ウェルフィア
融合
前編
ここはハー島。キラキラと輝く広大な海にポツンと浮かぶ小さな島。
この島には大昔の戦争で生き残った人たちの子孫たちが暮らしている。
勿論ボクもその一人。
そしてここにある建物や設備などはどれもこれも新品同様なものばかり。
その理由は簡単、ボクたちハー島の人間はウェルフィアと呼ばれる生き物たちと暮らしているから、しょっちゅう物が壊れるんだ。
ウェルフィアが何かって?
簡単に言っちゃうと、今では仲良しだけどかつてはボクたちの戦争相手でもあった存在。
例えばそれは、火を吹くドラゴンだったり、広大な海を寝床とする人魚だったり、巨大な百獣の王だったりする。
まぁ種類は本当に色々あるけれど、みんな何かしらの特別な力を持っていて、ボクたち人間の生活を助けてくれる優しい存在。
たまに悪い奴もいるけど・・・・・
世界にはハー島以上の島国が広がっていて、更に多くのウェルフィアたちが生活しているらしい。
まだボクは見たことがないんだ。
だけどもうすぐ外の世界を見に行ける。
なんたってボクはもうすぐ旅が許される年頃だからね。
ハー島では十五歳を迎えた少年少女たちが、みんなそれぞれハー島にいるウェルフィアと一緒に旅に出ることが許される。
それは、外の世界を知り、更に多くのウェルフィアたちに恵まれ、いつしかハー島へと多くのウェルフィアを連れて戻った時、より島を豊かにするため。
この島のウェルフィアはたいてい誰かに飼われていて、ボクたち旅人になる者には、必ずペットのウェルフィアが一体はいる。
世界は広大で危険がたくさん存在している。だから特別な力を持っているウェルフェアも同行させなきゃいけない決まりなんだ。
「さぁ、ボクの楽しいマジックショーを見て行って!」
ボクの名前はユーリ・アリエス。十五歳。
つまりはもうすぐ旅に出る少年さ。
「帽子にご注目」
ボクは頭に被っていた真っ赤な円筒状の帽子を逆さまに持つ。
「3・2・1 Go![#「!」は縦中横]」
掛け声と同時に帽子を宙へ投げると、帽子の中から星のようにキラキラとした何かが勢いよく飛び出す。
「これこそまさにマジック。いや魔法だよ!」
ショーを披露することに夢中になっていたボクは、客席が一人を除いて空になっていることに気が付かなかった。
「なぁユーリ、別に無理に旅に出る必要なんてないんだぞ?わしみたく、一生をこの島に捧げて生きていくのも悪くはない」
「それじゃダメなんだよ、ヨォじぃ」
この人はヨォール・グレイシス。ボクはヨォじぃって呼んでいる。
「ボクの夢は、ボクの魔法のようなマジックを世界中に広めることなんだから」
「そうは言ってもなぁ、周りを見てみろ、客席には誰もいない。そりゃ、昔はみんながお前のマジックショーを今か今かと待ち侘びていたが、今では誰一人として待っている者はいない」
ボクが気にしていることをこの人はあっさりと言ってくる。
「世界も同じだとは思わないか?広まったとしても、すぐに忘れられてしまう」
「ちっとも思わないよ、だってボクのマジックはすごいんだ。ヨォじぃが知らないだけでもっとすごいことだってできるんだよ」
「わしはただユーリのことが心配なんだ」
ボクは少々熱くなってしまった感情を冷まして一呼吸おく。
「分かってるよ。ありがとう心配してくれて、だけどボクは夢を諦められないよ」
ボクが世界中にマジックを広めたいという夢を抱いたのは、僕がまだ一ケタの幼い歳の頃だった。
あの頃は島のみんながボクのマジックを楽しんで誉めてくれて、それが本当に嬉しかった。
ボクのマジックが笑顔を生み、みんなに幸せを与えられているのかと思うと、本当に嬉しかったんだ。
だからボクはいつか旅に出て、ボクのマジックで世界中の人たちに笑顔と幸せを届けたいと思ったんだ。
「ユーリ。それにお前にはウェルフィアを惹きつける才能がない。どの道ウェルフィアがいなければ旅はできないぞ」
「はぁ、そうだね。それが一番の問題だよ。何とかしなくちゃ」
ハー島にはボクと同い年くらいの子たちは何人かいるけど、みんな自分のウェルフィアを持っている。それに好かれている。
だけど、なぜかボクだけには一体も寄りつこうとはしない。
ボクが近づくと、逃げたり暴れたりする。
そんな感じで、ボクには未だにウェルフィアがいないまま。
このままじゃヨォじぃが言うように、外の世界に旅立つことなんてできやしない。
気が付くとヨォじぃの姿もなく、ボクもマジックショーの片付けをして家に帰ることにした。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日のショーはどうだったの?」
「まぁまぁだったよ」
本当は心が折れそう。
「そうだユーリ」
「何?父さん」
「今日も長が旅立ちに関する話をするとかで、いつでもいいから講堂に来るようにとの知らせがあったぞ」
「本当に?もうそれ何回目?」
旅立ちに関する話っていうのは、ほぼほぼ長のくだらない退屈な話を聞かされるだけ。
半年前から今日を入れたら十回は開かれている。
正直行きたくはない。
だけど行かなかったら行かなかったで説教をくらうのも嫌だからなぁ。
「ご飯食べたら行ってくるよ」
「なら食事にしましょう」
オレは夕食を済ませて長たちが待つ講堂へと向かった。
「すみません、遅れました」
講堂の扉を開くと、既に長の話は始まっていてみんな静かに話を聞いている。
ボクも静かに空いている後ろの方の席についた。
そこからだいたい三十分くらい長の長い話を聞かされて、さっき食事をしたばかりだというのにお腹が空いてきてしまった。
「では、君たち六名の旅立ちに神の祝福があらんことを」
ようやく終わったみたいだ。
ボクは席を立って、早々と講堂の外へと出た。
「全く、ボクには何を言っているのかさっぱりだったよ」
早く家に帰って、新しいマジックでも考えるとしよう。
「待てよ、もう帰っちゃうのか?ハー島の落ちこぼれ」
すると後ろから嫌な声がする。
「やぁ、ファルコ」
こいつはファルコ。ボクと同い年のウェルフィア使い。
顔を合わす度に何かと揶揄ってくるめんどくさい奴。
できれば話したくはなかったけど、無視するわけにもいかない。
「ボクはこの後予定があるんだ。だから行ってもいいかな?」
「どうせくだらないショーの準備でもするんだろ?そんなんだからウェルフィアに好かれないんだぞお前は」
「サイ、君もいたんだ。てっきりもう旅立ったのかと思ったよ」
こいつの名前はサイ。こいつもボクと同い年のウェルフィア使いで、会う度会う度ボクを揶揄ってくる。
「俺と会えなくなるのが寂しいのか?俺は寂しくねぇけどな!」
「・・・・・ボクもだよ」
ボクは小さな声で呟く。
「ねぇ、そんな落ちこぼれほっといて帰ろうよファルコ。もぉめちゃくちゃお腹空いて死にそぉなんだけど私」
こいつはファルコの双子の妹サラン。ボクに興味はないけど、どちらかと言えば嫌っている感じがする。
「僕もお腹ぺこぺこだよ。帰ったら何食べようかな〜」
こいつはいつも食いしん坊なおデブちゃん、マイルズ。こいつも同い年だ。
「うるせぇなお前ら、俺はこの落ちこぼれと話してんだよ」
こんなことならここには来ないで、後で長の説教を受けた方がましだったな。
「何を騒いでるの?」
ボクたち五人に続いて最後に講堂から姿を現したのは同じくボクと同い年の少女。
「やぁ、ティーシェ」
ボクの口から思わず言葉が漏れてしまう。
「気安く私の名前を呼ばないで」
「ウェルフィアの一人も持ってないお前が馴れ馴れしく姫さんの名前を呼ぶとか、失礼な奴だな〜」
「サイ。私からしたら貴方も、他のみんなもそこにいるユーリと同じ」
「おいおいそりゃねーぜ、俺たちは自分のウェルフィアを持ってる。だけどこいつは持ってない。一緒にされちゃ困るってもんだ」
ティーシェは綺麗な金髪をなびかせて、ボクたちに背を向け歩き出す。
「そう、どうでもいいことね」
「待ってティーシェ!」
ボクは歩き出したティーシェを急いで呼び止める。
すると、止めてくれないかと思っていた足を止めてくれた。
「おいおい、お前また名前で———」
「君にもう一度、ショーを見に来て欲しいんだ。旅立つ前に一度でいいから来て欲しい」
「私は行かない」
「だけど、こうやって足を止めてくれただろ?ボクは毎日同じ場所でショーを披露しているから。気が向いたら来てよ」
その後ティーシェは特に何も言わず、何の反応も見せずに再び歩き出した。
「惨めだよなぁお前。振り向いてなんかもらえるわけないのにそんなに必死になっちゃって」
ファルコはそう言いながらボクの隣で泣き真似をする。
こいつは本当に嫌な奴だ。
「どんなことでも諦めなきゃ道は開けるってボクは信じてるから」
すると突然サランの手がボクの肩に乗せられる。
「しつこい男は嫌われるよ」
「はっはっは、全く妹の言う通りだぜ。まっせいぜい頑張れよっ落ちこぼれ」
そう言い残してファルコとサランも家へと帰り、続いてマイルズ、サイも帰って行った。
「はぁ、早く旅に出たいなぁ」
そんな言葉を一人、寒い夜空の下呟いた。
帰路に就いたボクは、早速新しいマジックの開発に取り組んでいた。
ボクの父はウェルフィアたちの傷や病などを治す薬を開発する仕事をしている。
だからボクは、薬に調合される前の薬品を使って、様々なマジックを作り出しているんだ。
当然使うのは薬品だけでなく、島にある素材も活用している。
今まで作ったので言うと、例えば硬いものをこんにゃくのように柔らかくするマジックだったり、星の雨を降らせるマジックだったり、一時的に寝なくてもよくなる体に変えてしまうマジックなどなど。
まぁその中でも一番危なかったのは、空を飛べるようにするマジックかな。飴玉を舐めると一定時間空を飛べるようにするマジックを開発したことがあったんだけど、時間切れですごい高さから落下した時は本当に死ぬかと思った。
そして今回ボクが作っているのは、長時間水の中でも息ができる上、人魚の足が生えてくるマジック。
開発してるクッキーを食べると、たちまち魚の仲間入りができちゃう優れものだ。
ボクはウェルフィアに嫌われているから、自分の力だけで広大な海を渡りきらなきゃいけないんだ。
