信じ込んでいるようだった。
この子…………刷り込みもいいとこだよ。これじゃこの先もヨハンのすることなすこと全てを疑わないんじゃないんかい。
二人の関係性にアンナは危うさを感じた。
まるで二羽の鳥が巣の中でお互いに身を寄せ合って沼の底へと堕ちていく姿がアンナの脳裏に浮かんだ。
――――――――――――――――――――――――
アンナとヨハン、全快したシュリの三人は家に帰ると、泣きながら酒瓶を数本あけて不貞寝をするラルフの姿があった。
そんなラルフの頭をアンナが青筋を立てながら小突き起こすと、ラルフはアンナの腰にすがりついた。
「ア、アンナ!それにヨハンとシュリ!みんなどこに行ってたんだよぅ。心配したんだぞっ!」
「心配した奴が、探しにも来ずに酒飲みかい、はぁ、なんであたしはこんな奴と結婚したんだか」
「なんで、結婚したんだ」
アンナに抱きつきながらオイオイと泣きはじめるラルフに呆れながらヨハンは尋ねる。
「……言えるかい。末代までの恥じだよ」
いくらヨハンが周りの子供と比べて大人びているといっても、結婚のきっかけが酔った勢いだとは、十代の子供の前では言えなかった。
期限の七日目の夜、シュリの言語能力は未だ拙さはあるものの簡単な単語での会話なら可能であることから、アンナのお許しをもらうことができヨハンは安堵のため息をついた。
――――――――――――――――――――――
八日目の朝。
シュリはヨハンに簡単な単語で、ヨハンとシュリは居候の身であること、アンナさんたちはガストハオス(宿屋)を営んでいること、数えで七つまり一週間後にはガストハオスに泊まりに来る人が多く来るため、居候として働かなくてはいけないことを知る。
(ヨハンって、アンナさんとラルフさんの子供じゃなかったんだ。それなのに二人共、食事を用意してくれたり寝るところを貸してくれたんだ)
シュリは少しでも恩を返せるようにと汗水流して働く決意を固めた。
ヨハンとシュリの二人はその日から一週間かけて、アンナに教わりながら慣れない冬支度の準備や狩猟シーズンに向けて宿屋の一部屋一部屋を整えていった。
多くの宿泊客が泊まるのを想定して、アンナはヨハンを連れ日用品や保存食の買い足しに街へ出かける日もあった。
目が見えないシュリは立ち歩くといった作業があまり少ない仕事――食事の下拵えといった作業をアンナに檄を飛ばされながらもみっちり教そわった。その結果、一週間前と比べると、多少時間はかかるものの下拵えしたものを床にぶちまけ無駄にしたり、包丁で指を切って流血沙汰になることが非常に少なくなった。
ラルフといえば、狩猟目的できた宿泊者のための装備や猟銃や罠、網などの道具の整備に追われていた。
そんなこんなで慌ただしく宿泊の準備を終え、狩猟シーズンが幕を開けた。
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