BLUE-SKY

@zawa-ryu

アオイとソラ

 オフィス街にある雑居ビルの中でも一際目を引く、煤けて薄汚れた壁のビル。

 全体的に老朽化が進み、いつ建てられたのかもわからないそのビルは所々ひび割れが目立ち塗装も剥がれ、一見するとまるで廃墟のようだ。

 そのお店は、そんなオンボロビルの1階にあった。

 こぢんまりとした店に不釣り合いなほど大きい窓はこの街のメインストリートに面していて、窓の向こう側では炎天の下、ハンカチで汗を拭う会社員が忙気に行き交う。

 窓のあちらとこちらでは別世界。さっきまでにいた私は、無事に冷房の効いた空間に落ち着けたことに安堵し、大げさに溜息を吐くと目の前に置かれたメニュー表でパタパタと顔を仰いで、出されたお冷を氷ごと一気に口に含んだ。

 やれ記録的猛暑だの熱中症アラートだの連日報道される真夏の昼下がり。「今日はカレシが来るから当分帰ってくるな」と姉に家を追い出され、とにかくどこでもいいから涼しい場所へ、と飛び込んだのがこのお店だった。

 店の入り口は、ステンドグラスが格子状にはめ込まれたレトロな雰囲気の茶色い木製の扉。その扉に取り付けられた大ぶりな鈍色の鈴は、人が出入りするたびにカランコロンと音を立てて、カフェと呼ぶよりはどちらかというと喫茶店と呼んだ方がしっくりくる感じのお店だ。

 本来私ぐらいの年頃だったら、オシャレなカフェで長ったらしい名前の飲み物を片手に友人たちと中身の無い話で盛り上がり、チラチラと感じる男どもの視線を「アンタたちになんてこれっぽっちも興味ありませんけど」といった風にすまし顔でやり過ごすのが正しい夏の過ごし方なのだろうが、私には一緒にカフェで過ごす友人などおらず、そんな長ったらしい名前のメニューを置くカフェなどには気後れしてとても入ることが出来ない。だから実際のところ、こんな気の置けない気楽な感じで寛げる「昔ながらの喫茶店」の方が私の性には合っているのだ。

 店内は大きな窓側に向かい合わせのソファー席が2ヶ所。通路を挟んだ反対側にカウンター席が6つ。壁にはたくさんの青空の写真が貼られていて、メニューの表紙には「BLUE-SKY」とでかでかと印字されているから、このお店の名前は「BLUE-SKY」で、オーナーはきっと青い空が好きなのだろうなと勝手に想像する。店内は全て禁煙らしく、各テーブルにNO SMOKINGと書かれたプレートが置かれていた。

 私が店に入った当初、店内には私を含めて6人の客がいた。しかし、ソファー席のふくよかなマダム2人とふくよかなレディ1人は私とほぼ入れ違いに席を立ち、スポーツ新聞を広げて何やら談笑していたカウンター席に座る常連っぽいオジサン二人組も、しばらくするとお会計を済ませて出て行ってしまった。

「ありがとうございました」

 オジサンを見送った男性店員が、ようやく私のところへ注文を取りに来た。

「お待たせして申し訳ございません」

 彼はそう言って、耳にかけていたボールペンで注文票にペンを走らせる。私がこのお店に入ってからというもの、このお店の中でせかせかと動き回っているのは彼だけで、注文から調理、会計に至るまで全て彼が賄っていて、どうやらこのお店は彼一人で営業している様子だった。私はそこでまた、今度は彼の素性について思いを巡らせる。そう、何を隠そう私の趣味は人間観察。そうして得られた情報をもとに、あれやこれやと空想するのが大好きなのだ。姉からは「さすが友達がいないだけある」と言われるけど、こればっかりは止められない。幼いころからの性分。好きなんだもん、しょうがないじゃん。そんな事はさておいて、さてさて、と私はいつもの調子で頭のてっぺんから足の先まで店員さんをまじまじと眺め回す。眺め回した結果、ううん、眺め回すなんてしなくても本当はお店に入ってお冷を置かれた時から気づいていた。彼はあまりにも……。うん、一言で言うなら、そう、イケメンだった。

