第5話 インフラ

 グスタフの肩から降りると、オイゲンがこちらに歩み寄ってくる。

「聖女様! よくぞご無事で!」

「ええ……」

 オイゲンが部下の魔導士達に向かって何やらアイコンタクトをとると、彼らはすぐさまグスタフの体を爆発させた。

「な、何を!?」

「浄化したとはいえこやつは脅威です。もちろん聖女様のお力を疑う訳ではありませぬが、万が一にも復活などせぬよう、細心の注意を払うべきでしょう」

 私の足元に、優しい目をした彼の頭が転がってくる。

「グスタフは──! グスタフは私の戦士よ!? 葬るにしても、もっとやり方があるでしょう!?」

「……」

「そいつにそんなことを言っても無駄だ」

 先ほど私を助けてくれた黒い腕の騎士が話しかけてきた。

「その様子だと監獄の方も見てきたんだろ? こいつらにとって異骸は、脅威であるとともに迫害と加虐の対象。いくらあんたの元国民だろうとも、その処遇については期待するだけ無駄だ」

「おい貴様! 汚れびとごときが、聖女様に気安く口を聞くでない!」

「ほらな。俺もこの通り半分異骸だから、扱いもこの有様だ」

 そう言いながら、赤く染まった自分の片目を指差す。

「あなたはいったい……」

「俺か。俺の名はアラン。亡国、リュサイアの民の生き残りだ」

 リュサイアといえばロザリアの属国であり、異骸の発生源である。

「そ、そっか……なら私の国の……今のロザリアのことも、知っているの?」

「ああ……ある程度はな」

「そう。ならアラン、道案内を、頼めないかな……私、ロザリアに戻りたい……いや、戻らなきゃいけないの」

 頼み込んでいると、そこにオイゲンが割り込んでくる。

「なりませぬ、聖女様! 大結界の外は死地にございます! 満ちた瘴気に触れればひとたまりもありませぬ!」

「おいぼれが。神託を受けた聖女には瘴気への強い耐性がある。お前はただ、使えない異骸の処理を、この聖女にやってもらいたいだけだろう?」

「そ、そうではない! たとえ耐性があろうとも、凶暴な異骸が跋扈する死都に赴くなど、聖女様の身に何かあっては──」

「何かあったら浄化できる奴がいなくなって困る、だろ? お前が案じているのは聖女ではなく、浄化の力だ」

「黙れ異骸風情が! つけあがりおって!」

 オイゲンが声を張ると、それに呼応するかのようにして、私達の背後にあった白い石造りの塔が倒壊しはじめた。グスタフが投げつけた瓦礫が、建物の基礎を破壊してしまっていたようだ。

 土煙が巻き上がり、大きな瓦礫の飛礫が衝撃で私の方へと飛んでくる。突然のことで足がもつれてしまった私の前に、アランと名乗った騎士が立ち、剣を振るって弾き飛ばしてくれた。