そのためのマジック開発。
「人魚の鱗は何とかバレずに入手できたけど、問題は海雲草だ」
海雲草とは、海の奥深くに生えているとされる海の雑草。
海雲草には豊富な酸素が含まれているとされていて、このマジックを完璧にするためには欠かせない資源。
多分、今の状態でも水中では三十分くらい息は保つだろう。
だけどそれでは全然ダメだ。海を渡り切るには、何日間も必要だから。
「よしっ、明日海雲草を取りに行こう」
そして次の日、ボクは朝早くにゴミ一つ見当たらない綺麗な浜辺にやって来た。
「うぅ、寒い」
季節は冬、海なんかに潜ったら凍え死ぬほどの寒さだ。
だけど心配ご無用。
未完成とは言え、ボクが開発しているこのマジッククッキーを食べれば、人魚の力のおかげで保温機能が手に入るからだ。
「ボクのマジックは本当にすごいのに、どうしてみんな見てくれないんだろう?」
いつか絶対世界中にボクのマジックを広めて、マジックでみんなを幸せにするんだ。
ボクがクッキーを口へと放り込もうとしたその時、視界の端に何かを捉えた。
「何だ?」
恐る恐る近づいてみると、体長約二メートルほどの全身が灰色をしていて、三角形の背びれと頭に一本の角を生やした見たこともないウェルフィアが意識を失い倒れていた。
例えるなら、イルカに似た見た目をしている。
「血が出てる・・・・・ここはマジックの出番かな」
ボクはポケットから親指サイズの水色の液体が入った小瓶を取り出す。
「ポリックは貴重だけど、仕方ない。塩水と海藻が必要だ」
この三つを合わせることで即席の回復薬になる。
三つをその場で調合させ、即席回復薬を横たわるウェルフィアに飲ませる。
「グヘッグヘッ、ガハッ」
ウェルフィアは大量の海水を吐き出して徐々に意識を取り戻し始めた。
「大丈夫か?酷い怪我してたけど」
「キューキュー」
ウェルフィアとは通常、人と言葉でコミュニケーションを取ることはできないけど、人の言葉を話せるウェルフィアもたまにいる。
まぁボクにはあまり関係ないけど。
ボクは生まれつき意識を集中すればウェルフィアの言葉が分かる体質を持っている。
まぁウェルフィアから嫌われてるから、この特異な力を使う機会もないんだけど。
「いいよ、大したことはしてないから」
「オイラの言葉分かるのか?」
「ボクのちょっとした特技でね。それで、どうしてあんなに傷だらけだったの?」
「オイラ母と離れ離れになった後、槍を持った変なお魚さんに襲われてここまで逃げて来た」
「それは、上半身は人間で下半身は魚だった?」
「確かそうだった気がする」
人と魚の両方の姿を持つウェルフィア。それは、人魚だ。
人魚は元々攻撃的なウェルフィアだから、自分達とは違う種族のウェルフィアを見つけると、理不尽に攻撃を仕掛けられることがある。
「さて、どうしようかな」
「?」
「お前をここには放ってはいけないし、かと言って海に一人で返すわけにもいかない。それにボクも海の中には用があるんだ」
だけど、実際攻撃されたウェルフィアを目の前にして、すぐに海へと飛び込む勇気はボクにはない。
「それなら、オイラと一緒に母探すの手伝ってよ。ついでにお前の言う用事も済ませればいい」
「そうは言ってもな〜人魚がいるからな〜」
「お前が説得してくれれば、次は攻撃されない気がする」
「まぁ、ずっとここにいるわけにいかないしな」
ボクは先ほど食べようとしていた開発途中のマジッククッキーを口へと放り込み、胃へと流し込む。
数秒経つとあら不思議、下半身が人魚化した。
「どっひゃー」
珍しい驚き方をするウェルフィアだな。
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったね。ボクはユーリ」
「オイラはアートゥ」
「じゃあ行こうかアートゥ」
ボクたちは勢いよく海へと飛び込んだ。
そうしてボクはマジックの素材探し、アートゥは母親探しが始まった。
そういえば、ボクのことを嫌がらないウェルフィアに会ったのは初めてだ。
この海はすごく綺麗だ。
遠くの景色までが透けて見えるほどに綺麗で澄んでいる。それに、太陽の光のおかげで海が輝いている。
だいたい海に潜ってから十分くらいか、人魚の力のおかげで十キロ以上は泳いだ気がする。
「疲れたのか?ユーリ」
「ううん、大丈夫だよ。ここら辺にはいないみたいだし先に進もうか」
だいぶ海の深いとこまで来た気がするけど、海雲草は一向に見つからない。
本で読んだことがある程度だけど、海雲草は海の中でも比較的冷たい水を好んでいるらしい。
あまり奥深くに潜りすぎると、マジックの効果が切れてしまう可能性がある。
まぁ予備のクッキーも持ってるしあまり問題はないけど。
「そういえばさアートゥ。君の母親は一体どんな姿をしているのかな?」
「オイラの母、すごく大きい、すごくすごく大きい。そして大きくて立派なツノも生えてる」
「そんなに大きいなら、見つかりそうだけどね」
ボクたちは更に深く潜っていく。
すると、肌に伝わる温度がだんだんと冷たくなっていくに連れて視界に大きな遺跡のような建物が見え始めた。
「ここだよ」
「え?」
「オイラが襲われたのここら辺」
「つまり、あそこは人魚たちの巣ってことだね。そういうことなら、バレないうちに退散しよう————と思ったけど、そうはいかないみたい」
建物の周辺に生えるかなりの量の海雲草を発見してしまった。
今すぐ取りに行きたいところだけど、万が一人魚たちに見つかったら大変なことになる。
「ユーリ。あの草が欲しいの?」
「まぁね。だからさ、こんな時はこれを使って・・・・・」
ボクは懐から手のひらサイズの真っ白なボールを取り出す。
「これは水の中でも使える煙玉だよ。正直使う機会なんて無いと思ってたけどね。はい、これ」
オレはアートゥへとゴーグルを渡す。
「何これ?」
「これは、煙の中でも目が見えるメガネみたいなものかな。煙を撒いたら海雲草をゲットしてすぐに逃げるよ、いい?」
「うんっ分かった」
アートゥの表情が一瞬にして引き締まる。
「じゃあ行くよ」
ボクは建物目掛けて煙玉を投げつけると、みるみるうちに視界一体が煙に包まれる。
この煙の中で自由に動き回れるのは、今はボクたちしかいない、さっさと海雲草をゲットして立ち去るとしよう。
ボクは海底に生える海雲草を鷲掴みにした後、アートゥを連れて一目散に撤退する。
「あ—————」
次第に煙が晴れると、ボクたちは無数の人魚たちに槍を向けられ囲まれていた。
「オイラたち大ピンチ!」
「う〜ん、ちょっとまずい状況かな。話して分かり合えればいいんだけど」
まぁ今は人魚の姿をしているし、何とかなるかもしれない。
人魚の姿?
「そっか!」
人魚の姿なら、ボク一人で海雲草を取りに行けば怪しまれることすらなかった。
煙玉なんて使って、余計バカな真似をしてしまった。
「あーえっと・・・・・言葉分かります?ボクたちは敵じゃないですよぉ」
「敵でないのなら、その手に握りしめている物は何だ?」
槍を向けている一人の人魚が言葉を返して来た。
「これはその、ボクのマジックに必要な素材で少しだけ頂こうかなと」
「私たち人魚の住処にあるものは全て私たちのものだ。置いていってもらおう」
「それはちょっと、ほら、ほんのちょっとだけだし」
人魚たちの表情が一層迫力を増したものとなる。
「あっいや、今のは冗談っていうか———」
「よくこの状況で冗談などを言えたものだ。お前たちは私たち人魚の敵だな。一斉にかかれ!」
一人の人魚がボクたち向けて攻撃の指示を出すと、四方八方を囲んでいた人魚たちが一斉に槍を構えて突進してくる。
「オイラたち絶体絶命!」
アートゥが泣きじゃくりながら叫び出す。
まだ死ぬわけにはいかない。
ボクのマジックでまだ、誰も幸せにできてないのに。
「助けて、母—————‼︎」
アートゥが大きな声を上げたことで、遠くの方から全身に響く音が跳ね返って来た。
「グオォォォォォォォン‼︎」
「何だあれ?」
何か大きなものがものすごいスピードでこちらへと迫って来る。
「母!」
「えっ?あれお母さん?」
「皆引け!主が来るぞ‼︎」
人魚たちは一目散に撤退し始め、取り残されたボクたち二人は、迫って来た巨大なウェルフィアに丸呑みにされた。
しばらくして口から出されるとそこは浜辺で、目の前には体長が三百メートルはありそうな巨大なツノを生やしたウェルフィアがいた。
「アートゥとそっくりだね」
「オイラの母だもんっ」
オレはアートゥの母を見上げると、頭を下げる。
「危ないところを助けてくれてありがとう」
「いいや、こちらこそだよ」
ボクの感謝の言葉に反応したアートゥの母が言葉を返してくれる。
「ボク、今すごい感動してる」
「どうしてだい?」
「今までずっとウェルフィアたちに嫌われていたから、ボクを避けないでいてくれるウェルフィアは初めてで・・・」
思わず、瞳がうるうるしてきた。
いやいや、十五歳にもなって泣いてちゃダメだな、我慢だ我慢。
「息子の恩人を嫌うなんてあり得ないことだよ」
「そう言ってくれると、とても嬉しいよ。また会えるかな?」
「貴方がそれを望むなら」
「もちろん望むよ。だけど、次会うのはこの島じゃないかもしれないけど」
「そういうことなら次も楽しみにしているよ。息子もきっと喜ぶ」
次も?何か引っ掛かるような言い回しだけど、あんまり気にすることじゃないか。
「じゃあ、またねアートゥ」
「バイバイユーリ。ありがとう助けてくれて、母を見つけてくれて」
ボクは再び海へと潜っていくアートゥたちに向かって、しばらくの間手を振り続けた。
「さて、素材も揃ったし、マジック開発の続きをしようかな」
太陽の光に照らされ、キラキラと輝く海を眺めながらそう口にする。
「えっ」
振り返り、海に背を向けると思わぬ客人。
目の前にはティーシェとティーシェのウェルフィアの「ドラゴン」の姿があった。
「今の・・・・・何?」
「何って・・・・・それよりティーシェはどうしてここにいるの?」
「私は練習。そのぉ、毎朝ウェルフィアと空を飛ぶ練習をしているの。それでたまたまユーリの姿を見つけて、さっきのは一体何?あんなに大きなウェルフィアは見たことないわ」