 それもそんじょそこらのイケメンじゃない、控えめに言ってバカイケだ。まるで漫画かアニメの主人公のように全ての顔のパーツが綺麗に整い小さな顔に収まっている。色白で華奢な長身。繊細な体のライン。すらりと伸びた長い足。それらを包む清潔な白い半袖カッターシャツに黒のスラックス。腰に巻かれた薄茶色のエプロン。全てが完璧に調和していて、その姿はまるで現実のものとは思えないほどに美しかった。

 私は運ばれてきたコーヒーフロートをちまちまやるフリをして、カウンターの奥で洗い物をする彼の横顔に見とれていた。私の視線に気づいた彼と目があうたびに私は思わず赤くなって目を伏せたが、彼はそのたびに、にこりと微笑んでくれる。私はこのまま永遠に彼を見つめる石像と化してしまいたいほどだった。

 ずいぶん若く見えるけど、幾つぐらいだろうか。私と同じ高校生か、下手したらもっと年下にも見える。夏休み期間中のバイトだろうか、はたまたお店のオーナーの身内か何かで手伝いに駆り出されているのだろうか?

 私の想像力がどんどん膨らんできた、その時だった。

「僕と、ゲームをしませんか?」

 カウンターにいた彼はソファー席の私のところまで来てそう声をかけた。

 店内に小さく流れていたBGMが暫し途絶えて、すぐにまた天井に吊るされた小ぶりなスピーカーからJazzyな曲が流れだす。

 私は彼がてっきり追加の注文を取りに来たのだと勘違いして、トンチンカンな事を口走ってしまった。

「ええと、同じものを。ん?はっ?ゲーム?」

 面食らった私を見て、彼は楽しそうに微笑んだ。

「ええ、ゲームです。と言ってもそんなに難しいものじゃありません。ほんの暇つぶし程度の、単純なクイズですよ。あっコーヒーフロート追加ですね。かしこまりました」

「…………」

 私はいったい何が起こっているのか分からず呆気に取られて、ポカンと口を開けていた。

 彼は運んできたコーヒーフロートを優しく私の前に置くと、向かいのソファーに腰を下した。

「僕がこれから出す問題にあなたが正解出来たら、コーヒーフロートのお代は結構です。もちろん2杯分を無料にして差し上げましょう。でももし不正解でも、特にペナルティなんてものはありません。どうです?あなたにはメリットしか無い話です。乗りませんか?」

「ちょっ、ちょっと待って下さい。美味しく戴いたんだから、お代はお支払いしますよ。いや、って言うかなぜそんな事を?メリット、デメリットで言えばあなたには何の得も無いじゃないですかっ」

 捲くし立てて言う私に、彼は頷きながら答えた。

「そう思われるのも当然です。ですが、その疑問への答えはこうです。言ったでしょう?ほんの暇つぶしですよ」

 そう言って相変わらず向かい側の席からニコニコと微笑む彼。

 むむむ、何だかよくわからないけど妙な事になってしまった。

 て言うか、あんまり見つめないで欲しい。ただでさえイケメンに、いや男性に見つめられることなんて無い私にとってそれは一種の拷問だ。それに、その反則級の笑顔。彼に見つめられて平然としてられるJKなんてこの世界にはいないだろう。いたらお目にかかりたい。

 私は半分目を逸らしながらも、このチャンスをものにするべく頭をフル回転させた。

「それより私が勝った時の報酬についての変更は可能ですか?」

「変更ですか?たとえばどのような?」

「私に、このお店に入り浸れる権利をくれませんか?」

「えっ?」

 彼は心底驚いたように声を上げたが、すぐに柔和な笑みを取り戻した。

「それは、予想外でした。ふふっ。入り浸る権利ですか。もちろんです、お店としても常連さんが増えるのなら大歓迎ですし」

「こ、断っときますけど、このお店の始業から閉店まで私の好きな時に好きなだけ、入り浸る権利ですからねっ。いいですか?休業日除いて毎日ですよっ」

 私の必死の訴えに、彼は心底楽しそうに笑った。

「ええ、ええ。ぜひこのゲームに勝利して入り浸ってください。それでは参加されるということでよろしいですね?」

「もちろん!のぞむところですっ」

 ああ、なんということだろう。こんな事があるなんて、神様ってホントにいるのね。

 私は鼻息荒くTシャツの袖を捲りあげ、サンダルを脱ぎ捨てソファーの上に正座した。



 アンティークな振り子時計の鐘の音が店内に響き、時刻は16時ちょうど。窓の外に目をやると、薄いグレーのパンツスーツに身を包んだ女性が、片手でミニ扇風機を顔に当てながら、もう片方の手で器用にスマートフォンを操作していた。

