第17話 実験
図書館の入り口の方から鎖を引きずる音が聞こえてくる。
「フィオナ、連れてきたぞ」
私は聖魔法に関する文献を読みながら
「ああ、ありがとう。そこ置いといて」
「分かった。目隠しは取るか?」
「うん。お願い」
ちょうどきりのいいところまで読み終えたので、本を閉じて机の上に置く。床に視線を落とすと、一人の神官が息を荒げて座り込んでいた。
「あれ、一人?」
「ああ、他は首を吊っていた」
「そっか。ちゃんと縛っておけば良かったかな……まあいっか」
私は椅子から立ち上がり、その神官の前へと歩み寄った。様子を確認するために、腰を屈めて顔を覗き込む。
「こんにちは。神官さん」
「ヒッ! ヒイッ!」
「あらら……そんなに怖がられたらちょっと落ち込むなぁ」
仕方ないか。彼は私がメイシア第二監獄の支部長にあたる上級神官とお話をしていたのを目の前で見ていた。情報を引き出すためとはいえ、再生魔法をかけ続けながら首を吊るしたのはさすがにやり過ぎだっただろうか。現に他の神官さんはあの様子を見て、次は我が身と思い自殺してしまったようだし……いやしかし、今更やり過ぎも何もないか。
「た、助けて……助けてくれ……」
今にも失禁しそうなほどの形相である。落ち着かせなければまともに話もできない。私は手に魔力を込めて詠唱を行う。
「
鎮静の魔法を施すと、その神官の呼吸が徐々に緩やかになってくる。
「大丈夫? 落ち着いたかな?」
「は、はい……」
それはよかった。この前人に使ってみた時は出力を誤ったのか鎮静作用が過剰に働いてしまい、結果的に相手を廃人にしてしまった。やはり召喚の儀で強化された魔力に、まだ感覚が馴染んでいないのである。
「あ、あの……」
「ん?」
「私は神に誓って全てをお話しました。もう用済みのはずです。ですからどうか、お慈悲を……」
「ああ、分かってるわ。確かに用済みだとは思ってる。情報源としてはね」
何かを察したのか、また少し落ち着きがなくなってくる。
「大丈夫よ。別に人を痛ぶる趣味はないの。もちろんあなた達には地獄を味わって欲しいけど、それよりもみんなの救出の方が大事だから」
「では私は何のために生かされて……」
「今からちょっとした実験に付き合ってもらいたいの。大人しくしてくれれば痛みは最小限に留めておいてあげるし、終わったら速やかに逝かせてあげようと思っているのだけど、どうかな? もうなるべく私とお話はしたくないでしょう?」
「それは……本当ですか……」
「ええ、私は王よ。約束は守る」
「ではそれで……お願いいたします」
「ありがとう。助かるわ。じゃあまずは髪の毛を一本だけ貰おうかしら」
「そ、それだけで良いのですか!?」
「んー、うまくいけばね」
彼の長髪から長い髪を抜き取る。そしてそこに向かって再生魔法をかけてみた。毛根から木の根のように神経が伸び、次いで皮膚が形成されていく。
「やっぱりこれだけだと難しいか。イメージが難しいし、魔力も全然足りないや」
その物体を爛熟の魔法で灰にすると、もう一度神官さんに声をかける。
「次は腕を一本もらおうかしら」
「う、腕ですか!?」
「大丈夫よ。切断したらなるべく早く治してあげるから。まだ死なれたら困るし」
「し、しかし……」
薄い結界を固めてつくった刃を前方に展開させ、再生の魔法の光を右手に帯びさせたままそれを掴み取る。
刀身を振り上げると、彼は逃げるようにして後ろに倒れて尻餅をついた。
勘違いさせてしまったようだが彼を狙ったわけではない。私は自分の左膝から下をスパッと切断した。綺麗な弧を描くようにして私の手が飛んでいく。
「えっ……?」
神官さんが目を丸めている間に、剣を握りながら即座に左腕を再生させる。切り離された古い腕が床に着地する頃には完全に回復していた。
「ね? 一瞬だったでしょ?」
元通りになった手の平を見せて笑いかけると、彼は唖然として言葉を失ってしまった。実際にデモンストレーションをして安心させようと思ったのだが逆効果だっただろうか。
そんなことを考えていると私の様子を見ていたアランが口を開いた。
「フィオナ」
「ん?」
「言ったろ。自分を傷つけるのはやめろって」
「あっ……ごめん。そうだったね」
「いや、謝る必要はない。俺はただ、あんたのことをあんた自身から守っているだけだ。あんたを守るというのが、騎士としての誓いだからな」
「そっか……」
さて仕切り直しだ。かえって混乱させてしまった神官さんに話を聞いてもらうために、鎮静の精神魔法をかけて再び無理矢理落ち着かせる。
「それでどうかな? 神官さん。もしくは指にしておく? ちょっと指だと上手くいく自信がなくて、結局腕ももらうことになりそうだから、腕だけで確実に済ませてあげるのが良いと思ったのだけど」
「わ、分かりました……治していただけるということでしたら……差し上げます……」
「よかった。ありがとう。はいこれ」
ポケットからハンカチを取り出して口元に突きつける。
「何を……」
「噛み締めていた方が痛みを誤魔化せると思って。言ったじゃない。協力してくれるのなら苦痛はなるべく減らしてあげるって」
「ど、どうも……」
それを受け取ってから言われた通りに咥えた。
「どういたしまして」
私は覚悟を決めさせる猶予は与えずに、そのまま一思いにスッパリと切り落とした。
「ンンンンッ!!」
腕が落ちたのを確認すると、すぐさま再生の魔法を肩に施し、一瞬で回復させた。
「ほら、そんなに痛くなかったでしょ?」
そう問いかけると、彼はその場で嘔吐してしまった。
「あらら……まあ仕方ないか」
私は膝をたたんでしゃがみ、切断された腕に向けて手をかざす。
