第15話 純心
私が召喚された街は聖都ルクセリアという名前だったらしい。私はそのすぐ北に面した街、メイシアへと不死の軍勢を率いて進行した。
鉛色の空の下、川を隔てたところに建てられた砦へと軍を進めていく。ここを破れば、街の制圧は容易い。
「聖女だ! 総員、持ち場につけ!」
ジベラールの軍は異骸の弱点である炎の魔法で応戦してきた。私の時代からアンデッドは炎に弱いとされていたが、異骸に対しても有効なようだ。長い間異骸と戦い、資源として捕縛してきた彼らはそれを熟知しており、橋の先にそびえ立つ門の上から、雨のような火球を放ってくる。
「
こちらを覆うようにして結界を張ることでそれらを防ぐ。
「今よ。行きなさい」
紋章が宿る右手を前に突き出すと、異骸達は剣を手にして砦に続く橋へと突撃していく。
やはり統率のとれた異骸の群れは脅威だ。向こうからすれば消耗戦に持ち込まれれば勝ち目はない。しいて弱みを挙げるなら、やや動きが緩慢なところだが、この点は異骸との共鳴が強化されていくにつれて改善しているし、私の防御魔法で守ってあげればいくらでもカバーできる。
現にこちらの百人程度の軍隊に対して、向こうはその三倍ほどの戦力で待ち構えていたが、苦戦の兆しは感じられない。相手の前衛部隊を、その不死身の肉体に任せて強引に突破してしまう。
「まずい! 橋を落とせ!」
予め仕掛けられていたであろう爆破魔法が起動し、砦へ伸びていた橋が破壊されてしまった。異骸達の侵攻が阻まれる。
「聖女の魔力がきれるまで魔弾を打ち込み続けろ! 地の利はこちらにある! ここが正念場だ!」
門の上からこちらの様子を伺う指揮官らしき神官が味方を鼓舞していた。
黒いローブを身に纏った魔導士達が再び火球を飛ばしてくる。なるほど、高所から川越しにこちらを一方的に攻撃し、足止めをする算段か。
私は結界で自軍を守りながら先頭に出た。
「アラン、露払いよろしく」
「ああ、任せろ」
弓や投石など、ピンポイントに私を狙う物理撃にはアランに対応してもらいながら、魔弾を弾いて進んでいく。
川辺にたどり着いた私は、崩落した橋の残骸に手をかざし、祈りの言葉を唱えた。
「
崩れた橋の木材がかつての姿を取り戻していく。川底に根を張り、幹を広げ、枝葉を伸ばしていく。奥の方から木材の復元具合を強めに調整し、門の上へと伸びる小さな森林を作り上げた。橋そのものを再生することもできたが、門を破るのも面倒だし、みんなに上へ直接乗り込んでもらった方が早いだろう。
別解としては巨大な結界で登り坂を作ってしまう方法もあったが、森林のバリケードをつくれば魔導士団の視界と射線を同時に制限することができる。それに魔弾から自軍を守りながら坂道を作るとなると魔力の消耗も激しくなってしまう。
「何が起きている!?」
「こ、古代魔術だ! エルフ族の秘術だ!」
「なぜそんな術を!?」
いや違う。聖魔法の応用でしかない。やはり野良の異骸ばかりを相手にしていたせいか、戦争という人の知恵を尽くした殺い合いを知らないらしい。大戦の時代を生きた私達からすれば、チェスで初心者を負かすようなものだった。
「怯むな! あんなもの燃やしてしまえ! 火炎を撃ち続けろ!」
この森林はさっきまで川に浸されていた木材から再生したもの。湿った木というのは、そう簡単に燃えはしない。橋の木材に使われるような高い密度の幹であればなおさらだ。
奴らがもたもたしているうちに、異骸の戦士達は木をつたって門の上へと登りきってしまう。
接近を許した魔導士団の陣形は崩れていった。生き残った魔導士達は負傷しながらも後退し、騎士団と入れ替わろうとする。そろそろ頃合いだろう。
「
彼らの背後の辺りに薔薇の結界を展開した。いち早く撤退した臆病者から、その透明な花弁に自ら突っ込み、串刺しにされていく。
「何だ!? 何が起きている!」
砦の中まではこちらからはよく見えないし、大した範囲に展開した訳ではないので何人かは撃ち漏らしてしまったはずだ。けれどもこの結界の目的は奴らを殺すことではない。目の前にそれがあるかもと思わせられれば十分だ。
「に、逃げろ! 撤退だ!」
「撤退って、いったいどこに!?」
「おい! 押すな! こっちは結界が──」
砦の中は完全に混乱状態になっていた。指揮系統が全く機能していない。こうなれば奴らに勝ち目はないだろう。あとは消化試合だ。
「チェックメイトね」
だいぶ魔力が余ったので、結界でベンチとグラスを作った。初級の水魔法で水を注いでから腰をかける。
「あ、アランもいる? 喉渇いたでしょ」
「お、おい、一応ここは敵地のど真ん中だぞ……」
「大丈夫よ。もうほとんど私の陣地だもの」
「……まあそれもそうか。俺もいただくとしよう」
「よしよし。素直でよろしい」
もう一つグラスを作ってから、隣をポンポンと撫でた。
「はい、ここ座っていいよ」
「ああ……」
水を注いでグラスを渡してやると、底で揺れる水をまじまじと見つめた。
「別に毒なんて入れてないわよ」
「……やっぱり綺麗だな、フィオナの結界」
「えっ?」
「こんなに透き通ったのは見たことない」
「まあね。それだけ私が純粋ってことらしいわよ」
「ハハッ、純粋だって? あんな容赦ない制圧をしかける姫様が良く言うな」
そう言いながら苦笑いをして、砦の方へと目をやった。
「純粋も、極まれば歪さを帯びるものよ」
「……なるほど。まあ確かにあんたの報復心は、恐ろしいほど純粋だよ」
「それはどうも」
私が調子よくグラスを回していると、アランがやっと隣に腰をかけてくれた。
「はい、乾杯。騎士道ご苦労。おつかれさま」
「ああ……」
二人のグラスを鳴らす。私達は、砦の上で噴き上がる血飛沫を眺め、彼らの悲鳴を聞きながら、渇いた喉を潤した。
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