咄嗟のことで驚いたけど、別に見られて困ることじゃないし何も焦る必要はない。
「ボクも初めて会ったよ。怪我をしていたウェルフィアを助けたら偶然知り合っただけさ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
ティーシェはそう言いながらボクの隣に立つ。
「あんたのこと、少し見直したかも」
「え?」
思わぬ一言に再度動揺が走る。
「なんかあんたってさ、いつも何考えてるか分からなくて浮いてて、おまけにウェルフィアにも嫌われてるから少しみくびってたんだよね」
「そ、そうなんだ」
そんな風に思われていたなんて、ショックだなぁ。
「だけど改めて思い返すと、あんたはただ夢のために努力していただけなんだね。それにウェルフィアに嫌われてるわけでもなかった」
「ボクの夢、知ってるの?」
「まぁ何となくだけどね、あれだけ堂々と毎日毎日人目につくところでマジックやってれば、嫌でもあんたの頑張ってる姿が目に入るから」
「見ててくれたんだ。全然気がつかなかったよ」
まさか見ていてくれたなんて思いもしなかった。
「少し視界に入るだけ、しっかり見たことはまだないし」
「そっか」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「何?」
「あんたって、もしかしてウェルフィアと話せたりする?」
「・・・・・何で?」
「さっきさ、会話してるように見えたから」
この質問は当然と言えば当然のもの。
別に隠すようなことでもないな。
「そうだね、話せるかな。正直、今までは何の意味もない力だと思ってたけど、今日初めて意味があったんだって分かって嬉しいんだ」
「そう」
その後、ティーシェは特に何も言わずに海に浮かぶ遠くの景色を眺めていた。
僭越ながら、そんなティーシェの横顔をたっぷりと眺めさせてもらった。
「あのさユーリ。私、あんたのショー見に行ってみようかと思うんだけど、いい?」
「もちろんさ、それなら明日か明後日、どちらかのショーを見に来てくれない?」
「分かったわ。けど、どうして明日か明後日なの?」
「ボク、三日後には旅に出ようと思ってるんだ」
「随分と早くに出ちゃうんだね。だけどウェルフィアはどううするの?」
「それに関しては何とかなりそう、かな」
今日この後に、渡航するために必要なマジッククッキーが完成予定だから。
「そう、ならいいけど、じゃあ私は戻るよ。ショー楽しみにしてるからね」
「うん!絶対楽しいショーにしてみせるよ!」
そうしてボクとティーシェはそれぞれ帰路に就き、ボクは早速海雲草を使ってマジッククッキーを完成させた。
そして次の日、ボクは朝から旅立ちの日に向けて部屋の整理や荷物の準備をしていた。
「えっとー、これはいらない、これはいるっと。もうそろそろショーの準備もしようかな」
と、その時、部屋の扉がノックもなしに開かれる。
「何してるのユーリ?」
「やぁ母さん。旅立ちの準備だよ。ほら、もうすぐ出発でしょ?」
「いつ出発するの?」
「え?」
「えって、母さんいつなのかは聞いてないわよ」
「あれ?そうだっけ?実は、明後日には出発しようかと思ってるんだけど」
母さんには言うのを忘れていた。
つまり父さんにも話していなかったことになる。
「もうすぐじゃない!そういうことならお父さんにも早く伝えないと」
「うんだよね。父さんには仕事から帰って来たらボクから伝えるよ」
「そうね。なんか寂しくなるわ」
「ごめん母さん。ボク、ショーに行かないと」
そう言い残してボクはいつもの広場へと向かった。
「ティーシェ本当に来てくれるかな?」
約束したんだし、大丈夫。
ティーシェは嘘をつくような子じゃない。
そんなことを考えていると、どこからか聞き覚えのある鳴き声が微かに聞こえて来た。
「キューキュー」
「アートゥ?」
ボクのことを呼んでる?
何か嫌な予感を感じて、ボクは急いで浜辺へと走り出す。
案の定、浜辺にはアートゥの姿があった。
だけど、アートゥを囲むようにしてファルコ、サラン、サイの姿もある。
「何だこいつ、見たことないウェルフィアだな。ツノなんか生やしてるし」
「ねぇファルコ。このウェルフィア、私たちのペットにしない?」
「それいい考えだな。流石は俺の妹、きっと島の奴らみんなビックリするぞ」
「おいおいちょっと待てよ。こいつを最初に見つけたのは俺だぜ?ここは公平にじゃんけんだろ」
「けど、ここに来たいって言ったのは私だよ」
「だけど見つけたのは俺————」
「ああ、分かった分かった。じゃあ公平にじゃんけんな、サランもそれでいいよな?」
「チッ仕方ないね」
三人がじゃんけんを始めたタイミングでボクがその間に割り込む。
「ああ?何だよ落ちこぼれ、お前には関係ねぇんだからあっち行ってろよ」
「そうよ。あんたがいるとこのウェルフィアも逃げちゃうんだからどっか行ってくんない?」
三人に囲まれていたアートゥが今にも泣きそうな表情をボクへと向けて、助けを求めてくる。
「君たち少し落ち着いてよ、実はこのウェルフィアはボクの友達なんだ。だからここは諦めて欲しいんだけど」
「嘘つくなってユーリ。そんなんだからいつまで経ってもウェルフィアに好かれないんだぞ」
「いや本当なんだって!」
「分かった分かった、もうどけよ落ちこぼれ」
明らかにアートゥはボクに何か伝えようとしているのに、これじゃまともに話ができない。
そう思った時———。
「みんな揃って一体何してるの?」
「ティーシェ」
「みんなでウェルフィアに押しよって、この子が可哀想だわ」
「悪かったよ姫さん。だけどユーリが意味分かんねぇこと言って来てよぉ、なんかこのウェルフィアの友達だとかどうとか」
「ユーリの言ってることは本当。だけど、あんたこんなところで何やってるの?私、約束通りショーを見に行ったんだけど、約束破る気?」
「いや、違うんだよこれは・・・・・アートゥが、このウェルフィアが困っている声が聞こえたから」
「はぁ、分かったわ。それで、何を困っているの?」
「なんかお前、落ちこぼれなんかに優しくないか?」
ボクはアートゥに駆け寄り、アートゥの目に浮かんだ涙を拭う。。
「アートゥ、一体何があったの?」
「母が・・・・・オイラの母が、殺されちゃう」
「え⁉︎」
「何?どうしたの?」
ボクの声に反応したティーシェが心配そうに聞いてくる。
「ごめんボク、行かないと」
ボクは完成したマジッククッキーを一枚口へと放り込み、すぐ様アートゥと一緒に海の中へと潜っていった。
「ちょっとユーリ!一体どういうことよ」
「ねぇアートゥ。一体殺されるってどういうこと?アートゥの母さんに何があったの?」
「人魚たちが仕返しをしに来て、母が囮になってくれた。母絶対絶滅、急がなきゃ」
人魚は知性があって賢いウェルフィアだ、わざわざ命を危険に晒す真似はしない。
勝ち目のない敵に立ち向かったということは、何か勝てる根拠があったということ。
人魚たちの住処付近にまで泳いでくると、住処の建物に縛り付けられたアートゥの母さんの姿があった。
「ユーリ、いた。あそこ」
「バレないようにゆっくりと近づこう」
ボクたちはそこら中にある大きな海藻や岩などに隠れながらゆっくりとアートゥの母さんへと近づいていく。
「お前たち、一体何をしている!」
突然、背後からの深く大きな男の声が耳に響いた。
「あーらら〜やーばい」
「オイラたち、超超超大ピンチ‼︎」
ボクとアートゥは恐る恐る後ろへと振り向くと、そこには体長五十メートル以上ありそうな巨大な髭を生やした人魚の姿があった。
「何ごちゃごちゃ言ってやがる、お前たちだよな?昨日俺たちの住処に近づいて盗みを働いたっていう連中は」
「そんなことより、母を返せ!」
アートゥは怯みもせず、巨大なお髭人魚に立ち向かう。
「そんなことだと?俺たちにとっちゃ大事なことなんだよ。まぁいい、お前らもあそこにいる海の主と同様に俺たちの食糧になってもらおうか」
「いやいやちょっと待ってよ。ボクたちを食べるの?それ本気?」
「ああ本気だとも」
「ボクが住んでる島には君たちの仲間もいるよ、敵対するのはあまり良くないんじゃないかな?」
「ほぉ、俺に向かって脅しとはいい度胸してるな」
「いやそういうわけじゃ—————」
「だけど関係ねぇな、それで戦争になればそれまでの話だ。お前たち、こいつらをひっ捕えろ!」
その瞬間、岩陰に隠れていた他の人魚たちが数名現れ、一斉にボクたちへと向かってくる。
「逃げるよアートゥ」
ボクとアートゥはアートゥの母さんに向かって全力で泳ぎ始める。
そして、背後から迫る人魚たち向けて眠り薬をばら撒いた。
「何だこの煙は?少し舌がピリつくが大したことないな」
体長五メートルほどの象を一瞬で眠らせる薬だけど、一ミリも聞いた様子を見せない。
だけど、今の数秒で稼げた時間で何とかアートゥの母の下まで辿り着けた。
「母!」
「アートゥ、無事だったんだね。二人とも私のことはいいから早く逃げな!あの男は人魚のボスだよ。距離が空いてる今ならまだ間に合う」
「母を置いてはいけない」
「何をわがまま————」
次の瞬間、巨大なお髭人魚が巨大な槍を構えて、力いっぱいボクたちへと投げて来た。
「くっ、ほら逃げるよあんたたち!」
「逃すわけ—————」
ボクとアートゥはまたしてもアートゥの母さんの口の中に入れられて、猛スピードでその場から退散した。
口の中から出されて、ティーシェたちの姿がある浜辺へと出る。
ボクたちの姿に気がついたティーシェたちはこちらへと駆け足で向かって来た。
「母・・・・・母!死んじゃ嫌」
「う、そ——————」
アートゥの母は胴体を巨大な槍で突き刺されていた。
「何か、何か治すマジックは・・・・・」
ボクはパニックになりながらも、回復させられるマジックがないか一生懸命考えを巡らせる。
すると、アートゥの母さんがボクに言葉をかけて来た。
「息子から聞いたけれど、貴方の名前はユーリと言うんだね、すごく素敵な名前。また会うことができて嬉しかったわ」
「また会う約束を昨日したじゃないか」
「その様子じゃ、やっぱり・・・・・覚えてないんだね」
覚えてない、とは?
