仇討ちをしようと田舎から出てきたら、仇が子連れになっていた件

日向 しゃむろっく

1/14話

「無礼者っ!」


 昼の川越街道に男の怒声がひびく。

 俺は塗笠の端を指で押さえて上へやり、怒声がしたほうを見た。


 往来する面々が心配そうにうかがっている様子のなかで、ヒゲ面の浪人者と若い座頭が向き合っているのが見える。


 いや。座頭は浪人者に向かって、跪いていた。


「きさま、拙者の鞘を打ったぞ!」


「すみませんお侍さま。どうか、ご容赦くださいまし」


 怒鳴っている浪人者は四十がらみに見える。

 俺より二回り年上の武家が、平身低頭で謝る座頭に向かって大人げなくわめいていた。


 どうも座頭の杖が、浪人者の鞘をすれ違いざまに打ったらしい。


 浪人者のほうが避ければ良いものを……と思ったが、足元がおぼつかない様子からして、昼酒をしこたま浴びているようだ。


「すまぬで済むか! 座頭の分際で!」


 浪人者が口角泡を飛ばしはじめた。


 座頭に抗弁の権利はない。あそこまで分別がつかなくなった浪人が相手では、口答えしたところでおさまるはずもない。


「この刀はな! 我が家に伝わる宝刀でな……!」


 浪人の語りがはじまり、俺はいよいよあきれてしまった。


 あの腰の軽さ。差している刀はどう見積もっても竹光たけみつだ。かつては本物の刀だったのかもしれないが、気づけば飲み代に変わっていたのだろう。


 鞘の音に耳をそばだてれば、音に敏感な座頭はたちまちに看破するにちがいない。だが萎縮しきっている若い座頭に、その余裕はなさそうだった。


「鞘の塗りも剥げてしまったぞ! どうしてくれる!」


 ヒゲ面は座頭の顔に鞘をぐいぐい押しつけはじめる。往来するものたちはその様子に眉をひそめはじめたが、誰も止めようとしない。ただ目をそらし、去って行く。


 千鳥足の無宿者とはいえ、相手は武士だ。よほどの気骨がなければ関わることなどしないだろう。それが賢明だ。


「お侍さま、どうか、どうかお赦しください」


「ならぬならぬ! 鞘を塗り直す! いいや、刀身の無事も確かめねば……」


 浪人者の狙いが分かった。座頭のカネを強請ゆするつもりなのだ。


 座頭は誰しも手に職をもっている。だから俺たち浪人者なんかより、よほど貯えがある。ごねて、今晩の飲み代でもせびろうという腹づもりなのだろう。


「おい」


 見かねて、俺は声をかけてしまった。ヒゲ面がこっちを向き、座頭は顔を左右に向けて俺を探している。


「なんだ若造! 口をはさむな‼」


「関わってほしくなければよそへ行けよ。往来でわめいて、犬の糞より邪魔だ」


「おのれ愚弄するか!」


 ヒゲ面は刀に手をかけた。俺はその刀が竹光たけみつだと見抜いていたが、何も知らぬ野次馬や往来の衆はざわついた。殺気を感じた座頭も怯えている。


「斬るのか? ここは天下の往来だぜ」


「なおのこと! 愚弄されたままでは示しがつかん!」


 酒で顔が真っ赤にしているから、鞘の中身が竹光たけみつだとしても格好がついている。俺はしらけきっていたが、周囲の空気は緊張でシンと静まりかえっていた。


「そうかい。じゃあ抜けよ。だが見てるのは旅人だけじゃない。下手をうてば大変なことになるぞ」


「怖いのか!」


「まだ分からないのか? 俺はいま、あんたが退きやすいように譲ったんだけどな」


 そこまで説明して、ようやくヒゲ面の浪人は落ちついた。鼻毛が見えそうな鼻をフンと鳴らし、街道を川越のほうへと再びフラフラよろよろ去って行った。


 もはや近づこうとする者はおらず、誰しもが浪人の脇を大きく迂回していた。


「あああ……! ありがとうございました! ありがとうございました!」


 緊張が解けた座頭が、安堵の感情を溢れさせ、足もとにすがりついてくる。


「難儀だったな。はなせよ」


「あの、お名前を伺わせてくださいませぬか」


「俺もくだらない浪人よ。気にすんな。はなせって」


「そこをどうか! なにとぞ! なにとぞ!」


 らちがあかない。これはこれで厄介だ。

 俺は根負けしたのと、袴が汚れるのを嫌って、名乗った。


「大井村のハナダだ。はなせっての!」




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2024年9月21日 12:00
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仇討ちをしようと田舎から出てきたら、仇が子連れになっていた件 日向 しゃむろっく @H_Shamrock

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