「では、問題です」

 彼の声に私は慌てて向き直り姿勢を正す。私の目の前に座る超絶美形なイケメン店員の眩しい視線に串刺しにされたまま、全ての意識を両耳に集中させる。

 一言一句聞き漏らしてはならない。

 この問題に正解して、彼を生涯眺めつづけると私は心に固く誓ったのだから。

「あなたがこの店に来られた時、店内にはあなたの他にも数名のお客様がいらっしゃいました。覚えていますか?」

 彼の問いかけに、私は思わず拍子抜けした。そんなことは人間観察が趣味の私にとって朝飯前の質問だ。

「ええ覚えています。たしか5人でした」

「即答ですね」

 彼はとても驚いた顔をした。

「ええ。私、数えていましたから。それが今回のクエスチョンですか?」

「へえ、なるほど。数えてらしたとは。いえ、問題はここからです。そして今、このお店にはあなたと僕、二人しかいません」

 そこまで言って、彼は確かめるように私を見る。

 そして十分に間を置いた後、彼の口から飛び出したのは何とも不可解な言い回しの言葉だった。

「……では、あなたが来店してから今まで、このお店の扉を通って出て行かれた生命の数はお分かりになりますか?」

「えっ……?」

 私は言葉を詰まらせた。

 どういうこと?彼は今何て言ったの?もしかして心霊現象的な話?それだったら初めに言って欲しかった。だって私はお化けや幽霊の類が世界で一番苦手なのだから。

「…………」

 何も答えられずにいる私に、彼は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 ふいに突き付けられた彼からの挑戦状。私の頭は一瞬凍りついたが、すぐにまたメラメラと燃える闘志によりグルグルと回りだした。この勝負、絶対に負けられない。そう、店内入り浸り権を手に入れるまでは負けてなるものか。



「おや、曇ってきましたね。一雨降るのかもしれない」

 彼の言葉に窓の外に目をやると、先ほどまでのカンカン照りはどこへやら。街の空には俄かに雨雲が立ち込めていた。

「さあ、どうです?シンプルな、そう、とても単純明快な問題ですよ。それともこのままギブアップですか?」

 嬉しそうに尋ねる彼に、私はまだ何も答えられずにいた。けど彼が言うように、この問題がシンプルな話なのだとしたら、私がヘンに考えすぎているだけなのかもしれない。

「……ふぅむ」

 小さく息を吐くと私は、頭の中を整理してみた。

 私がこのお店に来た時、先客は5人だった。これは間違いない。ソファー席のふくよかな3人組と、カウンター席のオジサン2人組。それからまず3人組がすぐに出て行って、しばらくして2人組も席を立った。残された客は私1人。そして今、店内には彼と私の2人だけ。「このお店の扉を通って出て行った」のは5人。何のことは無い、下手したら幼稚園児でも解ける問題だ。だけど……引っかかるのは彼が言ったその続きの言葉。

「生命の数はお分かりになりますか?」

 彼はなぜこんな言い回しをしたのだろう。……わからない。わからないけど、この問題の答えは、間違いなく5人だ。それ以外はありえない。

 私は目をつむって深く深呼吸をすると、

「答えは、5人です」

 そう答えた。



 ポツポツと降り出していた雨は、やがて激しく窓を叩き始めた。遠くの方でゴロゴロなんて音も聞こえる。雷か、落ちたらイヤだな。そんなことを考えていた私に、彼は穏やかな声で「残念、不正解です」そう言うと席を立とうとした。