「
そう唱えると切断面からたちまち胴体が復元され、次いでそこから頭と足が同時に生えてきた。
「な、なんだこれは!? 私!?」
神官さんは自分と瓜二つの身体を見て驚愕する。
「身体の複製は成功ね。あとは……」
その再現された身体はむくりと起き上がり、複製元の方を見た。
「な、なんだこれは!? 私!?」
「へぇー、なるほど。ちゃんと意識も複製されているのね」
複製体の方を見つめて観察をしてみる。
「ふ、複製!? そんな!」
「別に驚くことでもないわ。人は神の手で創られたのだもの。神託によって神の奇跡を託された私にそれができるようになるのは必然よ」
「そ、そんなの、許されるはずが──」
複製体の方の頭に爛熟の魔法をかけて、身体を消し去った。
「さて、一号さん。三号さんと四号さんを創ってみたいから、もう二本もらうね。次は切断から再生までちょっと時間をもらうけど、また精神操作で落ち着かせてあげるから、少しだけ我慢してね」
「せ、聖女様はいったい何を──」
両腕を再びスッパリと切り落とす。
「ギャアアアアッ!」
「あ、ごめん……ハンカチ噛ませてあげるの忘れてた……」
「グッ……ウウッ……」
「ねぇ、神官さん。私の誕生日ね、水ノ月の四日なんだ。治してもらいたかったら、ちゃんと覚えておいてね?」
息を荒げながらうんうんと頷いてくれた。
今度は落ちた方の右腕に近づいて再生魔法をかけると、神官さん三号ができあがる。
「わ、私は……何を……」
混乱しているのか、周りをキョロキョロと見回している。
「なるほど。やっぱりオリジナルが欠損状態でも完全な状態で再生はできるのね。オリジナルの現状を参照して復元するのではなく、あるべき姿を参照するということかしら。だとするとあるべき姿の定義をもう少し具体化しないとだめね。一応回復魔法にあたるから、ひとまずは『健常な状態』ということで進めてもよさそうかな……」
オリジナルの方が床にのたうちまわりながら
「ウウッ……聖女様……は、早く回復を! 奇跡を……お願いします……!」
「ああ、ごめん。今考えてるからちょっと待ってね」
今は思考をまとめる方が優先。自身の能力への理解を深めることが、みんなの解放に繋がる。
神官さん三号はようやく転がっている人間が自分であることに気づいた。
「な、なぜ私が……」
「ああ、あれは今気にしないでいいよ」
「ウッ……ウウッ……」
「ねぇ、神官さん。私の誕生日って知ってる?」
「い、いえ、存じ上げません」
「なるほど。複製元の部位が切り離された後の記憶は残っていないのね。だとすると厳密にはオリジナルと複製体との間に差がないわけではなさそう……。参照元はあくまで切断された時点をベースにしたあるべき姿ということになるのかな」
後ろでうずくまっている一号さんの方から、私の足元まで血だまりが広がってきた。
「じゃあ次はあなたのことを教えて。出身地とか、家族構成とかでいいよ」
「……出身はメイシアで、家族は……」
「家族は?」
「え、えーっと……」
「思い出せない?」
「はい……確か妻と娘がいたような……」
「んー、そっか。それ以前の記憶はある程度再生されているけど、やや曖昧といったところね」
「聖女様……回復を……」
「ああ、そうね。もう大丈夫よ」
私は振り返って手をかざす。
「あ、ありが──」
爛熟の回復魔法をかけると、上半身が破裂し、崩れ去っていった。
「オリジナルが死んでも複製先には特に影響なし。まあ当然と言えば当然か」
次に残った下半身に再生魔法をかける。すると上半身は綺麗に再生されたが、息はなかった。
「さすがに一度死んだ人は無理ね。魂だけは再生できないか」
当然複製体である三号さんにも魂はないはず。けれどもこうして会話ができるということは、魂を抜きにして意識だけが再現されているということになる。なるほど、面白い。
「それじゃあ次は……」
三号さんの方を向いてハンカチを渡す。今度は忘れないようにしないと。
「はいこれ」
「は、はい……」
奥歯をガタガタさせながらそれを咥えた。やはりさっきの切断前の記憶は部分的にあるらしい。
彼の想像通りに、右腕を切断した。
「ンンンンッ!!」
その腕から四号さんを創り上げたものの、目を覚ますことはなかった。n+1号はn号をベースに再生される訳ではなく、あくまでオリジナルである一号の状態を参照するらしい。
つまりまとめると、オリジナルが死ねばそれ以降に再生した複製体に意識は宿らないが、それ以前に再生された複製体であれば意識を持つ存在として活動を続けられるということになる。
私が羽ペンを羊皮紙に走らせ記録をまとめていると、アランが眉をひそめて見せた。
「フィオナ、これはいったい何の実験なんだ?」
「私の再生の力が、何をどの程度再生する力なのかを確かめるためのテストよ。自分の力への理解を深めなきゃと思って」
ペンを置き、片腕を失った三号さんの元へと歩み寄った。
「まさか再生を応用すれば実質的な複製もできるとはね。まあ複製といってもそこそこの劣化は伴うみたいだけど」
膝をたたんで彼を見下ろしてから、感謝を伝える。
「ありがとう。とても参考になったわ」
「わ、私はいったい──」
手をかざして爛熟の魔法を施すと、その複製体は破裂し、肉塊となって弾け飛んだ。
「それじゃあアラン、一眠りしたら出発しましょう」
頬に散った返り血を拭いながら立ち上がった。
「ああ、分かった。次はどこへ向かうんだ?」
「友達の家。ちょっと用があってね」
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