「ユーリ、いいえ、私が知っている貴方の名前はパルセノ・グリーシャ。前世で私と貴方は親友だったのよ」
「急に何を・・・・・前世?パルセノ?」
ボクが前世にこんなにも立派なウェルフィアと親友だったなんて信じられない。
「驚くのも無理ないわ。けれど貴方は私たちに、転生したら来世で会おうと言って終わりを迎えた。約束通り、来世で会えたけれど今度は私が終わりを迎える番のようね。一つだけわがままを言ってもいいかしら?」
「何でも言って、ボクにできることならだけど」
「アートゥのこと、お願いできる?私が死んじゃったら、この子はひとりぼっちになってしまう。けれど、貴方がいてくれたら安心して眠りにつける」
「嫌だよ母、オイラ、母と別れたくない」
アートゥの目には今にもこぼれそうなほど大量の涙が浮かんでいた。
「頼んだわユーリ。それと旅をするならあの二人にも会いに行ってあげて」
「あの二人って誰のこと?」
「はぁ、はぁ」
だんだんとアートゥの母さんの息遣いが弱くなっていく。
「アルギスは、東の国で一国の王になったと言っていたわ・・・・・それとユメフィオナは、天空の王妃になったそうよ。二人は、私と同じように貴方の親友だったウェルフィアたち」
情報が少なすぎるけど、これ以上はもう無理そうだ。
最後にボクが聞かなくちゃいけないことは、話の続きじゃない。
「名前を教えてくれるかな?」
「・・・・・ミリターナよ」
そう言い残し、最後は笑顔で息を引き取った。
「こんなことって・・・・・」
近くで光景を見ていたティーシェが驚いた表情でそう口にする。
「母!母!オイラをおいてかないでよ」
ボクはアートゥの背中に手を置く。
「ボクがいるよ。今日はいっぱい泣いたっていいさ、だけど、前を向いてボクと一緒に旅に出ようアートゥ。そして楽しいこと、面白いことを二人で一緒に探して、幸せをみんなに届けに行こう」
大切な存在を亡くす心の痛みは、今のボクには分からない。
だけど、今のボクが最大限かけられる言葉をかけたつもりだ。
「キュー」
「ボクたち、今日は帰るよ。明日、待ってるねティーシェ」
「約束よ」
ボクとアートゥは、丁度空が暗くなり始めたくらいの時間に帰路に就いた。
ボクは夕飯時に、父さんにアートゥの紹介と明後日には旅立つことを伝えた。
次の日、正午を迎えたタイミングでボクはショーをするためいつもの広場へと足を運んだ。
「さて、今日はいつも以上に気合を入れてやらなくちゃね」
だけど衣装を着て準備を整えるが、客席はガラガラ。
「今日は私の独り占めってわけだね」
「ティーシェ」
空白の客席に、一輪の花が添えられた。
お客さんはティーシェたった一人だというのに心拍数が上がっていくのを感じる。
「じゃあ、約束通り楽しませてもらおうかな」
客席に座れる席などないため、ティーシェは一番前の特等席で立っての鑑賞となる。
「それではハー島最後のマジックショーを開演いたします。ではまず、こちらから———」
ボクはティーシェを楽しませるため、瞬間移動をするマジックや雪が降るマジック、花火によるイルミネーションを披露した。
「マジックは次でラストになります。それではお手を」
そう言ってボクはティーシェの手を拝借する。
「え?何?一体何する気なの?」
ボクは頭に被っていた真っ赤な帽子を手に持ち、帽子の中へとティーシェの手を入れる。
「これはささやかなボクからの今日のお礼だよ」
帽子の中からティーシェの手と一緒に出て来たのはキラキラと輝いた赤色のバラ。
「綺麗な花ね」
「3・2・1」
ボクの掛け声が終わった直後、一本のバラは数本のバラへと変化して見せた。
「すごい」
そう言うとティーシェは、真剣な表情をボクへと向けた。
「私はあんたに謝らなくちゃいけないことがある」
「何?もしかして楽しくなかった?」
「違う、すごく楽しかった。だから謝りたいの、今までウェルフィアに好かれてなくてマジックばかりに夢中になるあんた、貴方のことを心の中で馬鹿にしていたわ。ごめんなさい」
「ううん、ティーシェが謝ることじゃないよ。ウェルフィアに好かれてなかったのは本当のことだし、マジックだけしか見えてなかったのも本当だしさ」
「最後に貴方のマジックを見れてよかったわ。いってらっしゃいユーリ」
「うん。ティーシェももうすぐ旅立つとは思うけど、それまで島のみんなのこと頼んだよ」
「またね」
こうしてボクのハー島最後のマジックショーは幕を閉じた。
正直ハー島のみんなをボクのマジックで幸せにできたかと聞かれればNOだ。
だからいつか帰って来た時、ハー島のみんなのこともボクのマジックで幸せにできたらいいな。
行って来ます。
「え?どうしてここにいるの?」
ボクは次の日、朝早く起きてアートゥと一緒に浜辺へと向かうと、そこにはウェルフィアを連れたティーシェの姿があった。
「どうしてって、決まってるでしょ?私も旅に出るのよ」
「そうだったの?全く知らなかったよ」
「だって言ってないもの」
「どこに行くかは決まってるの?」
「いいえ」
いつものように冷たくボクをあしらうティーシェ。
このティーシェとのやりとりもできなくなるのはとても寂しい。
「・・・・・しばらくはユーリについていくことにしたわ」
「え?」
ボクは思わず声が裏返ってしまう。
「私と一緒じゃ不満?」
「そういうわけじゃないけど」
「さぁほら乗って、こうしてる時間ももったいないから」
ティーシェが用意した四、五人乗りくらいの木船に、背負っていた荷物を乗せて自分自身も乗り込み、船は出航する。
アートゥとティーシェのウェルフィアであるドラゴンは、それぞれ海を泳ぎ、空を飛びながらボクたちについて来る。
なんか促されるままに乗っちゃったけど、おかしいよね?
「つまり、ティーシェはボクと旅をしたいってことだよね?」
「そうなるわね」
「どうして、ボクと旅がしたいの?」
「そうね、ユーリが求める答えを今はあげられないけど、貴方に興味が出て来たの。だからその理由を貴方の近くにいれば分かると思った」
つまり、今はまだティーシェがどうしてボクと旅をしたいのかは本人にも分からないと。
まぁボクとしてはものすごく歓迎だけど、緊張しすぎて変なところを見せないようにしないと。
「それで、ユーリはこれからどこに向かうの?」
「まずは東に向かおうかな。それで見つけた国を転々としていこうと思ってるんだ」
「いいじゃない」
「それと、昔の親友にも会いに行こうと思う」
「親友?」
「そう、まぁ覚えてないんだけどね」
「何それ変なの」
ティーシェの笑った顔を見て、トクンッと鼓動が鳴る。
こうして、ボクとティーシェの旅が幕を開けた。
旅に出てから約一週間。
「海が広いことは知っていたけど、まさかここまでとはね。正直少しあまく見ていたよ」
「ユーリあそこ、何か見えるわ。あれって—————島じゃない?」
ティーシェが遠くの方を指さしながらボクの服を少し引っ張る。
「島?ボクには何も・・・・・いやほんとだ、やっと一つ目の国を見つけたぞ!」
遠方にうっすらとだけど、突起しているいくつもの山の先端が見える。あれはきっと島で間違いない。
「よしっ、ボクたちが最初に上陸するのはあの島で決まりだね」
「ちょっと待ってユーリ。何か様子が変だわ」
すると、次第に波が細やかな揺れを帯び始め、プカプカと海に浮かぶボクたちの船も大きく揺れ始める。
ボクとティーシェは振り落とされないように必死に船にしがみついた。
「何?一体何が起きてるの?」
「—————噴火だ」
いくつもの山が巨大な爆発音と共に、赤い何かを吹き出している。
「とりあえず揺れが収まるまで待つしかないけど、あの島には行けそうにないわね」
「一週間探してようやく見つけた島だ。そう簡単に諦められないよ」
「そうは言っても危険すぎるわよユーリ」
ここ一週間の食事は釣った魚をボクのマジックで炙り食べるだけ、寝床もこの硬い船の上、正直今すぐにでも陸につきたい気分だ。
「・・・・・そうね。様子を見るだけ見るのもありかもね」
どうやらティーシェも同じ気持ちらしい。
だけど普通なら噴火直後の島になんて近づかないだろう。
まぁ今のボクたちは旅ということもあって少しネジが外れちゃってるというわけだ。
噴火した山々からはまだドロドロと溶岩が流れ出ているけど、ボクたちは既に揺れが収まっているため、島へと近づいてみることにした。
「これはかなり刺激的な演出だね」
山々は島を囲むようにして聳え立っていて、流れ出た溶岩は島の内側へと流れることなく全てが海へと流れ出ている。
そして島の頭上には島をその影で覆い尽くすほどの黒い雲が浮かんでいて、地上へと火山灰が降り注いでいる。
「もしかしたら中に入れるかもしれない」
「私はユーリについていくだけよ」
ボクとティーシェは自分たちのウェルフィアを連れてゆっくりと島の中へと踏み込んだ。
しばらく歩いていくと、途中に検問する場所のような門があったけど、門番は一人も見当たらなかった。
そして更にその先にあったトンネルを抜けると、目を疑うような光景が広がっていた。
「すごっ」
「ハー島のみんなが見たらきっとビックリするだろうね。まるでお祭り騒ぎだ」
トンネルの先には、赤・青・緑・紫・オレンジと、多種多様な明かりが辺り一帯を賑やかに照らし、無数の人たちの楽しげな声に騒がしい音がそこかしこから聞こえて来る。
やっぱりボクの思った通り、この島には想像以上の人たちが暮らしていた。
「さぁ!よってらっしゃいみてらっしゃい。楽しい楽しいショーが始まりまっせぇ!」
ショー?
