〈閑話〉メネクセス王国 10  


(大陸歴585年 水の季節)



美しい花が咲き誇る庭園で、貴婦人が自ら花の手入れをしている。

この様な広大な敷地には 勿論専属の庭師というのもいるが、この一角は趣味を兼ねて 夫人が選んだ花が植えられ、夫人自身が手を入れている。


水やりをし、余分な枝を切り、部屋に飾る花を摘み取るのも 夫人が行っている。

側には実家から長年付き添っている侍女がおり、摘み取った花を受け取り 数本まとめて懐紙に包み、水桶に先端を浸けている。


そんな穏やかな二人の動きが一瞬止まるが、庭にいる夫人を遠くで見かけただけの人や、庭園の入り口近くの待合所で待っている側付たちでは何も気付かなかっただろう。


「対象の処理が終わりました。実行犯とされているのは現場子爵の夫人が雇った破落戸という事になっていますので、こちらに疑いの目がかかることはないかと」


「……そう、よくやったわね。ご苦労様」


花の手入れの手は止めず、それだけを告げれば 庭木がかすかに揺れる。

姿を見せない暗部からの報告を受けたアナリシアは 思わずその顔がほころぶことを止められない。


「奥様、処分はいかがなさいますか?」


それまで静かに控えていた侍女が 切り落とされた枝を集めながら問いかける。


「そうね、まだ使えるかもしれないから置いておいて良いわ」


「畏まりました」


侍女が手を上げれば ぞろぞろと数名のメイドと執事とみられる制服を着た者達が集まり、水桶に入った花を持つ者、夫人にタオルを差し出す者、侍女から枝木を渡され 焼き場に持っていく者と それぞれの仕事を始める。

花の手入れの時は 出来るだけリラックスしたいからと、昔なじみの侍女以外は側に置かない夫人だが、その高貴な身分を持つ夫人には側仕えが多い。

彼らも邪魔にならない程度離れた場所で、いつ何があっても直ぐに駆けつけられる位置で侍っているのだ。

だからこそ、あのような姿を見せない暗部と呼ばれるような人が必要になるのだが……。


「とても美しいお花ですわ。王妃殿下の髪色と同じだなんて、ここで初めて見ましたが とても素敵です」


「うふふ、ありがとう、わたくしもこの色は気に入っているの」


品種改良で作られたオレンジの薔薇は アナリシアの髪色に近い色で、メイドたちは嬉しそうにその花を花瓶に生けている。


「こちらは王の執務室にも飾りましょう。きっとお喜びいただけますわ」


「少し摘み過ぎてしまったから、王の私室にも飾ってもらえると嬉しいわ」


「私室は……。そうですね、折角王妃殿下が摘んで下さったのですから、お伺いしてまいりますわ」


少し言い淀んだメイドに イラっとしても、そんな雰囲気はおくびにも出さず 微笑みながら見送る。

自室に飾られたオレンジの薔薇。

妻であるにもかかわらず、未だに王と寝室を共にしたことはなく、それは側仕えの彼らも承知の事。いいえ、この城にいる者であれば知らない者はいないのではないかしら。


わたくしの庭園は 好きな花を植えて育てているけれど、同じ様に作られた王の為の一角には ピンク多種多様の花が植えられています。

王の私室や執務室には、ピンクの花がいつも飾られており、それ以外の花は廊下などにしかありません。王が安らげる色だからという事でしたが、どう考えても妻と娘を思い出しているのでしょう。

時々花を眺めては哀愁を漂わせる王を見て、思い人との再会を待ち望む者まで出てきていると聞いております。


ですが、その思いは もう二度と敵わないことが分かりました。

暗部の調べによれば、娘の瞳は母と同じ茶色だったそうで、母親が死んだ今、王とのつながりは無くなったと同然です。

しかも子爵の愛人と勘違いされて、子爵婦人から破落戸を差し向けられるなんて、ふっふっふ。

笑いが止まらなくなりそうだわ。

相手も優秀な冒険者だったらしく、ただの破落戸だけではどうしようもなかったでしょうが、中に暗部のものが数名紛れていた事で、確実に息の根を止められたという事でしたから良かったのではないかしら。


警備隊が来たことで 遺体を持ちだすことは出来なかったようですが、その珍しい髪はひと房切り落として冒険者が持ち帰っていることも確認しているようですから、アーゴナスにその知らせが入るのも 間もなくのことでしょう。


「その子供の存在は大丈夫なのでしょうか」


「母親が居なくなった今、孤児になるのではないかしら。もし何か王に繋がる物を持っていたら厄介ね。それも調べてもらいましょう。処分の依頼を待っておいて良かったわね」


先程は処分の知らせを聞いてうっかりしていましたが、万が一という事もありますからね。暗部に連絡を入れましょう。

ふふふ、これで 思い人が居なくなった今、王はわたくしの事だけを見てくれるようになるでしょう。

わたくしも22になってしまいましたからね、出来るだけ早く子を作りたいですから 丁度良い頃合いだったのではないかしら。

あの花畑は全てオレンジに変えてもらおうかしら。

アーゴナスに報告が入るのが楽しみだわ。



※ダークな閑話で年跨ぎをしたくないので、閑話2話ずつ同時投稿しております。

こちらは1/2話となっております※


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