第7話 神託の騎士

「この騒ぎは奴のせいでしょうか」

「ああ、あれを……あれを何とかせねば……」

 残った左手で落とした杖を拾い上げる。

「承知しました。では、私が殺しましょう」

「いやしかし……生け取りにせねば、浄化の力が……」

「聖女など、また召喚すれば良いのです。ここはより確実にいきましょう。大聖堂が落とされれば終わりです」

「グッ……やむを得えんか……」

 もう一度杖を構え、私に向けてくる。

 鎧の男はラメリアに手を差し伸べた。

「メリー、立てるか?」

「……うん」

「お前はオイゲン様を異骸から防御魔法でお守りするんだ。できるな?」

「で、でも……」

「大丈夫だ。君は私が守る。誓ったろ?」

「そうね……うん、やってみる。ハルトも、気をつけてね」

「ああ」

 なるほど、この二人はそういう仲か。

「聖女様、お覚悟を……」

 破壊された結界を再びドーム状に貼り直していく。この間に数匹の異骸が侵入してしまったが、ラメリアが接近を食い止めていた。

「リーンハルトが来たからにはこれ以上勝手な真似はさせません。この者は剣技の神託者。あなたに勝ち目などないのです」

 神託を受けた者は、その内容に応じた力を授かる。剣技における神託となれば、近接戦において右に出る者はいないだろう。私も神託者ではあるが、確かに聖魔法の神託は決して戦闘向きではない。

 本来人を守り、癒すことが目的である聖魔法で戦うとなれば、先ほどの爛熟の魔法のような一工夫が必要である。

「手負いの女を切り伏せるというのは気が引けるが、やむを得ん。恨むなよ、聖女殿」

 腰から長い剣を取り出す。その刀身は月光のように白く輝いていた。

「誰が手負いですって?」

 今度は再生の方式で自分の腕に回復魔法を施す。すると骨、肉、皮の順に瞬時に自分の手が復元された。

「なんだその回復力は……ほとんど異骸のそれではないか」

 私は結界の外でひしめく異骸を横目に

「そうね。そうかもしれないわ。何と言っても私は彼らの王なのだから」

「やはり貴様は危険だ。ここで確実に排除する」

 剣を構え、私の方へと斬りかかる。

 私は再生させたばかりの手をかざし、祈りを捧げた。

しゅよ、か弱き我らに、邪悪を拒む加護をお与えください」

 手をかざし正面に結界を展開させることで、その剣撃を防いだ。

「防御魔法か……」

 結界の破壊を試みている間に迫ってきた異骸達を切り払い、一度後ろに飛び退いた。そして剣を天に捧げるように持ち上げ、刀身を手の平でなぞりながら詠唱する。

しゅよ、どうか我がつるぎに、闇を切り裂くまったき祝福をお与えください」

 その刃は手の触れた部分から光を纏いはじめる。刀身を清光で覆い尽くすと、再び空高く跳躍し、その剣を振り下ろしてきた。

「グッ──!」

 さすがに神託の力を纏った剣撃は重く、私の結界はひび割れていく。徐々に剣先がめり込み、綻びが広がっていった。

「終わりだ」

 リーンハルトが力を込めると、結界が粉々に砕け散ってしまった。そのまま頭に向けて振り下ろされる一撃を見て、負傷を覚悟する。

 しかし即死さえしなければ再生の魔法で回復させることができる。体を可能な限り横に振り、急所をずらしながら、先に左手で魔法陣を展開しはじめた。

「だろうな」

 そう呟くと、剣筋を変え、私の首ではなく左腕を切り落とした。

「──!?」

「一番の脅威はその聖魔法だ。頭を落としたとて、魔法の遅延展開で再生されないとも限らない」

 こいつ、戦い慣れている。さすがにただの姫である私と比べたら戦闘経験に差がありすぎる。

「次は右腕をもらう」

 もう一度剣を振り下ろしてきた。

 まずい。両手が切り落とされてしまえば魔法が使えなくなってしまう。そうなれば敗北は必至だ。

 しかし神託の騎士を相手にこの間合いで身を守りきるのは不可能だ。

 どうする……両腕が切り落とされた後、降参し、形だけでも協力の意思を示すか? 傀儡にされたとしても、生きてさえいればみんなを浄化する機会もあるかもしれない。いやしかし、こいつは用心深い。オイゲンの生け取りプランを拒み、殺すことを進言したことを考慮すると、私が生存できる可能性は極めて低い。

