ぬるめの日記
ぬるめのたおる
①韓国のスプーンを貰った
韓国のスプーンを貰った。
両親が夏休みに韓国へ行き、その際の土産だそうだ。
柄は細く、長く、そして皿は広く、浅い。
何がどうなったら韓国のスプーンと呼べるのか、その定義は分からないけれど、それは間違いなく韓国のスプーンだった。
調べれば、スッカラという名前らしい。
「アンタ化粧品とかグミとか韓流グッズとか要らんやろ。でもこれ使い慣れとるやろしな」
と母は言った。
「使い慣れとる」
母がそう言ったのは、実家に韓国のスプーンがあったからである。
思い返せば、物心ついた時から実家のスプーンは韓国のスプーンだった。食器置き場には、四人家族全員に行き渡る数の韓国のスプーンがあった。
だから、僕にとってスプーンの第一選択は韓国のスプーンだった。
カレーも、シチュウも、デザートのゼリーも、韓国のスプーンで喰らった。あの平くて大きなスプーンは、成長期の青少年が食欲に任せて飯を喰らうのにうってつけだったのだ。
「おや」
と思ったのは、小学校の頃だった。四年生だったか五年生だったか。それは忘れてしまったけれど。
おそらく、在日韓国人のことについて知ろうという学校の企画だったのだと思う。校区内に住む、キムさんだかヤムさんだかの在日韓国人が小学校に招かれ、僕たちに韓国の文化を教えてくれたのだ。
インテリアでもアクセサリーでも、基本は真っ赤だったことを覚えている。加えて言えば、食事も赤かった。
その中で一言、
「食事はこれで食べます。チョット変わってるでしょ?」
と紹介されたのが、あの銀のスプーンだった。
「いや、ウチにあるンと同じやつやん」
と僕は心の中でツッコんだ。
その後は次第に、在日韓国人が何故いるのかとか、日本の暮らしの中で抱える困難さといった話になっていった。
両親が韓国へ行ったのは、8月の三連休が終わった週であった。世間では盆休みだろうか。
ともに定年を迎えた両親が、なぜそんな人の多いシーズンに旅行へ行ったのかはわからないが、要はあまり深く考えていなかったようだ。世間が夏休みだから自分たちも遊びに行こう、といった具合である。
だから8月15日は、韓国で迎えたようだ。
奇しくもその日は、韓国の祭りの日だった。
光復節。
日本による植民地支配からの解放を祝う祭りである。
「韓国の街、その日はすっごい賑やかやってんよ。日本じゃ考えられんくらい」
と母は帰国して言った。
「すっごい賑やかやってん」
母は繰り返した。
そういうわけで今、僕が一人暮らしをしている家には韓国のスプーンがある。
せっかく貰ったのだ。早速使ってみることにした。
スーパーマーケットで購入した400gのプレーンヨーグルトをから適量を掬う。そして器に盛り付ける。
なるほど。使いやすい。
平たくて広いスプーンだと、ヨーグルトの形を崩さずに掬えるのだ。
高校生の頃、母に一度尋ねたことがある。
「なんでウチのスプーンは韓国のやつなん?」と。
「昔にな、旅行の時に買ってん。使いやすいやろ? 気に入ってるわ」
母はこともなげに答えた。
韓国の授業の日に感じた「おや」に大した理由など無かった。
なるほど韓国のスプーンは100円ショップのカレースプーンより使いやすい。
そして何より、幼少期から使い続けた僕の手にすんかりと馴染む。
良いじゃないか。韓国のスプーン。
ちょっと感動した。
それなら次は、ヨーグルトにかけるジャムだ。
韓国のスプーンをジャムの瓶に突っ込んだ。
……。
だめ。入らない。
ジャムの瓶の口は狭く、広く浅い韓国のスプーンは入らない。
良いことばかりじゃないな。
なんでも適材適所ということなのだ。
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