【短編小説】お互いの心境の変化

遠藤良二

【短編小説】お互いの心境の変化

 俺には好きな女がいる。でも、そいつには付き合っている男がいる。でも、俺は諦めない。彼氏から奪い取ってやる。


 俺は末田未知留すえたみちる、二十六歳でコンクリート製造の工場で働いている。肉体労働なので筋肉隆々。


 自分ではイケメンだと思っている。目は二重だし、鼻筋は通っていて口は小さい。身長は百八十センチで。自分でもモテると思っているが、なかなかモテない。何がいけないのだろう。確かに今は寮生活で女との出逢いは少ない。きっと出逢いが少ないのが一番の原因だろう。


 好きな女の名前は、田崎郁美たざきいくみという。二十六歳。彼女とは高校の頃の同級生でその頃から知っている。郁美のことが好きになったのは同窓会で再会してあまりの変貌ぶりに惚れてしまった。それが半年くらい前の出来事。


 二次会で彼氏がいることを知った。でも、こんな俺でも惚れた女を前にして緊張してしまいあまり喋れなかった。同級生達は郁美と連絡先を交換していたので、俺も交換してもらった。電話番号とメールアドレスを。


 そこで解散となったが、俺は郁美に二人で呑み直さないか、と誘った。彼女も酔っていたからか、OKしてくれた。俺も酔っていた。そして、近くのバーに行き俺はビールを注文し、郁美はカクテルを注文した。二人で乾杯をした。

 俺は彼女に質問をした。

「今、どんな仕事をしているの?」

「私の父が自営をしているから、その手伝いをしているよ」

「あ、前と変わらずか」

「そうね」


「それにしても郁美、可愛くなったな。見違えたよ」

「そんなことないよ。末田君だって男らしくなって」

「サンキュ! でも、郁美には彼氏がいるんだもんなー」

「そうね」

「上手くいってるんだろ?」

 彼女はこちらに一瞥をくれてから話し出した。

「それが、そうでもないの。仕事は辞めるし、お金貸してってしつこいし。そんな男じゃなかったんだけどね。なんでかな」

「他に好きな女でもできたんじゃないのか」

 今の発言は失言だったのか、

「そんなことない! 二度とそんなこと口にしないで! 私は彼を信じたいの! 帰るわ! じゃあね!」


 郁美を怒らせてしまったか。千円札を二枚だけ置いて帰ってしまった。失敗したか……。でも、そんなに怒らなくてもいいと思うけどな。郁美は彼氏のことをよっぽど好きなんだろうな。彼氏が羨ましい。あんないい女がいるのに。


 時刻は午前二時過ぎ。自分のアパートに着いたのは二時半前。今からシャワーを浴びて寝る。明朝は眠そうだな。


 俺は一人暮らし。起こしてくれる奴はいない。スマホのアラームが毎朝起こしてくれる。寂しいことだ。郁美のことは諦めたわけじゃない。でも、今はそうっとしておこう。変に話しかけて、関係が更にこじれたら最悪だ。


 俺はセックスがしたい。それも愛情のある女と。ソープランドは何度もいったがやはり気持ちのある女じゃないと興奮も半減する。そういうところは真面目だなと自分でも思う。女はめっちゃ好きだが。


 今夜はいつもと違い、性的に興奮している。ソープランドに行くか、自慰行為で済ますか。それか、デリヘル嬢を部屋に呼ぶか。自分の部屋に呼んだ方がソープ嬢を抱くより興奮の度合いが強いかもしれない。


 仕方ない、金はないわけじゃないのでデリヘル嬢を呼ぼう。アパートの隣人のことが気になるが、関係ない。男だし。前にも呼んだことのある店にしよう。


 店に電話をしてみると三十分くらいで来れるようだ。何でこんなに興奮するんだ。たかがデリヘル嬢なのに。苦しいくらい。来たら滅茶苦茶に犯してやる。


 その時だ、スマホが唸りをあげた。後輩の友原晴美ともはらはるみから。職場の事務員をしていて二十歳。

「もしもし、友原?」

『はい、今、暇ですか?』

 デリヘル嬢が来ることは言えない。

「まあ、今からお客さんがくるけど」

『あ、そうなんですね。残念です』

「どうしたんだよ」

『いや、誰か遊んでくれないかな、と思っていまして』

「ああ、俺の寮にこないか? お客さんは断るから」

『え? いいんですか?』

「ああ、また今度会えばいいから、そいつとは」

『そうですか、わかりました。今から行きますね』


 俺はすぐに店に電話をして断った。店の女の子はまだ店にいたらしく、キャンセル料は取られないようだ。


 でも、いったい友原は何をしにくるのだろう。誰か遊んでくれないかな、と言っていたけど男の部屋に来るということはどういうことかわかっているのかな。まあ、あの子なら処女じゃないだろうから、わかっているだろう。ただ、こちらから手は出さない。友原から求めてきたら抱いてやる。ちょうど性欲は高まったままだし。下手に手を出して、そんなつもりじゃなかったのに、と言われたら身も蓋もない。