「あ、ありがとう……」

「ああ」

 彼は尻餅をついた私を助け起こそうとして右手を差し出したが、自分の黒く染まった腕を見ると慌ててそれを引っ込めた。

「わ、悪い」

「何が?」

「いや、こっちは──っておい!」

 私はその手を捕まえて、引っ張りながら立ち上がる。

 アランは勢いよく私の手を放した。

「こっちは触れるな! 見れば分かるだろ!?」

「聖女には瘴気への耐性があるのでしょう? なら大丈夫よ」

「いや、それでも姫であるあんたに、こんな手に触れさせる訳には……」

「姫だからこそよ。私のために差し伸べてくれたその手を拒むだなんて、そんなの王族としてのプライドが許さない」

 私は手の平を見せながら

「ほら、問題なし。これでも何か文句ある?」

「……分かったよ」

 土煙が晴れてくると、瓦礫の山の中に手足を拘束されたいくつもの人影が見えてきた。

 倒壊を免れた壁の内側には巨大な結界が展開されており、彼らはその内ですし詰め状態になりながら低い呻き声をあげている。

 そしてその中には、私にとって馴染みのある顔の女性も倒れていた。

「母……様……?」

 変わり果ててはいたけれど、ロザリア王族に特徴的に発現する金色の瞳は健在だった。私に気づくと、その震えた手をしきりに伸ばしてくる。

「そんな……母様まで……」

 私が肩を落としていると、オイゲンが近づいてくる。

「……こちらは無間監獄では拘束しきれない強力な個体を拘束するための施設です。まさかお母様まで異骸化されていたとは……お悔やみ申し上げます」

「ここにいる皆も……殺し続けなければいけないの……?」

「はい。やむを得ません」

「そう……なら今すぐ浄化してあげないと……」

「お、お待ちください! これほどの数の大型の異骸を浄化するには相当な魔力が必要でしょう。お体に障ってはいけません。戦いの後ですし、少し休息を……」

「何テキトー抜かしてやがる。このたぬきが」

 アランが途中で話を遮ってくる。

「……どういうこと?」

「あれは食用異骸だ。浄化されたら困るんだろうよ」

「食……用……?」

「ああ。異骸の身体は無限に再生するだろ」

「え、待って、どういうこと?」


「食べるんだよ。ここの連中は。奴らのはらわたを」


 私の背筋に電撃のような悪寒が走る。

「はっ? 異骸を食べる……? ハハッ……そんなバカな……」

 嫌な予感がし、思わず口角が引きつってしまう。

「せ、聖女様! こやつの言っていることはデタラメです! 耳を貸してはなりませぬ!」

「そ、そうよね……そんなの嘘に……」

「嘘ではないさ。食糧難のこの時代に、どうやってこれだけの国民を養っていると思う? どうやってこれだけの魔力を補給していると思う?」

「まさか……その食糧って……」


「シェトレ。空気中の魔素を固めて生成する、魔力効率と栄養価の高い人工肉。表向きにはな」


 その言葉を聞いた瞬間、腹の底から、それが逆流してくる。

「ヴッ──オ、オエエッ!」

 最悪だ。まさか、まさかこんなこと……。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 魔力の生成には体内の魔素と呼ばれる物質を変換する必要がある。魔素は食事によって摂取され、その効率が最も高いのはヒトの身体だ。しかし通常ならば、女性であれば髪、男性であれば子種のような、魔素が豊富で、かつ身体から切り離されても問題のない部位から、触媒を用いて魔素を抜き出す形で用いられる。人肉を直接喰らうことなど、私の時代ならありえない。

「ハアッ……ハアッ……」

 人のはらわたを貪り腹を満たし、得られた魔力で生成した水で喉を潤すというのなら、エネルギー源としては申し分ない。

 そして無限の再生力を持つ彼らは、このプロセスにおいてまさしく無尽蔵のリソースとして機能するだろう。

 だがそれは、まさしく外道の発想だ。


「オイゲン……! ラメリアァッ! 私に喰わせたはね!? 私の……私の愛する民を……! 母様を!」


 腹の底から、民の肉片とともに、かつてないほどの怒りが込み上げてくる。

「お、お待ちください聖女様! これはなるべく早く彼らを浄化してあげたいとお望みだった聖女様のパフォーマンスを高めるために行ったことでございます!」

「……」

「奴らの無毒化した内臓を食糧にしていたことも確かですが、それは仕方なかったことなのです! 大結界の維持には膨大な魔力が必要ですし、民を飢えさせないためにも、この無限の資源は不可欠だったのです! それに元々我が国に攻め込んできたのは奴らで──」

「もういいわ……」

 私は少しふらつきながら立ち上がる。 

「もういい。分かったわ」

「さ、さようですか! では──」

「みんなを浄化してまわることにする。どうせ他にもいるのでしょう?」

「い、いえ、ですからこの者達は我々の資源で急には──」

「知ったことか! そんなこと!」

 こんな奴らを守ってやる義理などどこにもない。私の民に地獄のような苦悶を強いた挙句、リアナやグスタフ、そして母様をあんなふうに扱うなんて──。

許せない。同じ痛みを味合わせてやる。

「平和国……いえ、死都ロザリアは…… フィオナ・ジ・ロザリアの名の下に……」

 胃酸で焼けた喉を抑えながらも、気づけば私は声を張り、宣言していた。


「教主国ジベラールに対し、ここに宣戦を布告する!」


 正面に手を伸ばし、宣誓を示していた。すると手の甲に十字架をモチーフにした王家の紋章が浮かび上がる。

 そしてそれを合図にしたかのようにして、私の背後で封じられていた異骸達が結界を喰い破り、押し寄せてきた。

「なんじゃと!?」

 異骸となった彼らが私の怒りと共鳴していた。そして何故だかこうすればみんなを解き放てると私は直観していた。



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