第35話 群れ

 リュサイアを発ち、ついに亡国ロザリアへとやってきた。荒れ果てた国境を越えていると、所々にリュサイアの異骸が倒れている。セレナさんを浄化したことで眠りについたのだろう。

 しかしフィオナ姫が生み出したロザリアの異骸は、いまだに国を守り続けているはずだ。王都の防壁まで近づいてみると、やはり異骸となった民達がその内側から現れる。右手の紋章を掲げて見せたけれども、従ってはくれそうになかった。リリスがそっと手を添えて、私の腕を下ろさせる。

「この辺りはだめ。フィオナ姫の魔力が強すぎる」

「そっか。まあ私、偽物だしね」

 そう冷笑すると、リリスは首を横に振る。

「ううん。違うよ。フィオちゃんは偽物なんかじゃない。私にとっては、このフィオちゃんも本物だから」

「リリス……」

「アランくんもだもんねー?」

「ま、まあ……そうだな。フィオナ姫には会ったこともないし……」

 こういう時に目を合わせられなくなるアランは、やっぱりかわいい。

「ありがと。なんか元気でた」

「フフフッ、それは何より」

「おい、来るぞ」

「うん。フィオちゃん、準備はいい?」

「任せて」

 結界を張り、押し寄せる異骸達を抑え込むと、リリスが火炎で燃やし尽くす。アランに守ってもらいながら、再生に時間をかけている彼らに近づき、祈りを捧げる。

「フィオちゃん! 次来るよ!」

「うん!」

 人体が焼け焦げる嫌な臭いに耐えながら、何度も何度も繰り返し、浄化の力を使っていく。

「ハアッ……ハアッ……」

 数が多い。浄化をする度に瘴気と共に流れ込んでくる彼らの思念が、精神を蝕んでいく。

「どうかかの者を蝕む穢れを祓い、迷える魂を──グッ!」

 その痛みに耐えかね、思わず膝をついてしまった。その隙をつくようにして、異骸の群れが門から出てくる。

「フィオナ! いったん退くぞ!」

「だめ……早くみんなを、助けないと……」

「け、けど……」

「大丈夫……あの子の力も、少し借りてみるから」

 ゆっくりと立ち上がり、詠唱する。

しゅよ、心を乱したかの者に、どうか勇気と安らぎをお与えください」

 唱え終えると、胸の強張りは解け、涼しい気分になる。

「やるよ、イゾルデ」

 そう自分に呼びかけながら、手を前にかざして、薔薇の結界をつくる。すると突撃してきた異骸の兵達はそこへ突っ込み、腱が切れ、身動きがとれなくなった。ロザリアのみんなにこの技を使うのには抵抗があったから、先ほどまでは普通の防御結界で身動きを封じていたけれど、心を凍りつかせれば何てことはない。

「さあ、続けましょう」

 アランは歯を食いしばりながら、剣を強く握りしめた。

「アラン……?」

 そう尋ねると、突然アランは巨大な剣圧を放ち、城壁ごと異骸の兵達を吹き飛ばす。その衝撃で、薔薇の結界も粉々に砕けてしまった。壁が崩落し、瓦礫が落下していく中で、アランは私に声を張る。

「敵は俺が斬り伏せてやる! だからもう、それは使うな!」

 ……私は馬鹿だ。セレナさんがああなったのも、身を顧みずに力を使いすぎたせいだった。私が無理をすれば、また同じ苦しみをアランに背負わせてしまう。

「……ごめん。もう使わない」

「ああ、俺も使わせないよう、この剣を振るうよ」

「アラン……」

 申し訳なさと同時に、アランにとってもそれほどまでに大切な人になれていることにようやく気づき、少しだけ気分が楽になった。鎮静の魔法なんかより、彼のその想いの方が、よっぽど心に効く。

 そう浸っていると、リリスも続けて火炎を放つ。心なしかこれまた火力が高い。

「むー、アランくんずるーい。私もフィオちゃんとイチャイチャしたいのに」

「べ、別にそんなことは──」

「ほら、また再生しちゃうよ。浄化浄化」

 そう言いながらジトついた目を私に向けてくる。

「う、うん」

 浄化を再開して、異骸の数を減らしていく。二人のサポートもあり、何とか防壁を守る異骸達は弔ってやることができた。

 けれどもやはり精神への負担は激しく、先ほどの鎮静の魔法があってもなお、胸の痛みが強くなってきてしまう。流石に少し体を休めよう。そう思って崩れ落ちるように冷たい地べたに座り込むと、私を中心に大きな黒い影が落ちた。

「えっ?」

 見上げると六枚の破れた黒翼を広げる天使が牙を剥いていた。

「ラヴィエル!? なんでこんなとこに!」

「フィオナ! 結界を張れ!」

 そう言われて手をかざしたが、それはいとも簡単に破られてしまった。もう力が残っていない。

「フィオちゃん!」

 ラヴィエルはつんざくような叫び声を上げながら、私の頭に喰らいついてくる。だめだ。足が動かない。やはりアランの言う通り、無理をすべきではなかった。

 その牙にかかることを覚悟すると、突然としてラヴィエルの体が頭から両断された。

「えっ……」

 この流麗な剣筋、アランのものではない。ラヴィエルの半身が左右に落下すると、私の目の前には傷だらけの甲冑に身を包んだ騎士が立っていた。

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