 十五分くらい経過して部屋のチャイムが鳴った。俺は、はい! と返事をした。玄関に行って声が聴こえた。

「友原です。友原晴美です」

「おお、来たか。待ってたぞ」

「お待たせしちゃってすみません」

「いやあ、大して待ってないよ」

「そうですか? 末田さんは優しいですね!」

「そうか? そうでもないけど」

 言いながら二人して笑っていた。買い物袋を持っていた友原は、

「買い物してきました。よかったらどうぞ」

 袋の中身を見てみると六缶パックの三百五十ミリのビールと三百五十ミリの酎ハイ四本とつまみが入っていた。

「悪いな、お金使わせちゃって」

「いえ、いいんです。あたしが誘ったから」

「そっか、ありがとう」


 俺は言った。

「ちょうど暇してたんだ。友原は?」

「あたしも暇してました」

「そうか、彼氏いないのか?」

「いたら来てませんよ」

「そうだよな」


 当たり前の話しをしてしまった。まあ、いいか。

「ビールいただくぞ」

「どうぞ、あたしは酎ハイ呑みます」

「乾杯するか」

「はい」

 そう言って缶と缶をカチンとぶつけた。

「カンパーイ」

 と同時に言った。

 俺はグビグビと勢いよく呑んだ。友原は、少しずつ呑んでいる。彼女は質問してきた。

「末田さんは好きな人とかいないんですか?」

「いるよ、でもその女には彼氏がいてさ、なかなか上手くいかなくて」

「そうなんですね。あたしも好きな人はいるんですけど、末田さんのようにその男性には彼女がいて」

「なかなか思った通りにいかないよな」

「そうですね」


 前、俺のじいちゃんが言っていた。

「世の中自分の思った通りにはいかない、そんなに甘くないぞ」

 ほんとにそうかもしれない。経験者は語る。じいちゃんは今、七十八歳。今は夏なので毎日畑仕事に精を出している。


 ばあちゃんは七十七歳で年がら年中裁縫をしている。ばあちゃんには大変世話になっている。小遣いがない時、ばあちゃんに話すと小遣いをくれる。数千円だが。それでも助かる、煙草代になるから。


 でも、じいちゃんは厳しい人で小遣いは高校生までしかくれなかった。以前、働くようになってから、

「小遣いくれない?」

 と言ったら、

「何を甘えたこと言ってるんだ!」

 怒鳴られたことがある。あの時は腹が立った。そんな怒鳴る必要もないだろうと思った。


 思ったのだが、友原はお酒を呑んでいるけれど、帰りはどうするつもりなのだろう。車で来ているからタクシー代行で帰宅するのだろうか。もしや、泊まるつもりじゃ、まあ、それはそれでいいけれど。


 時刻は深夜零時過ぎ。徐々に眠くなってきた。俺が欠伸をすると、

「眠いですか?」

 と訊かれた。

「いや、大丈夫だ」

 俺は嘘をついた。本当のことを言ったら友原が帰ってしまいそうで。彼女ともっと話したい、そんな感情がいつの間にか芽生えていた。この感情の名前は何ていうんだろう。恋だろうか。いやいや違うな。俺が好きなのは田崎郁美だ。彼女とこうしてゆっくりと話すのは初めて。若いけれど、話題も豊富で話していても飽きない。


 もしかしたら俺より話題は豊富かもしれない。友原の方が六つも年下なのに。俺も好きだが、お喋りが好きなのだろう。


 友原は俺と話していてどう思っているのだろう。つまらないだろうか。訊いてみた。「友原は俺と話していて楽しい?」と訊くと、「楽しいですよ!」と笑顔で答えてくれた。きっと本心だろう。俺達はいい感じだ。相性もいいみたいだし。体の相性はどうかわからないけれど。


 何だか性欲が増してきた。目の前にいる女を抱きたい。でも、同じ会社で働いているから、下手に手は出せない。もし、誘って嫌がられたら気まずくなる。それは困る。だから、じっくり耐える。


 不意に俺と友原の間に沈黙が訪れた。でも、左程気にはならなかった。嫌な感じもしないし。友原は、

「何だかとろーんとしてきた」

「眠いのか?」

 訊いてみると、

「お酒のんだしね」

 疑われないかどうか気になったが、言ってみた。

「今夜は寝ていけよ、呑んでるから車運転できないだろ。明日は土曜日だから休みだし。ゆっくりしていけ」

「うん、ありがとうございます。悪いけど先に寝ます」

「タオルケットお腹に掛けとけ。腹冷えたらよくないから」

「ありがとうございます」

 そう言って眠ってしまった。


 俺は眠っている目の前の女を見て、欲情している。触りたい。でも、そんなことしたら軽蔑されるかもしれない。仕方ない、我慢するか。彼女がいいと言ったら抱こう。ナンパした女だったら無理矢理でも犯すけれど、同じ会社で働いているからそうもいかない。


