第6話喪女、拾われる


 中年の男――ラルフ・アーバンは一杯ひっかけようと妻のアンナに見つからないようこっそり家を抜け出し、裏道から町にあるクナイペ(居酒屋)に向かう途中、道の片隅に蹲る少年少女に出くわした。


 なんだ、なんだとこっそりと近づいてみると、そこには薄汚れた服の黒髪の少年とこの町では見かけないほど高価な衣服を纏う金髪の少女がいた。少年に意識はないのかグッタリした様子で泣いている少女に抱かれている。


 この時ラルフは思った、なんかきな臭いなと。彼らに関わるなとラルフの本能が告げている。

 こんな何もない野良犬ぐらいしかいない通らない裏道に蹲る彼ら。何処から逃げてきたのか、それとも誰かに追われているのか。怪しさ満載である。

 彼らを連れて帰ったとしても、しがない宿屋の亭主の稼ぎだけでは彼らに食べさせるだけのお金がない。

 けれど頭の片隅でこの寒空の下彼らをこのままにしておけるわけもなく、なんとなくこの場から去りづらかった。


「オジさん…」

「おっお前、生きてたのか?」

 ラルフは突然声をかけられ飛び上がった。少年は 本調子ではないのか、その目には疲労が見え、話すのも辛そうな状態だった。

 そんな時、彼を抱く少女が何語とも取れない言葉で少年の顔に触れ泣いていた。

「∂∈⁂⌘⁑§◇!」

「大丈夫、大丈夫だから…」

「*×Å∞▲⌘⁑§◇!!」

「わかったから…怒らないで」

 彼の言葉を聞いた後、また少女はグスグスと泣き始めた。少年はゆっくりと少女の頭に触れ撫でる。それを皮切りにさらに少女は何語かわからない言語をまくしたてながら泣き続けた。

 

 彼らの言語はお互い違っていたが、何故か通じ合っているようにラルフは感じた。


「彼女は…どこの国から来たんだ?」

「……さぁ」

「さぁって、お前」

「俺にも、わからないんだよ。でも……彼女が言いたいことは、すごくよくわかる。表情や行動に感情が出やすいんだ」

「まぁ、確かにな」

(言葉もわからない、俺でさえなんとなく少女の機微がわかる)

「それで、さ……オジさん、取引をしよう」

「なんだって?」

「金は払うから、俺たちを拾ってくれないか」

 少年は不敵な笑みを浮かべながら、ラルフを見上げた。




 ――――――――――――――――――――――

 ラルフは少年を抱え少女を伴い、妻のアンナがいる宿屋の裏にある自宅に戻ると、ことの顛末を妻に説明した。

「…それじゃなにかい。アンタはあたしに隠れてクナイペに行く道中、金を払うからって言われて彼らを拾って来たって?犬猫じゃあるまいし。どうすんだい」

「けどよぅ、こいつ息が荒いし熱もある。医者にみてもらった方がいいだろう?しかもこんな寒空の下子供二人をほっておけるわけないだろう?」

 アンナは夫にそう言われ片眉を上げ、亭主の腕に抱えられる少年をじろっと見た後、亭主の後ろに隠れる少女に顔を近づける。

 それに驚いた少女がビクッと身体を震わせ、ラルフの下衣を掴む手に力が入る。

「いっっっだぁ!お嬢ちゃん、痛いよ!それオジちゃんの肉!そんなに強く掴まないで!地味に痛いから!」

 ビクッ!

 少女はラルフの声に驚き、グスグスと泣き始めた。

「あぁ――、泣かんだくれよぅ。オジちゃん、強く言いすぎたな。ごめんなぁ。」

 オロオロするラルフに埒が開かないと判断したのか、腕に抱えられた少年が口を開く。

「……オバさん、オジさんにも言ったけど、金は必ず払う。来年の春まで、俺たちを匿ってくれ。……一生のお願いだ」

 顔が赤く息遣いが荒い状態のくせに大人に交渉してこようとする少年、グズグズ泣く少女、みっともなく狼狽えるボンクラ亭主。アンナは三人三様の様にため息をつきながら、亭主に指示を出す。

「ラルフ、その子をアンタのベットに寝かせたら、ひとっ走りして、オットマー先生を内密に呼んで来て」

「おっおう!内密にな!ちょっくら走ってくる!」

 ラルフは少年を自分のベットに横にした後、少女をアンナに預け、戸口から出て行った。

「……」

 少年は探るような目つきでアンナを見た。

「そんなに見られたらあたしの顔がなくなっちゃうだろう。アンタらの格好を見る限り、内密にことを運びたいんだろう?けどあたしだったら、見知らぬ相手より教会や孤児院の前で行き倒れだ方がマシだけどね」

「……恩に着る」

「⌘⁑§◇!⌘⁑§◇!」

 少女は少年を探すように手を前に出し左右を探る。少年はだるそうにしながらも少女に応えようとベットから手を伸ばし少女の手を握る。

「ここにいるよ」

 少女は安心したように、その手を握り返し、ベットの側で床に膝をつき泣いた。


「この子、言葉がわからないのかい?それに目が」

「…俺と会った時から、彼女は全く目が見えないし言葉も通じなかった」

「この子はアンタのなんだい?」

「………なんだろう、考えたことないな」

「もしかして、アンタじゃなく、この子の方が訳ありかい?」

「……いや」

「それじゃあ、アンタの方かい?」

「……」

 苦笑したまま少年は体力の限界だったのか、コトリと眠りに落ちた。少女からもいつの間にか寝息が聞こえ始め、アンナはゆっくり少女を抱き抱え、少年の横に下し布団を掛けた。


  

 聡いアンナには人には言えない事情があるのだと悟った。

「大変な子達が来たもんだね」

 アンナは腰に両手をつきながら、二人が起きた時に食事にありつけるよう、スープを作り始めた。

 

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