視線を向けると、のれんがかけられた大きな館が目に入った。
「おっそこの御カップルと連れのウェルフィア二名。ちと一ショー見ていきやせんかい?」
「カッ———カップルじゃないよ」
「おっとそりゃ失礼致しやした。これからマジックという不思議なショーをやるんですが、興味があったら寄っていってくだせぇ」
「せっかくだから寄って行く?」
「だね」
中は立派に整備された舞台と前方には数多くの椅子が綺麗に並べられている。
「ボクのショーとは大違いだ」
「大事なのは内容よ」
「確かに。だけどボクのショーを見た後だと少し物足りなさを感じるかもよ?」
「それならそれで面白いじゃない」
ボクたちは空いている前の方の席へと腰掛け、ウェルフィアは会場の後ろの壁付近で待機させる。
「それではみなさん長らくお待たせいたしました。これより摩訶不思議なマジックショーを開演いたします」
それからボクたちは計二十分間ショーを見続けたが、ボクからしたらどれもこれもつまらないものばかりだった。脱出劇やトランプマジック、透過マジックなどなど初歩的なものばかり。
さて、お次は何を見せてくれるのか。
「次が最後のマジックとなります。その名も、瞬間移動マジック!」
マジシャンはピシッと着こなしたスーツの胸ポケットから一本の赤いバラを取り出すと、タネも仕掛けもないことを信じ込ませるため、バラを様々な角度から見せびらかす。
「では、このマジックを手伝ってくれる方を観客である皆様の中から選びたいと思います。誰か立候補してくれる方はいますでしょうか?」
最前列に座っていたボクは真っ先に姿勢良く手を上げる。
「はい!」
「おっいいね、じゃあ一番前の赤い帽子をかぶっている君にしようかな。舞台の上に上がって来てもらえる?」
舞台へ上がると、満席の客席がよく見渡せる。
ボクのショーもいつかこのくらいの人が集まってくれると嬉しいな。
「今からこの少年の胸ポケットへと、私が手に持つバラが一瞬にして移動します。それでは行きます。3・2・1、パチッ」
マジシャンが指を鳴らした瞬間、一瞬にしてボクの胸ポケットへと赤いバラが移動した。
それを見た観客は大喜び、近くで見ると尚更マジックのレベルは低いけれど、この人はお客さんの楽しませ方が分かってる。
「ボクも一つ披露してもいいかな?」
「まさか君もマジックが?」
「まぁ、ボクが披露するのも瞬間移動のマジックだけど、ただの瞬間移動じゃないよ。この島の黒ずんだ空に、大きなバラを咲かせて見せよう。それじゃあ行くよ!・・・・・パチッ」
ボクが指を鳴らすと、手に持っていたバラが一瞬にして消える。
「さぁみなさん早く外に出て」
館にいる観客全員を外へと出すと、ボクは懐に隠し持っていた手のひらサイズの球体にバレないように火を灯し、宙へと投げる。
すると、次第に球体が空高くに浮かび上がり、バラの形を描いて真っ赤な火花を散らした。
「うわぁ〜」
「これはなんと、素晴らしいな」
街ゆく人のほとんどが打ち上がった花火へと注目している。
「何?今のは一体どうやったの?」
「それは内緒だよティーシェ。マジックはタネ明かしをしちゃったらつまらないからね」
こうしてマジックショーの見どころを、全てボクが掻っ攫っていった。
「それじゃあ他の店にも行ってみようか、まずは腹ごしらえをしないとね」
ボクたちがウェルフィアを連れて館を後にしようとした時、後ろから声をかけられる。
「ちょっと待ってくだせぇお客さん!よければうちの専属マジシャンになってはくれやせんかね?」
先ほどの客引きをしていた人だ。
「悪いけど断らせてもらうよ。ボクたちはただの旅人だし、ボクは世界中にマジックを広めに行くつもりだからさ」
「そりゃあ残念でやす。それならこれを受け取ってくだせぇ」
そう言って手渡されたのは三枚の硬貨。
「お金?」
「はい。あっしらのショーはボランティアとして無料で提供していやすが、あんたのマジックには大変感動させられやした。なんでそのお礼と思ってどうぞ」
「感動してもらえたならボクも嬉しいよ。それじゃあ、ありがたく受け取らせてもらうよ」
客として招かれた分際で逆にお金を受け取るのはどこか気が引けるけど、これで食事をすることができる。
「また来てくだせぇ」
その後ボクたちは、受け取った硬貨でたらふくとはいかないまでも、満足のいく食事をすることができた。
「それで、これからどうするつもり?」
腹ごしらえも済ませて、ティーシェが今後の方針を聞いて来る。
「とりあえず、三日間くらいは滞在しようかな」
その間にアートゥの母ミリターナが言っていたボクの元親友探しと、ボクのマジックをこの島の人たち全員に広めようと思う。
「いいんじゃない。その間私はユーリの手伝いをすればいいのかしら?」
「ティーシェの好きなようにしていいけど、そうしてくれると嬉しいかな」
「じゃあ手伝うってことで決まりね」
そうしてボクたちが店を出ようとした時、腰に武器を携えた人物?いや、ウェルフィア?が現れた。
形は人型だけど、明らかに見た目が人間ではない。
「食事中失礼する、王が呼んでいます。今すぐに我々と共に王宮まで来ていただきたい」
多少の命令口調なウェルフィアは、腰に携えた刀をゆらゆらと強調させながらボクたちがいるテーブルへと近づいて来た。
「え?何かまずいことしちゃったかな・・・・・もしかしてあのマジックのこと?」
「とにかく一度王宮に来て下さい。そちらの娘と二体のウェルフィアもご一緒に」
「ユーリ」
ティーシェがボクの服をギュッと握りしめ、不安な表情を浮かべている。
「分かった、行くよ」
そうしてボクたちはところどころが金色で塗装されたキラキラと輝く巨大な王宮へと案内され、広々とした空間へと案内された。
そこは全体が金一色で染め上げられていて、巨大なお相撲さんのような体にふさふさと猫のような毛を纏い、竜のような面をしたウェルフィアがこちらを睨み、中央に置かれたフカフカな椅子へと腰掛けている。
「よく来たな、久しぶりじゃねぇか。まぁそんな硬くならずもっと近くに来い」
ボクたちは恐る恐る、座っていても十メートル程はある巨大なウェルフィアへと近づいていく。
額に汗が滲み、鼓動が速くなっていくのを感じた。
「お前が連れてるそのウェルフィアを見てピンと来たぜ、ミリターナの子供だってな。お前は随分見た目が変わっちまってるが、纏う気が昔と全く同じだ。懐かしいじゃねぇかよパルセノ」
「パルセノ?」
その名前に一切の聞き覚えがない。
「なんだよおい、久しぶりの再会だってのにみずくせぇ奴だな。まぁお前が怒るのも無理ねぇわな、俺はお前との約束を無視して悪役非道の王になっちまったんだからよ」
次から次へと話は進んでいき、記憶がないボクは全く話についていけない。
「あのぉ実はさ、ボク前世の記憶がないんだよね。だからそのぉ、君のことも覚えてないっていうか・・・・・だけど、ミリターナから話は聞いてるから君が誰だかは分かってるよ」
「ああ?記憶がねぇだと?なんだそりゃあ、転生した後、俺とお前は酒を交わす約束をしたのも忘れてやがんのか?はっ、笑わせやがる」
このウェルフィアの名前はアルギス。ミリターナが言っていた前世でのボクのもう一人の親友だ。
東の国の王になったと言ってたけど、この島のことだったのか。
アルギスは立ち上がりボクたちへと近寄る。
立つと余計大きさが際立つ、座っていた時の二倍はありそうだ。
「これってさ、逃げた方が良かったりする?」
「落ち着いてティーシェ。多分大丈夫だと思うよ」
気がつくと夢に出て来そうなアルギスの顔面がすぐそこまで迫っていた。
「なぁ?本当に俺のことは覚えてねぇのかよ」
「う、うん。だけど君だけじゃないよ、ミリターナのことも思い出せないんだ」
「ならお前に用はねぇ、さっさとこの島から出ていけ!」
アルギスは再び椅子へ腰掛けると、先ほどの比じゃないほどの睨みをボクたちに向けて来た。
「まぁ、パルセノとしてのお前に今の俺を見せずに済んで良かったのかもしれねぇな。達者でな元親友。この島には二度と来るんじゃねぇぞ」
アルギスの言葉を聞き終えると、王宮の兵と思われるウェルフィアたちに王宮の外へと追い出されてしまった。
「はぁ、あれが貴方が探していた親友だったんでしょ?なんかめちゃくちゃね」
「まぁ、そうだね」
アルギスの見せた最後の表情、口では強いことを言っていたけど、ボクには悲しさを含んだ表情に見えたのは気のせいだったのか?
「ティーシェ、ボクの話を聞いてくれる?」
ボクはティーシェにミリターナから聞いた事を話した。
ボクは前世でパルセノ・グリーシャと呼ばれていたこと、パルセノとしてのボクには今は偉大となった三体のウェルフィアの親友がいたこと。そして、その内の一人がさっきのアイツだってこと。
「ユーリはどうしたいの?私は貴方について行くって決めてるわ。だから聞かせて、貴方が今思ってることを」
「ボクは・・・・・助けたい。ボクにはアイツが、すごく辛そうに見えたんだ」
「それならやることは一つね、もう一度話を聞きに行きましょ」
ボクたちはアルギスに会うため再び王宮へと向かうが、門の前に構えていた兵士によって止められてしまう。
「どうして中に入れないんだよ。今さっきは入れてくれたのに」
「部外者を無闇に招くわけには行きませんのでご理解下さい。それと、貴方がたとそちら二名のウェルフィアは今後一切、ここラグロク島への上陸を禁じるようにとの王の御命令です。早急にお引き取りを」
「私たちが何か悪いことでもした?どうしてそんな扱いをされなきゃいけないの?」
「止めようティーシェ。とりあえず今は引いた方がいい」
ボクは興奮するティーシェの手を引いて、ウェルフィアと一緒に上陸地点の船へと引き返すことにした。
「王宮はどうでやした?いいところでしたでしょう」
帰り際、再びマジックショーの客引き役に声をかけられる。
「滅多に招待されるものではありやせんからね。御二方、かなり噂になってやすよ」
だからか、やけに注目されている気がする。
「だけど、王様の機嫌を損ねちゃったらしいんだよね。だから追い返されちゃってさ、もう一度王宮に行きたいんだけど、何かいい方法は知らない?」
「それでしたら、明後日に行われる祭りに参加してみてはどうですかい?」
「祭り?」
「はい。年毎に祭りの内容は変わるんですが、その祭りの優勝者には王宮への招待権が授けられるんでやす。噂によれば、更に食事付きお風呂付きだとか、毎年負けが続いているんで今年こそはと、あっしも意気込んでるわけでやす」
その祭りに参加して優勝することができれば、もう一度アルギスに会うことができる。
「ティーシェ。ボクたちも参加してみようよ」
「そうね」
その時、風に吹かれて一枚の紙がボクたちの下へと飛んできた。
「なんだこれ⁉︎」
その紙には、雑だがボクたちの顔の特徴を捉えた似顔絵が載っていた。
おまけに島への上陸を禁ずるとの一言が添えられていれる。
手を回すのが早すぎる。
「私たちのウェルフィアまで・・・・・」
「ボクたちは顔を隠せば何とかなるけど、アートゥたちはそうはいかないね」
「あんたら一体何しでかしたんでやすかい?」
「何もしてないさ」
「まぁ、あっしはあんたらの味方でっせ、よければお力添え致しやす。なんなら、あんたらのウェルフィアを祭りが終わるまで預かっても構いませんで?」
確かに船に置き去りにしておくよりは、この人に預けておいた方がボクたちも安心だ。
「じゃあお願いするよ」
「私も」
「引き受けやした!」
「ちゃんといい子にしてるのよティール。すぐに迎えに来るからね」
「クエェェェ」
ティーシェのウェルフィアであるドラゴンの名前はティールと言うらしい。長い間ティーシェをハー島で見て来たけど、初めて知った。
まぁ無理もないか、ボクのことなんて誰も相手にしてくれなかったんだし。
「ボクもすぐ戻ってくるからなアートゥ」
「キュー」
アートゥたちは客引き役へと預けて、その後ボクたちは客引き役の案内で今日泊まる宿へとやって来た。
「おばちゃん、ごめんくだせぇ」
「あら、いらっしゃい大丸。その二人はお客さんでいいのかい?」
「はい!今日は花が咲きやした。存分におもてなししてあげてくだせぇ」
花が咲いた?