 手詰まりかと思われたその時だった。リーンハルトの純白のつるぎを受け止める漆黒の刃が目に映る。

「聖女、加勢するぞ」

「アラン!?」

 グスタフを倒した時のように、黒い右腕に力を溜めたと思うと、リーンハルトの剣を弾き返してしまった。

「異骸の騎士が……邪魔だてするか……」

「悪いな。俺はこの女に用がある」

 後退するリーンハルトに向けて黒い斬撃を飛ばす。するとそれを阻むようにして結界が展開された。

「メリー! お前はオイゲン様の保護を優先しろ!」

「で、でも!」

「私は大丈夫だ。ここは任せてくれ」

 再びつるぎに祈りを込めると、アランのそれとは対照的な白く輝く斬撃を飛ばしてくる。

 アランがそれを剣で受け止めると、その間に目にも止まらぬ速さで間合いを詰めてきた。

「なっ!?」

 喉元まで刀身が伸びてきたところで、私も六角の結界を展開し、剣先をピンポイントで受け止める。勢いを殺してからそれを解き、アランに反撃してもらった。

 しかしリーンハルトの姿は一瞬にして消え、次の瞬間にはアランの背後をとる。再び首を狙うその剣を、アランは体の軸をずらしてギリギリのところで回避したが、左肩を切られてしまった。

