第10話喪女、異文化交流ステップ1に挑む
ご飯食べ終え、今後自分はどうすればいいんだろうという疑問が朱璃の頭をよぎった。
あそこいた頃は光が差さない暗闇の世界と言葉の通じない環境に順応することで精一杯で、あの時の自分を振り返っても、生きようとしていたのか、死のうとしていたかもわからない。ただただ身も心も限界で、頭がおかしくなっていた気がする。
けれど少年に助けられ、あの場所から逃げ出すことができた今、あそこへは二度と戻りたくない。
叶うなら、両親とまめちゃんがいる家へ帰りたい。
その願いを叶えるために私がするべきことはなにか。
彼らの言葉を学び、異文化交流をすること!
――この時、奇しくもシュリとヨハンたちの考えていることは一緒であった。
異文化交流といったら、日本だと留学に相当するのかもしれないけど、陰キャの私にそんなハイスペックな経験はない。異文化交流なんて陰キャにとったら最も高いハードルだと思うけど、家に帰るためなら、なんだってする!
異文化交流は積極性と勢いがあればやっていけると聞いたことがある。誰から聞いたか忘れたけど。
うん、いけるいける!勢いに任せればいいだけだもんね!
朱璃はこの時、軽い興奮状態になっていた。何が彼女をそうさせたのか、彼女の状態をよりわかりやすく説明するにはマズローの欲求5段階説が相応しいだろう。
マズローの欲求5段階説には生理的欲求を最下層に安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現の欲求とピラミッドの頂上へ登るイメージで段階的に欲求が生まれるという説がある。
朱璃はちょうど、睡眠と食事という生理的欲求と、安心して眠れる場所を一時的にではあるがかくほしており安全の欲求を満たしている。次の段階である「愛の欲求」とも呼ぶ社会的欲求――家族または組織といった社会的組織に属し、精神的に満たされたいという欲求、要は「寂しい」「家族に会いたい」という欲求――を充足しようとする段階にいたと思われる。
異文化交流の始めのステップ1―自己紹介。
長く一緒にいた彼に今更自己紹介なんて笑えるけれど、生きて家族の元へ帰るという願いを叶えるために初めの一歩を踏み出さなくてはいけない。
朱璃は高揚する気持ちを抑え、隣に座る彼の衣服を震える手で掴んだ。
「マイ ネーミズ シュリ・モモセ」
緊張で声が震えた。
彼と話すのは初めてではないのに、彼の返答をドキドキしながら待った。
けれどしばらく待っても彼の返答はなく、もう一度名乗ってみる。
「…マイ ネーミズ シュリ」
「…………」
やはり返答がない。
(思った通り、ここは英語圏内じゃないのか)
世界共通言語の英語が通じないとすると、単語とジェスチャーで攻めるしかない。
朱璃は自分を指差し、「シュリ」と名乗った。しばらくすると「……シュ、リ?」と彼から返答が返ってくる。
(通じた!)
朱璃は素早く頷きかえし、再度自分を指差し「シュリ」と返し、それに反応し彼も「シュリ」と呟く。
(やっぱり、通じてる!)
自分の名前が通じると、彼の方へ指差す。その意図に気づいた彼が「……ヨハン」と呟いた。
「ヨハン!」
嬉しくなった朱璃は子供のように自分を指差し「シュリ」、彼を指差し「ヨハン」と続けると、彼も同じように「シュリ」と「ヨハン」と繰り返した。
お互いの名前を名乗り終えると、ヨハンは寝床と食事を与えてくれた彼らの名「アンナ」と「ラルフ」の名前も教えてくれた。
ここからヨハンによる言葉の猛特訓が始まるとはつゆも知らず、シュリはハードル超えられた喜びに酔いしれていた。
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