特にその言葉が何か重要な意味のあるものだとは思わなかったため、その場はスルーした。
「あらあら、そうだったの〜。そういうことなら精一杯おもてなししないとだね。ならお代はタダでいいよ!」
「それではあっしはこれで」
「ありがとう大丸さん。会ったばかりのボクたちにこうも親切にしてくれて」
「いいってことよ、じゃあな」
その後ボクたちは豪華な食事でお腹を満腹にして、広々とした温泉で旅の疲れをゆっくりと癒した。
次の日、ボクたちは朝早くにアートゥたちの様子を確認するため、大丸さんの下を訪れていた。
「おはよう大丸さん。ボクたちのウェルフィアに会いたいんだけど、いる場所まで案内してもらえないかな?」
ボクの言葉を受け、大丸さんは呆気に取られたような、驚いた表情を浮かべている。
「大丸さん?」
「おっと悪りぃ悪りぃ、残念ですがあっしらの管理するウェルフィアたちは部外者が立ち入れない地下の施設で管理しているんでっせ。ですんで、祭りが終わるまで辛抱してくだせぇ。無理矢理地上に連れ出してあんたらがまだ島にいることがバレたらいけないでやんしょう」
「そっか。そうだね」
ボクたちは一先ず宿へと戻り、作戦会議をすることに。
「ねぇユーリ。さっきの大丸さん、何かおかしくなかった?」
「うん」
大丸さんは、終始挙動がおかしかった。
「あれはきっと何かを隠したがってる。ボクたちを見た時のあの表情、きっと予想してなかった何かが起きたんだろうね」
簡単に言えば、大丸さんは信用できないと言うこと。
「どうするの?」
「とりあえず、今日一日大丸さんを尾行しよう。何か分かるかもしれない」
そうしてこれまで埃を被っていたマジックアイテムが陽の目を見る時がやって来た。
「じゃじゃぁーん」
ボクは白くて細長い三十センチほどの棒を帽子から取り出す。
「それは何?」
「まぁ、見ててよ」
ボクは手に持っている棒を勢いよく上下に一度振る。
すると、その瞬間別人へと姿を変えた。
「うっそでしょ!一体どうなってるの?」
「今説明するよ」
このマジックは、簡単に言うと任意の相手に変身できるというもの。まぁ制限時間は一度につき三時間くらい、もし変身が解けたらもう一度棒を振ればいいだけ。
それと、棒の中には変身したい相手の細胞が混ざっていて、混ぜる細胞は何でもいい。まぁ今回混ぜたのは髪の毛。それらは、この島に来て館でのショーを見た時に適当な観客から少しずついただいたもの。
「まぁざっくり説明するとこんな感じかな。こんなこともあるかと思って準備しといてよかったよ」
「こんなことって・・・・・まぁ旅は何があるか分からないから、ないとは言えないけどね。実際に今起きてるし」
「それじゃあ準備して、早速尾行開始と行こうか」
その後ボクたちはちょくちょく別人へと姿を変えながらバレないように夕方まで尾行し続けた。
「ねぇ、もしかして私たちの勘違いだったのかもね」
「うん。かもしれないけど、何か引っ掛かるんだよね」
けど、朝から夕方まで尾行を続けていて大丸さんに特に怪しい行動は見られない。
やっぱりボクたちの勘違いだったのかな?
「ちょっとユーリ、あそこ」
ボクが俯いて考え事をしていると、ティーシェが肩を叩き視線を前へと向けるように促してきた。
「ボクたちが泊まってる宿だ。大丸さん、ボクたちに会いに来たのかな?」
「それにしては何か様子がおかしいわ。あの表情、何か企んでいそうな嫌な笑顔」
先入観は多少あるかもしれないけど、ボクにも今大丸さんが浮かべている笑みが、いいもののようには見えない。
「近くまで行ってみよう」
ボクたちは宿の外に置いてある長椅子へと二人揃って腰掛け、会話を盗み聞きする。
「おばちゃん、例の二人は今どこですかい?」
「あの二人なら朝早くに出かけたよ」
「そうですかい。まんまとあっしらの罠にハマってバカな奴らでっせぇ」
その時、疑念が確信に変わる一言が大丸さんから飛び出した。
「だけんどぉ、一つ不安材料が出て来やした」
「何だいそれは?」
「おばちゃん。いつもと同じくあの二人の記憶も消しやしたかい?」
「当たり前だろ、あんたがウェルフィアを隠して私がウェルフィアに関する記憶を消す。いつものことじゃないか?」
なるほど、そういうことか。
ボクたちのウェルフィアを快く預かるフリをしておいて、裏では女将さんとグルになってボクたちのウェルフィアを盗もうとしていたのか。
ボクたちは昨晩、あまりの腹ペコ具合に夕食を食べ過ぎてしまった。
そしてその後飲んだ消化薬には解毒作用がある。
つまり、食後の薬を飲んでいなければ、食事に盛られた記憶をなくす薬によってボクたちはウェルフィアのことを忘れていたということだ。
「まさかあの二人、記憶をなくしてなかったのかい?」
「そういうことになりやす。早く対処をしなきゃいつ真実に気がついてウェルフィアを奪い返しに来るか分かりやせん」
「奪ったウェルフィアはまだ館かい?」
「そうでっせ。明日の祭りに乗じて他国へ売飛ばす計画でやす」
「頼んだよ大丸、絶対奪われるんじゃないよ。話によると一人はドラゴンを連れていて、もう一人は見たこともないツノの生えたウェルフィアだったそうじゃないか。間違いなく売れれば私らはこの島から抜け出せる金は稼げるだろうね」
「任せてくだせぇ、絶対ミスりはしやせんよ。じゃあとりあえず、あの二人も帰って来そうなんであっしは一先ず失礼しやす」
「期待してるよ大丸」
そうして女将さんとの話を終えた大丸さんが出口へと歩いて来た。
「今帰って来たことにしよう」
「だね」
ボクはわざと大丸さんとぶつかるフリをする。
「おっと失礼しやした。二人揃ってお出かけですかい?」
「ええ、まぁ。今帰って来たところなの」
「そうなんだ、色々と島の中を見て回っててね。とても楽しかったよ」
「それはよかった。それと、明日は祭りの前にお二人を迎えに行きますんで準備していてくだせぇよ」
そしてボクたちは大丸さんと別れた後、宿の部屋へと戻り、食後は昨日と同じように消化薬を飲んで解毒した。
明日は祭り当日、優勝すればもう一度アルギスと会うことができる。
だけど、アートゥたちのことは絶対に見捨てられない。
部屋で明日どうするか思考を巡らせていると二回ほどノックが鳴った。
「はい」
「私よ。少し中に入れてくれない?明日のことで話があるの」
その後部屋を訪ねて来たティーシェから明日の作戦に関する案を聞かされた。
中々悪くはない、むしろやってみる価値は十分にある作戦。
「一か八かかけてみよう」
次の日、ボクは一人宿の前で大丸さんを待っていた。
まだ朝早いというのに様々な店が立ち並ぶこの通りには、既に数多くの人が行き交っている。
「お待たせしやした」
「おはよう大丸さん」
「ありゃ?お連れさんはまだですかい?」
「実は彼女、体調が悪くて今日は部屋で寝込んでるんだ。だから祭りにはボク一人で参加するよ」
「そうですかい。そういうことなら早速向かいやしょうか」
ボクは大丸さんの前で変身マジックを見せることはできないため、いかにも怪しげな仮面とマントを羽織って出発した。
一先ず怪しまれてはいなさそうだな。
ティーシェは今、ボクとは別にウェルフィア奪還へと動き始めている。
昨日の夜、部屋へ訪ねて来たティーシェから、ボクは祭りに参加し、ティーシェが祭りの騒ぎに乗じてマジックショーが開かれた館へと潜入する作戦を伝えられた。
正直今の段階で掴めている情報は、まだアートゥたちが館内にいるということだけで、正確に館のどこにいるかまでは分かっていない。
任せたよティーシェ。
とりあえず、使えそうなマジックアイテムはティーシェに渡した。それをどう使うかはティーシェ次第だ。
「さぁ、つきやしたよ。ここが今回の祭りのスタート地点でさぁ」
ここって————
「アツッ!」
「気をつけてくだせぇ、ここは最近噴火した火山の真横に位置する山道でやすから、しょっちゅう火の粉が飛んでくるんでやす」
気をつけろと言っても、かなりの火の粉が飛んで来ていて、正直避けようがない。
だけど見たところボク一人が熱がっているため、ボクだけが我慢もできないヘタレに映ってしまう。
ボクたちが今いる位置は両端が火山で塞がれた山道。
そしてその道を照らすように遠くの方にまで提灯の明かりが灯っている。
だけど一番目立つのは両端の山に架けられてる一つの橋から下に伸びる螺旋状の階段。
そこから一人の着物を来た人物が一段一段ゆっくりとした足取りで降りて来る。
「よくぞ来てくれました。嬉しいです。集合場所と時刻を通達したのが昨日だというのにこれほどの人数が集まり素晴らしいです。感動です」
男はニタニタと笑みを浮かべて言葉を並べ、階段を降り終わると、山道の中央に用意されている舞台へと上がった。
「今日で記念すべき百回目を迎えるラグロク島の祭りで行うのは、リレーです。走ってもらいます。優勝者には王宮に招かれる権利と可能な範囲での願い事を何でも一つ、叶えられる特権が手に入ります」
そう言うと男は遠方を指さす。
指さした方向に視線を向けると、宿や館がある街が小さくなった風景が見えた。
「ゴールはあそこです。どんな手段を使っても構いません。ショートカットするのもありです。説明は以上です。それでは、位置についてください」
ボクのこの仮面とマントというおかしな格好は、みんなそれぞれ独特な衣装をしているため、全く目立ってはいない。
「さぁさぁ、位置につきやしょうか」
参加者は女性男性関係なく、みんなが押し押されて細い山道に用意されたスタートラインへと並ぶ。
「それではスタートです」
開始の合図を受けて、大人数が一斉に山道を降り始めた。
ボクも流れに乗って走り始める。
正直足の速さと体力にはあまり自信はないけど、ボクにはマジックがついている。
手始めにボクよりも後ろにいる人たちには眠っていてもらおうか。
「ちょっと寝ててもらうよ」
ボクは人魚から逃げる際にも使った眠り薬を背後へと広範囲にばら撒く。
「何ですかい今の?あっという間に三分の一くらいは減ったんじゃありやせんか?」
どうやら大丸さんは眠り薬の効果の範囲外にいたらしい。
ボクたちのウェルフィアを奪おうとしているし、この人だけには絶対負けられない。
「今のは何じゃ!」
すると、眠り薬を撒いた背後から、大声を上げ猛スピードで迫り来る、ゴリゴリマッチョな男性の姿が見えた。
