第7話

 正直思い出したくない。昨日のことはなかったことにしたいが、なかったことにしたくもない。ひどく矛盾しているが、今はそのことだけで頭がいっぱいである。あれは夢だったのか。そう思わせるほど記憶は揺らいでいる。あんなことをしてもらったこと、したことはぼんやりとしか浮かばない。ただ、幸せだったことだけが強風のように押し寄せてくる。この顰めっ面のなかでは喜んでいることなんて誰にも予想することはできないだろう。そしてこんな顔をしながら真菜のことを見てるため、完全に変人だとしか思われていないはずだ。

 真菜がこっちを向いた。急いで机に伏せる。この挙動不審な様子を見ていた人のコソコソ話が聞こえた。無理もない。すぐに私への興味は薄れたようで、さっきまでの話題に切り替えていた。まだそんな事を気にしている余裕はあったらしい。思っているよりも焦っていないようだ。呼吸からくる蒸気が机を湿らせている。最悪なことに何者かの足音が近づいてきていた。真菜のものである気がしてならない。心を汗だくにして机に伏せていた。

「さーやー。なんで机に伏せちゃったの?」

 言うまでもなくバレていた。こっちに来るななんてことを考えてる間に言い訳を考えておくべきだった。焦りで止まった脳みそを無理やり動かして白々しい嘘をつく。

「急に眠くなっちゃって。なんか伏せたくなっちゃったから」

 表情や仕草は完璧なはずだが言葉だけが嘘くさい。「ふーん」と納得しない顔で私の目線と高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。もう一度机に顔を隠して焦燥を表情で表して逃がした。

「まーいいや。もっと私のこと、見ててくれてもいいんだよー?」

 机に腕を置いたまま茶化すような笑顔でこちらを見てくる。もう恥ずかしさに耐えられなくなって席を立った。

「次の授業の準備してくる」

 「そっか」と関心の無いように返事をして、私が席を立つのと同時に自分の席へ帰っていった。見ててくれてもいいんだよという言葉が、私を好きで言ってくれたことだったらいいのに。赤い顔を隠しながらロッカーへ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何度でもまた恋をする 夢星らい @mizunoKAGAMI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