 バランスを崩したところに、続く二撃目が振り下ろされたが、その剣撃はしっかり受け止めていく。

「ほう、これに反応するか」

「チッ!」

 リーンハルトはもう一度距離をとって体勢を立て直し、剣を構え直した。

「アラン、あなたは味方ってことでいいのかしら」

「言ったろ。今はお前に死なれると困る」

、ね……」

「それよりも聖女、なんだあの動きは」

「おそらく神速の祝福よ。戦闘型の高位神託者が持つ力」

 リーンハルトはその力を高めるべく、先ほどは省略していた祈りの言葉を唱える。

しゅよ、どうか我が身に、しきを引き裂く閃光の加護をお与えください」

「おい、まさかまだ速力が上がるってのか!?」

「任せて。あれは私が止める。アランはその後の反撃に集中を」

「あ、ああっ!」

 私も合わせて詠唱を行う。

しゅよ、か弱き我らに、邪悪を拒む加護をお与えください」

「次で仕留める……」

 リーンハルトが地面を蹴り、まさに光速で私達を撹乱しにきた。私の目では到底捉えきれる速度ではない。

 完全にその姿を見失った瞬間、アランのすぐ横の空間から血飛沫が上がる。

「アラン、右よ」

「ああ!」

 右側を薙ぐように剣を振ると、姿を現したリーンハルトが小手でそれを受け止める。

 しかし彼の半身はズタボロになっており、白い鎧が赤く染まっていた。それに気づいたラメリアは胸に手を置きながら彼の名を呼ぶ。

「ハルト!?」

 分が悪いと判断したのか、リーンハルトはラメリアの方へと飛んで後退する。

「グッ……何をした!?」

 肩をおさえながら私を力強い目つきでにらめつける。

「別に何も。私が展開していた結界に、あなたが勝手に突っ込んだだけ。あ、アラン、そこから左右には動かないでね。危ないから」

「ああ……これは……」

 何かに気づいたアランが先ほどリーンハルトが負傷した空間に手を伸ばす。

「結界か?」

「そうよ。薄い花弁状の結界をあなたの周囲に剣山のように展開しておいたの」

「こんな純粋な結界……ほとんど完全な透明じゃないか……」

「ええ、綺麗でしょ?」

 その透明な結界は、リーンハルトの血によってようやく輪郭を現していた。返り血に染まった半透明な刃は、陽光を赤黒く反射させている。

「人の血を吸い色づく無垢なる薔薇いばらの結界──ピュアローズ、とでも言っておこうかしら」

 リーンハルトの元へ駆けつけたラメリアが治癒魔法を施しはじめた。

「ハルト! じっとして!」

 少しずつ出血が引いていく。

「一人で戦っちゃだめ!」

「……メリー」

「昔から言ってるじゃない。確かにハルトはすごい力を持ってるけど、一人で全部引き受けちゃだめ。私達にも、ちゃんと頼って」

「そう……だったな……村にいた頃にも同じこと言われたっけ……すまない、援護を頼めるか?」

「もちろんよ」

 今度はオイゲンが近寄り、先ほどから詠唱を続けていた強化魔法を多重起動させる。

「リーンハルトよ、受け取れ」

 身体強化、知覚拡張、武装硬化の三種類を重ねがけしていく。結界を維持しながら詠唱するとは、さすが神官長なだけのことはあって手札が豊富だ。

 その隙にこちらもアランの負傷した左肩を再生の魔法で回復させてもらった。

 互いの消耗をリセットさせたところで、二人の騎士は向かい合う。私は再び辺りに結界を設置し、神速の祝福を牽制した。

「また治されたら厄介ね」

 仲間の絆を確認していたところ悪いが、ついでに分断させてもらおう。

しゅよ。か弱き我らに、邪悪を拒む加護をお与えください」

 陣形を整えた彼らの方に手をかざすと、ラメリアの手が切り傷まみれになっていく。

「イタッ……」

「メリー!」

 展開しはじめている結界に自ら手を突っ込み、ラメリアを突き飛ばした。

「キャッ!」

 薔薇の結界はガラスのように砕け散る。人の肉を裂くことに特化させるために薄くしたその結界は、強度自体はあまり高くない。リーンハルトほどの力があれば、負傷を覚悟すればある程度は崩しにかかることができる。

「メリー、うかつに動くな」

 リーンハルトの傷ついた手を見ながら

「う、うん……ごめん」

「大丈夫だ。このくらい、何の問題もない」

 彼女を励ますようにして、剣を強く握りしめた。

「残念。ついでにヒーラーも潰せればよかったのだけど」

「奇跡をこんな形で使うとは……神を愚弄する気か!?」

「別に。使えるものは使う。それだけよ」

「所詮は野蛮の時代の人間か……その異端、必ずや断罪してくれよう! オイゲン様! 神技しんぎ解放の許可を!」

「ああ、リーンハルトよ。頼んだぞ」

「お任せください」

 再びつるぎに祈りを込めていく。

しゅよ、どうか我がつるぎに、闇を斬り裂くまったき祝福をお与えください」

 先ほどよりも格段に刀身の輝きが増していった。

「ハルト……だめよ……それは……」

「いや、何としてもここは死守せねばならん。大丈夫だ。数秒間の発動なら数年程度の寿命で済む。君を守れるのなら、安いものだ」

 リーンハルトの頭上に稲妻を帯びた光輪が浮かび上がる。

「我が身は御身おんみつるぎとなりて──」

 光の波動が彼を中心に放たれ、風圧が押し寄せてくる。


神技しんぎ解放──エル・ピストレーゼ」


 手の傷がみるみる消えていく。

「ゆくぞ、背教者ども」

 正面を切り払うと、前方に展開していた薔薇の結界が粉々に砕け散ってしまった。

「奥の手ってことね……」

 続けて巨大な斬撃を飛ばしてくる。先ほどよりも格段に出力が高い。私の防御魔法では防ぎきれないだろう。アランも剣で受け止めようとするが、刀身が砕け散ってしまった。そのまま斬撃は貫通し、彼の脇腹を抉りとる。