「うそっ!」
あの眠り薬は象だけじゃなくて、小型のドラゴンさえも一瞬で眠りにつかせることができる代物。
まさか効かない人がいるなんてこれはちょっと予想外だ。
「お前の仕業か、仮面!随分とせこい真似してくれるのぉ」
「あ・・・・・えっと————」
ボクは既に息を切らせながらも、懸命に足を回転させる。
「待てコラァ!」
これはまたまたボクの新しいマジックを試すチャンスと捉えよう。
ボクは、マシュマロを口へと放り込む。このマシュマロは、その人の体が風船みたく軽くなるマジック効果が付与される仕組みになっている。
「うぉ、何だ?」
「ええ!ちょっと何?何なの?」
ボクは先に走る人たちの頭を踏みながら前へと進んでいく。
しばらく進むと、前方に足を止めた人だかりができているのが見えた。
その理由は、マグマ溜まりだ。
水溜まりのように山道の途中に大きくマグマが溜まっている。
だいたい直径五メートルくらいはありそうだ。
「俺はいくぜ!そーらよっと————あぁぁぁぁぁ!」
挑戦を試みた大半の参加者がマグマ溜まりの餌食となっている。
「ようやく追いついたぜ仮面!まずはてめぇからぶっ潰してやるぜ」
ボクは何人もの人の頭を踏みつけながら助走をつけてマグマ溜まりを飛び越えた。
「あっぶ、な!」
「どけどけどけ!」
背後にいたゴリゴリマッチョは、ものすごい跳躍を見せ、ボクの少し前へと着地する。
「追いついたぞ仮面。お前には脱落してもらうぜ」
「ちょっ、ちょっと待って。ほらこれあげるからさ」
ボクは一つの飴玉を手渡した。
「何だこれ?」
「すごく美味しいよ。食べれば不思議な力が手に入る」
男は飴玉を口へと放り込み、しばらくするとマッチョな体は宙へと浮き始めた。
「おぉ、おお!」
「おい見ろよあれ、人が宙に浮いてるぞ!」
「うそ!信じられない」
ボクは周りの反応を見て、ショーを開演するチャンスだと悟る。
「ボクの不思議な力を味わいたい人は、ボクを捕まえてごらん」
そしてボクは再び走り始める。
先にはちらほらと人の姿が見えるけど、大半はあそこのマグマ溜まりで苦戦している様子だ。
しばらく人気が少ない山道を黙々と走っていると、急に横の茂みから誰かが飛び出して来た。
「やっと、追いつきやした!」
「大丸さん?」
「あっしも負けるわけには行きやせんからね。それとあんたには言っておかなくちゃいけねぇことがあるんでさぁ」
大丸さんの本性は知っているけど、ボクたちの前では常に優しい顔をしていた。だけど今は、尾行していた時に見た悪い笑顔を浮かべている。
「お礼を言っておかなきゃと思いやしてね」
「お礼?」
「預かっていたウェルフィアがいたでしょう。今頃いい金に変わってるかもしれやせん。そのお礼でっせぇ」
「悪いけど、その企みは失敗に終わるよ。そっちには今頃、ティーシェが向かってるからね」
「なんだって⁉︎」
大丸さんは一気にスピードダウンし、呆気に取られた表情を浮かべる。
「知ってた・・・・・全部?信じられやせん」
「嘘じゃないさ、ボクたちを出し抜こうだなんて、ちょっと考えがあまかったね」
「くっ、だけどこの祭りで優勝できれば、まだ望みは消えちゃいやせん!」
その時、再び山道の横にある森林から続々とショートカットしたと思われる参加者たちが現れた。
「見つけたぞ仮面のあんちゃん」
「私たちにも不思議な力を味合わせて!」
それじゃあ、マジックショーの開演と行きますか。
ボクは付けていた仮面を外す。
「あ、あんた、その顔」
「これより臨時のマジックショーを開催いたします。みなさま、ゴールまでの間お付き合いください」
ボクはポケットから取り出した飴玉を宙へとばら撒いた。
「お次に少々スパイスを加えて————」
そして投げた飴玉に降りかかるように謎の白い粉をばら撒く。
「さぁお召し上がりください。ボクが摩訶不思議な世界へとご招待いたしましょう」
この場にいる参加者全員が足を止めて、地面に落ちたマジック飴を拾い口へと放り込む。
「それでは行きましょう。3・2・1—————パチッ」
ボクが指を鳴らすとタイミングよく島を囲む火山が次々と噴火し始める。
と、同時にボクを先頭にみんなの体が宙へと浮き始めた。
マジックの効果時間は十分。早速取り掛かろう。
ボクたちの体が空高くに浮き上がったところで、ボクは初日に招待された王宮からこっそりといただいた金を取り出す。
そしてこの金は、持ち出した金箔を更に粉状にしたもの。
それを盛大に頭上へと振り撒く。
「星降りのショーです」
ラグロク島には火山灰が空へと集中して雲を形成している。
ボクはその雲へと重たい金を振り撒くことで火山灰に金を纏わせ、降り注ぐ雨とした。
「わぁ、キレイ!」
「これは素晴らしいなぁ」
「喜んでいただけて光栄です」
ボクは次に氷の結晶が詰まった玉を打ち上げ、再度火山灰に纏わりついてキラキラと輝く雪となって地上へと降らせた。
「雪を見たのは実に何十年ぶりのことだろうか」
「私は初めてだわぁ」
ボクのマジックショーの影響で一部無くなった火山灰の雲の隙間から、一本の柱のように太陽の光が差し込んでボクたちを照らす。
そうしてボクを先頭とした祭りの参加者が次々とゴールしていく。
その隙にボクはちゃっかりと仮面をつけた。
その後しばらくして、地上を走ってゴールへと辿り着いた人たちの姿がちらほらと見え始める。
「みなさんお疲れ様でした。それでは優勝者の発表です」
まだ数名がゴールしていないけど、司会役の男性は、関係なしに表彰式を行う。
そして、優勝者が発表されようとした直前、大丸さんの姿が見えた。
「優勝者は、仮面さんです」
司会者の指先がボクへと向く。
とりあえずは計画通りだ。問題はこの後。
「納得できやせん!空を飛んでゴールするなんてズルでやんしょう」
「俺は最初に言いました。どんな手段を使ってもいいと、だからアリです。今回は残念でした、また来年チャレンジしてください」
「来年って、後一年もこの島にいなきゃいけないでやんすか?」
大丸さんの問いかけを無視して司会役の男性がボクへと近寄る。
「では行きましょうか、王宮に案内します」
ボクは地面に拳を打ちつけて悔しがる大丸さんを残して、王宮へと再び足を運んだ。
話は、祭りが始まる少し前まで遡る。
ユーリと大丸さんはもう行ったみたいね。
私もそろそろ向かうとしましょう。
私が出かけたことはなるべく女将さんに気が付かれない方がいいわね。
「あら、こんな朝早くに病人がどこに行くんだい?大人しく部屋で寝てな」
そう思った矢先、女将さんに見つかってしまった。
「ちょっと薬を買いに行こうかと思いまして・・・・・ゲホッゲホッ」
「ひどい咳だねぇ、ちょっと待ってな。何かいい薬があったかもしれない」
女将さんが私から視線を外した瞬間、勢いよく宿を飛び出して館へと向かう。
「よしっ、気を引き締めなくちゃ、待っててねティール、アートゥ」
ユーリから預かったマジックアイテムが、しっかりと役に立ってくれたらいいんだけど。
私はまだ営業していない館の中へとのれんをくぐって入っていく。
中は暗く、とても静か。
耳をすますと微かに聞こえてくる、ティールの私を呼ぶ声が。
「今行くわ」
「誰だ?勝手に入って何をしている!」
男性の怒鳴るような声が聞こえた直後、館の照明が全てつき、辺り全体が明るく照らされる。
声の正体は、初日にマジックを披露してくれた男性だ。
こうしている間にもティールは私に助けを求めている。
多分、感覚で自分の置かれている状況を理解しているんだわ。
「悪いけれど、私のウェルフィアは返してもらうわ」
「そういうことか。ならこっちも全力でそれを阻止させてもらおう。おいお前たち、バカな旅人を返り討ちにしてやれ」
すると、館内のあちこちから武器を持った数十名の老若男女が姿を見せた。
「そうまでして奪ったウェルフィアを手放したくないの?」
「当たり前だろ、ウェルフィアは他の国だと高値で売れるんだ。そうすれば俺たちは晴れてこの島から解放される。俺たちにも譲れない理由があるんだ。痛い目を見たくないなら大人しく引いてくれ」
「ティールは私の家族よ。見捨てる真似できるわけないでしょ」
ユーリから預かったマジックアイテムは計五つ。一つ目は透明なガラスの球体。
私は思い切りその球体を地面へと叩きつけた。
「な、何だこいつらは!」
ユーリが言うには、この球体の中には過去にユーリが自分の目で見た人魚たちの幻影が入っているらしい。
「これは・・・・・すごいわね」
一体だけものすごく巨大な人魚がいるけど所詮は幻影、危害を加えることはない。それが分かった瞬間、武器を持った彼らは襲いかかってくるでしょうけど。
二つ目は何かよく分からない煙玉。
ユーリが言うには、とにかく使いたくなったら撒いてみろとのこと。
私は続いて煙玉を地面へと投げつける。
すると、細く輪っか状になった煙が一つずつ広がってゆき、次第にいくつもの層を形成した。
幻影に夢中になっている彼らは煙の存在には気がついていない様子。
三つ目のマジックアイテムは一枚の真っ白なコイン。
煙にこれを当てると、何か面白いことが起きるらしい。
私はコインを煙の層目掛けて投げつける。
その瞬間—————
「ああああああ!」
マジシャンの男性含め、武器を構えていた人たち全員が感電して意識を失った。
「大したものね」
本当に用意周到というか、まるで未来が見えているみたい。
予備用の二つのマジックアイテムは必要なかったわね。
その後私は無事ウェルフィアを奪還することに成功した。
館内のマジックショーが披露されていた舞台の中央には地下に通じる隠し扉があって、そこから繋がる地下の狭い部屋に多くのウェルフィアたちが囚われていた。
私はティールとアートゥだけではなく、地下に囚われていた全てのウェルフィアを解放することができた。
「ユーリは大丈夫かな?」
心配するだけ野暮ね。
ユーリのことだもん、あっさり優勝しちゃってるに決まってる。
「それにしてもすごい噴火ね」
「キューキュー」
ユーリのウェルフィアであるアートゥが、私の服をちょんちょんと引っ張ってくる。
「どうしたの?」
「キュー」
とても不安そうな表情を浮かべている。
ウェルフィアにしか分からない危険を察知したのかしら?