「えっ?えっ?ええっ?」

 思わず彼の腕を掴み叫ぶ。

「ちょっ嘘でしょ?何で?そんなはず無い!だって私見たもん、おかしいってそんなの!」

 半分パニックになった私を落ち着けるように、彼は苦笑しながらまたソファーに座り直した。

「まあまあ落ち着いてください。でも答えは残念ながら『5』じゃ無いんです」

「えええぇぇっ。どういうこと?……わからない……あっあのヒントは?何かヒントをもらえませんか?」

 なおも食い下がる私に、

「ええっヒントですか?うーん、しょうがない。特別ですよ」

 彼はしばらく腕を組んで考えていたが、

「そうだな。いや、アレを言っちゃうとすぐ分かっちゃうか。アレも……だめか。そうですね、まあなるべく遠くからのヒントでしたら、うーん。コレですね」

 ひとしきり独りで喋ったあと、机にあったNO SMOKINGのプレートを指さした。

「えっ?これって禁煙の?これがヒントなんですか?」

「そう、コレです。ここからどうか頑張って正解にたどり着いてください」

 彼はそう笑って、今度こそ席を立ってしまった。



 ……カラン。

 目の前に置かれていたコーヒーフロートの氷が溶ける音に、我に返った私は窓の外を見た。雨はいつの間にかもう止みかけていて、幸いにも雷雲も接近することなく遠ざかっていったようだ。私はすっかりカフェオレ風味になったコーヒーをストローで啜りながら、ソファーにぐでっと体を預けて、

「……ああ、そっか」

 と呟いた。

 カウンターの向こうで洗い物をしていた彼が手を止めて、ニコニコと私に笑いかける。

「答えが出ましたか」

「はい、ようやく。答えは『6』ですね」

 彼のくりくりっとした大きな目がほんの一瞬もう少しだけ大きくなったあとすぐにクシャッとした笑顔を見せて、彼はワントーン大きな声を出した。

「ご名答!素晴らしい!当てずっぽうで無いことは承知していますが、よければ解答に至った経緯をお聞かせ願えませんか?」

 私は彼が見せた心からの笑顔を見て、どぎまぎして真っ赤になった顔を伏せ、縮こまりながら小さな声で言った。

「ええっと、その、この禁煙のヒントと私が観察した人たちから、その……物語を作ってみたんです」

「物語、ですか?」

 彼は興味津々といった風に私を見た。

「はい。私、好きなんです。人間観察と……そこから空想の世界を広げていく、のが……」

 なおも縮こまったままの私に彼は優しい言葉をかけてくれた。

「へえ。いや素晴らしい特技だと思いますよ、僕は。うん、とても素敵だ」

 そう言って続きを促す彼の言葉は社交辞令かも知れなかったが、私はその言葉に勇気をもらった気がして、「コホン」と咳払いをして話を続けた。

「それでは披露させて頂きますけど、どうか笑わないで聞いてくださいね。えっと、どこから話せばいいのかな。そうですね、最初に私は、このお店にいたお客は私を含めて6人。そう思っていました」

 彼は、黙ったまま穏やかに頷く。

「それは私が見たまま、ありのままを観察した結果です。私はその結果を疑わずに信じこんでしまった。つまり見たままの情報だけを信用したため、それが誤答に繋がったんです。最初の失敗はそこですね」

 彼はまだ表情を変えなかった。

「よくよく考えれば、あなたからのクエスチョンが大きなヒントになっていました。『このお店の扉を通って出て行った生命の数は?』なんて、なぜそんな言い回しをするのだろう?私はそこにもっと注意を払うべきでした」

 うんうんと、彼は満足げに頷く。

「そして、あなたがくれた『なるべく遠くからのヒント』コレが無ければ私は正解には辿り着けませんでした。さっきも言いましたが私は空想癖があるので、このNO SMOKINGを、つまり『禁煙』を求める人ってどんな人たちなんだろう?そこから想像を広げていったんです」

