YOUは何故東国へ? ~西の王女様、東の異国にて旦那様候補を見つけるついでに世界を救う~

荒川馳夫

プロローグ

急転直下、天国から地獄に真っ逆さま

 空が黒に染まり、海が酷く荒れている日の出来事だ。

 一人の乙女が不思議そうな顔をしつつ、宮殿の廊下を歩いている。


(お父様ったら。最近は戦争で忙しいって言ってたのに。何の用かな?)


 乙女は約束の場所に到着する。

 父はとっくに姿を見せていた。

 頭頂部に馬の尾飾りを付けた兜と膝までを覆う青銅製の鎧を装着した姿で。


「娘よ。いきなり呼び出してすまない。大切な話しがある」


 何を告げられるのだろう? と乙女が思っていると、父は告げた。


「『お前と結婚したい』と言ってきた男がいる」

「え?」

「実は色々と事情があって早急に式をあげねばならない」

「ええっ!?」

「悪いが今すぐ結婚式場まで来てくれないか。相手を待たせているのでな。無論、お前好みのイケメンだから絶対に気に入ると思うぞ」

「えええーーー!!」


 噓でしょ? 今すぐに結婚? これって夢? 


 乙女は思わず頬をつねった。

 ひりひりと痛んだことで今告げられた言葉が嘘でないことを悟る。


 この世に生を受けて十五年。

 まるで男に縁がなかった乙女は「この世の春がきた!」と思った。


 父の言う「イケメン」ってどんな方だろう?


 高身長でたくましく、女性を丁寧に扱ってくれる「ザ・いい男」?

 それとも、一見弱弱しいけどここぞという時には私を守ってくれる「ギャップ萌えできる男」かな?

 はたまた、野獣のように狂暴で、激しく自分を愛してくれる「俺様系」とか?


 ああ、早く会いたい! 会わせて!!


「おい、早く準備しなさい。顔がとろけてるぞ」


 そんな父の言葉が耳に入ると、乙女は首を犬みたいに振ってから急いでお化粧を始めた。


「口紅を付けて、白粉おしろいを塗って、次にアイシャドウ、あとはたっぷりの香水で、バッチリ!」


 乙女はご機嫌な様子で化粧を終えた。


「さあ、いくわよ!」


 そして、最後に気合の一声を挙げて結婚式場へと向かう。

 父が置いていった馬に乗って。

 高貴な王家に生まれた乙女にとって、乗馬は難しいものではなかった。


「お馬さん。急いでちょうだい!」


 馬に鞭を打ちながら乙女は駆けた。

 そして遂に……。


「やあ、随分と待たせてくれたね。でも、待った甲斐がありました。初めまして、麗しの乙女」


 現場に到着して馬から降りた瞬間、乙女の体にビビビッと電流が走る。


 身長は一八〇cm近く。

 贅肉一つない逞しい肉体。

 彫りの深い顔にチラリと見せる白い歯。

 首にまでかかる長さのウェーブの金髪は、さながら黄金のよう。

 そして、極めつけは太陽すら霞ませる甘い笑顔。


 十五歳の好青年が、乙女の前に立っていた。


「自己紹介がまだでしたね。俺はアキレ」


「さ、娘よ。悪いが後は私の指示に従ってくれ」


 え? なんでこのタイミングでお父様が割って入るのよ。

 まだ自己紹介も済ませていないのに!


 父の割り込みに、乙女は狼狽うろたえる。


「へ、陛下!? 何をなさるので?」


 自己紹介を邪魔された男の方も訳が分からず、彼女の父に説明を求めるが、彼の言葉は一顧だにされない。


「早く祭壇に乗せろ!」


 父は急に声を荒らげて男たち――鎧兜に身を包んだ集団に指示をしているのを目撃した乙女は、もう何が何やら分からなくなっていた。


「痛い!」


 石造りの祭壇に雑に投げられたせいで、乙女の尻がヒリヒリと痛む。

 これから何が――。


「娘よ、すまない。さっきの話は嘘だ」

「は?」

「本当は、お前を供物をして捧げるために『結婚』という口実を設けた」

「はあ?」

「という訳でだ。我々が戦争に勝利するためにとなってくれ」

「はあーーーーーー!?」


 急転直下とはこのこと。

 幸せから一転、絶望のどん底まで突き落とされてしまった乙女は、しばし呆然とする。


「お父様、私は死にたくありません!」

 

 乙女の悲痛な叫びは父には届かない。

 先ほどの男が父に縋りつき、必死に助命を嘆願するも効果はない。


「ひっ!」


 ふと目線を空に向けた時、乙女の目に鈍く光る刃物が映る。

 家畜をほふる際に使う包丁だ。


 まさか、本当にそれで私を切るの? なんで? どうして?


 「いや、やめて! 殺さないで!!」


 抵抗しようにも乙女の両手は屈強な男二人に掴まれていては成す術もない。

 振り下ろされる刃が乙女の喉を裂こうと近づいてくる。


 乙女は全てを諦めた。


 もうおしまいなんだ。

 なんだかよく分からないけど、私はここで死ぬんだ。

 でも、せめて現世で一度は「甘い恋」をしてみたかったなあ……。それを経験してからなら死んでも後悔はないのに。

 異性と愛し合うこともなく命を散らさなきゃいけないだなんて。なんて理不尽な運命を神々は用意したの?

 こんなのってあんまりじゃない……。


 乙女の眼が涙に濡れた、その時。


「うお、まぶし!」


 男たちの野太い声がしたかと思うと、


(あれ? 浮いてる?)


 乙女の体は宙に浮いていた! そして……。


 ガサガサガサ!!


「痛い!」


 次の瞬間、どこかに墜落していた。思考が混乱したままで乙女は内心で呟いた。


(え? 何が起こったの? 誰か説明してよ!)

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