恋愛封印宣言!

紫丁香花(らいらっく)

第一章 神田美吹の諸事情

第1話 僕の独り言

 空気になりたい。

 確かに存在はあるけれど、意図的な認知はされていない。

誰かに気を遣われることも、迷惑もかけることもなく、…何というか、いるんだけどいない、みたいな。


 ああ、そう。

 透明人間という表現が一番ぴったりだろう。そんな風になりたいと思うようになったのはいつ頃からだっただろうか。



 ―「神田、聞いてる?」

 放課後の教室。心地良い日差しが当たる席でぼんやり外を眺めていると、島﨑しまさき聖斗まさとが大袈裟に手を振っていた。

「あー、えっと…ごめん。聞いてなかった」

 正直に謝ると、島﨑はやれやれといった表情で此方を一瞥する。

しかしさほど気にならなかったのか、気を取り直して先程の続きらしい話を始めた。


 今日の国語の授業で教科担任がさも自分の持論のように語っていた、近代文明と人間の関係についての話。島﨑は今、それに対する反論と彼なりの観点で見た見解を、ひたすら僕に語り尽くしているのだ。


 結局あまり面白くなくて、適当に相槌を打っておく。

 ふと、満足気に話していた彼の声が途切れた。


 島﨑が話すのをやめたんじゃない。彼の口は止まることなく言葉を紡いでいる。そして聞こえなくなったのは彼の声だけではなく、日常にありふれた雑音の類すべてが聞こえなくなっている。

 …また、だ。

 僕の耳が

 かと思えば、今度は一気に脳内へ聞こえないはずの音がなだれ込んでくる。島﨑の心の声やら、クラスメイトの頭の中。できれば聞くことを避けたいばかりが脳内を支配する。

 カオスな音のせいで頭痛がしてきた。静かな所、人が少ない所に行かなくては。立ち上がり、島﨑に「ごめん、用事思い出したから帰るわ」と言ったつもりだけど、案の定自分の声も聞こえない。慌てて教室を出ようとして、やっぱり少し申し訳なくなって振り返ると、不満そうな島﨑の唇が、「気をつけて帰れよ」とぶっきらぼうに動いた気がした。




 僕は恋ができない。


 さっきから一体何を言っているんだと思われるかもしれないが、今からちゃんと説明しよう。僕は神田美吹かんだ いぶき。小1から病気持ちの高2である。


 病気はまあ、不明なことが多すぎる謎の病とでも言っておこう。症状は不定期に現れ、その症状自体も特殊すぎて他の症例がない。医師曰く、『死にこそ至らねど、治療法が全く無い未知且つ不治の病』らしい。

 体の一部の機能が急にぱったりと切れて、その間超能力が1つ使えるようになる。先刻、聴力を一時失った代わりに普段聞こえないはずの音を聞けるようになったのがそれだ。幸い、心臓が止まって…というのはまだない。


 「みんなより少しスリリングで冒険的な人生を歩めると思えばいい。気を強く持てば大抵のことはどうにかなるさ」という医師の言葉を、ほぼ信念のようにしてこれまで生きてきた。誰にも話さず、隠し通そうと決めた。

 そして恋愛がそのには含まれないことを悟るのに、そう時間はかからなかった。僕の不安定な体調を常々気にかけ、結果精神的に壊れてしまった母を見ても、そんな母を酒で忘れようとして何処かへ消えた父を見ても、長く一緒にいて僕が幸せにできる人なんてきっと居ないだろうと思った。


 だから、僕は恋なんかしない…できないのだ。




















誰かを傷つけて自分も傷つくぐらいなら、孤独に蝕まれたほうが幾分かマシだから。

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