 彼はさも楽しげに、続きを促す。

「最近はタバコを吸えるお店なんて殆ど無いし、吸える場所だって限られています。でも、飲食店の中には分煙と謳って店内に仕切りで区切られた喫煙場所が設置されているお店がまだあります。特に喫茶店ではよくみられますけど、完全に分煙出来てるところなんて少なくって、隙間や天井から副流煙が流れていることもあります。そんな中、このお店は完全に禁煙ですよ!と言わんばかりに各テーブルにNO SMOKINGのプレートが置かれている。つまりお店が禁煙を全面的に押し出しているんです。そんなお店を選ぶ人ってどんな人たちでしょうか?運動をされてる健康志向の人?元々タバコ嫌いな人もそうでしょうし、最近タバコを辞めて副流煙なんて1ミリも吸いたくない、そんな人からも選ばれるかもしれません。だけど、もっとそんなお店を必要としている人。そうつまり、健康に気をつけなければならないと自覚している人がいます。それはつまり……」

 私がそこまで言うと、彼は指をパチンと鳴らし、

『妊婦さん』

 二人の声が重なった。

「ですよね。あの『ふくよか3人組』って私は勝手に脳内で呼んでましたけど、その中のお一人はお若い方でした。彼女がふくよかに見えたのは、彼女の中には命が宿っていたからです。私に見えたのは彼女一人だったけど、彼女は一人だけど一人じゃ無かった。だから、あなたのクエスチョンに対する答えはこうです『このお店の扉を通って出て行った生命の数は?』それは、『6』です」

 言い終えると私は、どうだ!っと言わんばかりに胸を張った。

 彼はあの優しい笑顔のまま、私をまじまじと見つめたあと、ゆっくりと立ち上がって手を叩き、

「素晴らしい!素晴らしいです。よく正解までたどり着きましたね。あなたの観察力、想像力の賜物ですよ、いや本当に素晴らしい!」

 彼はやや興奮気味にそう言って手放しで褒めてくれた。

「あの3人のお客様はご来店前に電話を下さったんです。ウチは完全禁煙ですよとお伝えしたら、喜んでご予約を頂けました。おそらく妊婦さんのお身内の方だったんでしょうね。あなたが来られる前、随分と長い間、楽しそうにお話されていましたよ」

 生まれてくる赤ちゃんについて、話す事はたくさんあったのだろう。3人にとってきっと幸せな時間だったに違いない。

 それにしても良かった、正解できて。普段からの空想癖がこんなところで役にたつなんんて。

「さあ、無事に正解までたどり着きましたね。おめでとうございます」

 嬉しそうに話す彼に、私はおずおずと尋ねた。

「あのー。でも、最初に不正解だったから、やっぱり入り浸る権はダメ……ですよねぇ」

 しかし彼はかぶりをふった

「いいえ、とんでもない。言ったでしょう?私は、あなたのほんの暇つぶしになればと思っただけなんですよ。だけど僕自身がこんなに楽しませてもらえた。あなたさえ良かったら、毎日でも来てください。いつでも大歓迎ですよ」

 彼はそう言って白く細長い指の手を渡しに向かって差し出した。

「僕の名前はソラ。漢字では蒼いに空と書きます」

「ほ、ホントですか?嬉しい!ありがとうございます。私はアオイ。漢字は碧、一文字でそう読みます」

 握り返した私の手を、彼の大きな手がふんわりと包み込む。

「また、いつでもお越しください。それとも……」

「えっ?」

「今からもう一勝負、どうですか?」

 悪戯っぽく笑う彼に、

「ええ、もちろん受けてたちますとも!」

 私も気合十分で返す。

「今度は何を賭けましょうか?」

「そうだなぁ今度は……もし、もしあなたさえ、蒼空君さえ良かったら、ですけど……」

「?」

「これからずっと仲良くしてくれる権なんてのは、どうでしょう?」

 私は上目使いで彼を見る。

「……なに言ってるんですか?」

「やっぱダメ……ですよね」

「その権利なら、碧ちゃんはもうとっくに手に入れてますよ」

「えっ?」

 カランコロン。

 茶色い木製の扉に取り付けられた大ぶりな鈍色の鈴が音を立て、お客さんが入ってきた。

「いらっしゃいませー」

 ソファにポカンと座ったままの私にウィンクをして、彼が注文を取りに行く。

 私はその後ろ姿を眺めてひとり、足をバタつかせて悶絶していた。

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