 欠けた剣を杖代わりに、何とか姿勢を保ちながら

「グッ……聖女! なぜ防御魔法を使わなかった!?」

「いや、どうせ破られると思ったから」

「結界で勢いを殺せば抑えられた可能性はあっただろ!?」

「それはあくまで可能性の話でしょ」

 正面に手をかざし、アランの傷を完全に回復させる。

「被弾は仕方ないから、先に再生魔法の方を優先して起動しといたの。受けきれるか分からないものを何とかしようとするより、一度受けておいて直後に再生できた方が確実でしょ」

 ついでに剣の方も再生させ、被害をリセットする。

「それは確かにそうだが……」

「より勝機の高まる選択肢を合理的に選んだだけよ。ああ、痛かったのは謝るわ。ごめんなさい」

「ハッ……イカれてんな……お前……」

 苦笑いをしながら剣を構え直す。

「それはどうも」

 リーンハルトの方は再び剣に魔力を込めはじめた。私の防御魔法を一撃で突破するための準備だろう。

 アランはその溜めを阻止するように黒い斬撃を飛ばす。

「ハルト!」

 先ほどと同じようにラメリアがそれを防ぐ結界を展開しようとしてきた。おそらくは遠距離攻撃にはラメリアが防御魔法で対処し、リーンハルトが得意な間合いに踏み込むまで援護する連携なのだろう。

 しかし結界は弾け飛び、無効化されていく。

「えっ!?」

 防御を任せていたリーンハルトは、その斬撃をもろにくらった。

「グッ……」

 白銀の鎧が砕ける様子を見てラメリアは唖然とする。

「何で……何で私の結界が……」

 一度このパターンを見ていた私は、無詠唱で微弱な結界をラメリアの結界の出力先に展開させていた。

「すでに結界が張られている空間に新たな結界を割り込ませることはできない。私の時代では常識だったけど」

「そんな……」

「あなたの術式は単調すぎて出力先が見え見えなのよ。普通なら術式は暗号化したり、光魔法と併用して隠蔽したりするものだけど、どうやら異骸ばかり相手にしていたせいで、対人戦は疎かになっているようね」

「メリー、問題ない! 今の私には治癒の加護がある!」

 確かにそのようだ。さっきの腕と同じように切り傷がみるみるなくなっていく。いくらかの寿命を犠牲にして、常時細胞を活性化させているのだろう。

「なるほど、自動回復ね」

 爛熟の魔法なら治癒不能のダメージを負わせることができる。隙があれば撃ち込むつもりではあるが、私の身体能力では今のリーンハルトの懐に入るのは不可能だろう。

「さすがにこれじゃジリ貧だわ。アラン、何か決め手になるものはない?」

「あるにはある……」

「教えて」

「俺の術式は瘴気を溜め込み、異骸と同程度の身体能力を得るものだ。そして溜め込むだけでなく、体内で濃縮された高濃度の瘴気を放出することもできる。いくら神託者に瘴気耐性があろうとも、浴びせられれば確実に無力化できるはずだ」

「なるほど、それなら相手の治癒力は関係なさそうね」

「だが奴は速すぎる。何とか動きを止めないと」

「動きを止められれば、その後はお任せしても大丈夫かしら?」

「ああ、でもどうやって今のあいつを……」

「大丈夫よ。二十秒ほど時間を稼いで。できるわね?」

「あれを相手に二十秒か。全く、わがままなお姫様だ」

「フフフッ、家臣達にもよく言われたわ」

 何故だかこの状況を前にして、笑みが溢れてしまう。みんなのことを思い出してしまったからだ。

 そう、私はみんなを救わなければならない。この不死の煉獄から。


しゅよ、どうかその慈愛なる御手みてで、我らを蝕む穢れをお清めください」


 私はゆっくりと祈りの言葉を唱えはじめた。

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