 友原は高校を卒業してからこの会社に入社した。それからの付き合いだ。約二年目。少しは彼女のことを知っている。男好きで優しくて明るい。なぜ、男好きだということを知っているかというと、本人から聞いたのだ。ついでに女も好きらしい。バイセクシャルというやつだろう。


 バイセクシャルーー。

 同性も好きになれるなんて俺には理解できない。根っからの女好きだから。だからと言って友原を差別したりはしない。大切な仲間だから。


 俺はまだ眠くないので起きてパソコンを開き、エロい動画を観始めた。凄い過激だ。喘ぎ声にもそそられる。俺は思わずズボンの中に手を突っ込んだ。こんな姿を友原に見られたらどう思われるだろう。気持ち悪いと思うだろうか。でも、それはないかな。多分、彼女も一人になったときやっているだろう。


 最近、文章を書くことに興味を持ち始めた。小説やエッセイというもの。完成したら投稿してみようと思っている。人気が出ればいいなあ。出版社の賞にも応募してみようと思っている。なので、思い切ってパソコンを買った。


 田崎郁美は何をしているだろう。彼女に対する思いは少しだけ落ち着いてきたような気がする。それよりも友原晴美に対する気持ちが強くなってきた。横を見ると寝ている。俺は文章を書くことにした。出来上がったら郁美に一番最初に読んでもらおうと思っていたけれど、友原に読んでもらおうかと気持ちの変化があった。友原の次に郁美に読んでもらおうと思っている。あの二人は読書をするのだろうか。訊いてみよう。


 時刻は深夜一時過ぎ。寝ているだろうか。メールを送ってみよう。

<こんばんは! 久しぶり。寝てるかな? 起こしちゃったらごめん。訊きたいことがあってメールしたんだけど、郁美って読書するの?>


 メールは翌朝きた。

<おはよう。寝てたよ。読書はたまにするよ。どうして?>

<俺、最近、文章書いてるんだけど完成したら読んでくれない?>

<そうなんだ! 凄いじゃん。投稿とかもするの?>

<うん、するつもり>

 暫く間があり、次にメールがきたのは午前十時三十分頃。

<今、休憩時間。へー! 楽しみ。デビューしたりしてね!>

<それはないと思うけどね>

 俺は苦笑いを浮かべた。

 それからまたメールは止まった。仕事を再開したのだろう。


 友原が起きたようだ。大きな欠伸をしながら、

「おはようございます」

 と言った。外を見ると天気がいい。太陽の日射しが強い。今は七月。これからどんどん暑くなるだろう。

「おはよう、友原」

「ん……。おはようございます。あたし、泊まったんですもんね」

 彼女は欠伸しながら呟いた。

「ああ、そうだ。大丈夫だ、安心しろ。悪戯はしてないから」

 そう言うと彼女は笑い出した。

「別に触ってもよかったんですよ」

「いや、軽蔑されるかと思って我慢した」

 また笑い出した。

「我慢してたんですか、ということは触りたかったんですね」

 俺は黙っていた。

「今度、抱いて下さいね」

 そう言われるとは思わず驚いた。

「マジで言ってる?」

「マジですよ」

「じゃあ、今夜は?」

「ええ、いいですよ」

「友原のことは少し知ってるからきっと燃えるだろう。俺、知らない女とは抱いても燃えないんだ。ある程度知ってる女じゃないと」

「そうなんですね」

「ああ」


 二十歳にしては肝の据わった女だな、と思った。同じ会社の、しかも他に好きな異性がいるというのに。好きな異性とは交際しているわけではないが。体

を許してくれるのであれば、いくらでも抱いてやる。後の責任はとれないが。 

 でも、避妊すれば(コンドームをつければ)九十九・九パーセントは妊娠しないらしい。


 なので、避妊具は常備してある。いつ、する時がくるかわからないから。今夜は楽しみだ。まったく知らない女じゃないし。ある程度はどんな人間かは知っている。


 昼間は一緒に買い物に出かけた。今夜は夕食を作ってくれると言っていた。スーパーマーケットでは、北海道産の豚肉スライスと茄子、体のことを考えて木綿豆腐を買ってきた。お酒は昨夜買ったのがまだ残っているから買わなくていい。


 訊きたいことを車の中で訊いてみた。

「友原は俺のことどう思ってる?」

「どうって、よき先輩であり、最近少し好きになってきました」

 そう言われて俺と同じ思いだ。

「じ、実は俺も友原を好きになりかけてるんだ。好きな女はいるけれど、徐々に気持ちが傾いてきた」

「そうなんですね、じゃあ、交際しますか? あたしと」

「友原は好きな男のことはいいのか?」

「はい、別に気にならなくなってきました」

「そうか! じゃあ、付き合うか!」

「はい! よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくな」

 こうして俺達は交際することになった。割とすんなり交際に至った。ちょっと尻が軽い女だが、まあいいだろう。


                              了

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