私はティールとアートゥ、二体のウェルフィアに連れられて船の下まで移動した。
「一体どうしたの?」
その時、すぐ真横の火山が勢いよく噴火し、噴き出たマグマが街の方へと飛んで行った。
「ゴクッ」
私は思わず唾を呑み込む。
「もし、あのままあの場所にいたら危なかったわ・・・・・」
ウェルフィアには人には分からない危険を嗅ぎつける力が働くことがある。
無闇に動くのは得策じゃない。大人しくユーリの帰りを待つとしましょう。
「王。祭りの優勝者を連れて来ました」
「ご苦労だったな、祭りの司会役なんて任せて悪かったぜ。あばよ、達者でな」
「はい、王もお元気で」
そうして玉座の間にはボクとアルギスの二人だけが残された。
「おい、いつまで仮面をつけてやがる?優勝したお前には今日だけ特別に、王宮を好きに過ごせる権利を与えてやる」
「いや、ボクは———」
「おっとそうだったな、叶えられる範囲でだが、何でも一つ好きな願い事を言ってみろ。決まってねぇなら今日中に考えとくんだな。だけどあんまり時間がねぇことは頭に入れておけ」
「アルギス。ボクの話を聞いてほしい。それがボクの願いだよ」
ボクは仮面に手をかけてゆっくりと外す。
「お前っ・・・・・どうしてまだこの島にいやがる。俺は出てけと言ったはずだぜ?」
「ボクは君の力になりたいんだ」
「記憶がない分際で何をぬかしやがる」
「記憶はないけど、ボクと君は親友だった。それは今も変わらないよ、そう思わない?」
「思わねぇな、記憶がねぇのなら俺たちはただの他人だ。分かったら、さっさと失せやがれ」
どうしてだろう?ボクは決してウェルフィアの心が読めるわけじゃないのに、アルギスの乱暴な言葉の裏に隠された本当の気持ちを読み取れる。
例え記憶はなくても、ボクの体は君と過ごした日々を覚えているんだね。
「ボクには君が、苦しんでいるように見えるよ。それにボクを巻き込みたくないと思ってる」
「勝手に俺の気持ちを語るんじゃねぇよ。お前に俺の何が分かるってんだよ」
「分からないさ。だけど、ボクは君を一人にはさせない。だってボクたちは親友だろ?」
口では偉そうなことを言いつつ、記憶もないこのウェルフィアを心の底から親友と思っているわけじゃない。
だけどどうしても見捨てられない。
転生した今でも無意識にそう思ってしまうほど、ボクとアルギスは素晴らしい親友だったんだな。
「何度同じことを言わせやがる、さっさとこの島から出て—————」
アルギスの言葉がつまる。
その理由はボクのマジック。
ボクは玉座の間をプラネタリウムのマジックを使って星空で包み込んだ。
「これは一体何だ?もしかして魔法が使えるのか?」
魔法?そんな摂理からはみ出した力をボクは使えない。
「マジックだよ。しっかりとタネも仕掛けもある」
「マジックか、初めて聞く言葉だ。だけどお前はお前のまんまだな、パルセノ」
「ボクはユーリだよ」
「今のマジックとやらで思い出しちまったじゃねぇかよ。以前のお前も似たように魔法って力で色んなウェルフィアから好かれていた。例え記憶がなくても、お前は俺に会いに来てくれたんだよな・・・・・」
そう言うと、アルギスは何か吹っ切れたような表情を浮かべて俺の下まで近寄って来た。
「色々とすまなかった、次は俺が約束を果たす番だ。まずはこのクソみてぇな状況をどうにかしねぇとな」
ボクはアルギスが指さす方向へと視線を向け、王宮から外の景色を見渡す。
外では現在進行形で次々と火山が噴火し続け、ところどころマグマによる街への被害も出ている様子。
「見て分かるだろうが、噴火の頻度が日に日に増して街にまで被害が出る段階まで状況が悪化してやがる。だがその全てが俺のせいなんだ」
アルギスは視線を外に向けたまま、淡々と話し続ける。
「パルセノ、いや今はユーリだったか。お前が転生すると俺たちに告げ、いっちまったのが今からだいたい三百年前のことだ。それからの百年間で俺は様々な国を渡り、人を知ろうとした。だが現実は俺に残酷だった。お前が教えてくれた人の温かみは、一時の幻でしかなかったんだ」
アルギスは辛そうな表情で語り出す。
「かつて俺たちウェルフィアと人類が戦争をしていたことは知ってんだろ?」
「あぁ、知ってるよ」
「お前が死んで戦争が終わり、世界には新しい時代がやって来た。だがそれは人類だけのものだった。俺たちウェルフィアは人間たちに酷いように扱われ、しまいには命を落とすウェルフィアもいた。俺は百年かけて人間への憎しみを生み出すことしかできなかったんだ。この島に来て俺が言ったことを覚えてるか?」
「島から出てけ?」
「それじゃねぇ、約束の話だ」
かつて転生する前にボクたち二人の間に交わされたという約束のこと。
「俺とお前はある二つの約束を交わした。一つは再開した時、二人で酒を交わすこと。んでもう一つは、人とウェルフィアが平和に暮らせる国を俺自身の手で作ることだ。だが俺は、人間を苦しめる国しか作れなかった」
最初に悪役非道の王になったとアルギスは言っていた。
自身がしてしまった罪をずっと背負っている証拠だ。
「この島は牢獄だ。俺は手始めにまず火山を創造した、人がこの島から抜け出せないようにな。だがそれだけじゃまだぬりぃ、俺は島を訪れた人間どもに破れば命を落とす制約を課した。内容は、一生かけても返せない額の借金を負わせ、返し終わったら島を出ることを許してやるというもんだ。おかげで立派な王宮も建てることができたし、日々働き苦しむ人間の姿を堪能することもできた。俺は人間に絶望を与えて、最後には残酷に命を奪うためにこの島を作ったんだ」
「もしかしてボクたちのウェルフィアを売ろうとしてた理由って————」
「架空の借金を返すための金稼ぎだろうな。奴らは旅人が訪れては窃盗、暴行を繰り返し、その旅人もこの島に囚われ続けてる」
ボクたちをあれだけ島から出させようとしていた理由が今はっきりとした。
やっぱり、アルギスは本当はとても優しいウェルフィアなんだ。
その時、ほんの少しだけだけど頭の中に知らない景色が飛び込んで来た。
これは・・・・・。
昔のボクとアルギスとの記憶だ。
ほんの少しの記憶だけど、そこにはアルギス、そしてミリターナの姿と真っ白な大きな翼を生やした美しいウェルフィアが映っていた。
「この島はもう限界だ。普通なら外側にしか流れないマグマが島の中にまで流れて来てやがる。この島は後数日、いや数時間かもしれねぇ、マグマに全て呑み込まれちまう。そうなる前に何とかしねぇとな」
「・・・・・永遠の友」
終始外を眺めていたアルギスが、バッと振り返りボクを見る。
「お前」
「ほんの少しだけど、思い出したんだよ」
「俺たちは、永遠の友。俺たちが最後に交わした言葉だ」
ボクたちはこの言葉を最後に別々の道を歩き始め、ボクはその後転生した。
「ボクたちに乗り越えられない壁はないよ、アルギス」
「こんな感覚は久しぶりだぜ。手を貸してくれユーリ」
「もちろんさ!」
ようやくボクとアルギスの意思が通じ合い、ボクたちは現状の打開策を思案する。
「それで、お前にはなんかいい考えがあんのか?」
「いや〜正直言うとアルギスの悩みを聞いてから考えようと思ってたからさ」
「何も考えてねぇんだな。はぁ、お前って奴は、転生しても本質はやっぱ変わってねぇみてぇだな」
アルギスは躊躇いもなくため息をつき、呆れたような表情を浮かべる。
「おいユーリ。慣れねぇなこの呼び方。俺は火山をどうにかするから空に浮かぶ火山灰をどうにかできねぇか?」
地上で見るより王宮からだとよく見える。黒く、巨大な雲の存在が。あれが全部火山灰で出来ているというのは驚きだ。
「あの火山灰が再び火山に触れることによって噴火する仕組みになってんだ。俺が何としてでも全ての火山を消滅させてやるから、あの火山灰を全て地上に落としてくれ」
そういう仕組みなら、ちまちまと地上に落としていては再び火山灰が雲を形成してしまう恐れがあるため、理想は一気に全ての雲を落とすこと。
ボクは先ほど披露したマジックを思い出す。
「この王宮がなくなっても平気?」
「まぁ、別にかまわねぇが。何をする気だ?」
「少し考えついたことがあってね。もし、通常の十倍以上もの噴火を起こした場合、君にそれは止められる?」
「俺を誰だと思ってんだ?」
「なら、ボクと君でこの島を救ってやろうじゃないか」
「まっ、俺が言えた義理じゃねぇけどな」
「確かにね」
噴火はますます勢いを増していき、止まる気配がない。
後数時間後には島全体が消えている可能性は十分ある。
ボクたちは早速この島を救うため、別々の作業に取り掛かる。
アルギスは島にいる人たちを一先ず避難させる役目を担い、ボクは王宮からできる限りの金箔を回収する役目を担う。
ボクは宿に戻り元の衣装へと着替えた後、回収した大量の金箔を数十個の花火玉へと詰め込み、それらを島の周辺から中央に向かってセットしていく。
「そっちはどう?」
「避難は終わった。もうこの島には誰一人残っちゃいねぇはずだ。悪りぃが噴火を止めるのももうそろ限界がちけぇ、いっちょ頼むぜ」
「オーケー。こっちも準備が整ったところだ」
ボクお手製の花火は少し特殊でね、打ち上げる際に火を必要としないんだ。代わりに、地響きのような衝撃を加えると打ち上がる仕組みとなっている。
「いくぜ」
アルギスがそう言い放った直後、少しの間止まっていた火山が「ドゴォーン」という音を立てて勢いよく噴火した。
その瞬間、四方八方からボクが設置した無数の花火が全て同時に打ち上がり、雲スレスレでキレイな色とりどりの火花を咲かせた。
「こりゃあすげぇな」
「すごいのはここからさ」
そして花火に混ぜた金箔が上空全てに広がり、金が纏わり付いた火山灰が雨のように勢いよく降り始めた。
「俺の後ろに下がってろ、でけぇのが来るぞ」
落ちた大量の火山灰が火山に触れた途端、島全体に影ができるほどのマグマを爆発するように噴き出した。
ボクが撒いた金箔の成分は、雲が形成されていた上空にまだ残っている。そのため、再び火山灰で雲が形成される心配はない。
「これは・・・・・まずいかも」
噴き出し流れ込んで来たマグマは、ボクたちの頭上へと迫っていた。
「始めは壊すために作った島だけどよぉ、今は消したくねぇ」
アルギスがスゥーッと、大きく息を吸った直後、キーンと耳の奥に響く馬鹿でかい雄叫びを上げる。
「ブオォォォォォォォン‼︎」
雄叫びによる風圧が、頭上にあったマグマを全て外側へと吹き飛ばし、流れ出たマグマの全てが火山を包み込んだ。
「はぁはぁ」
「アルギス、空を見てみなよ」
「・・・・・太陽を浴びるのは、何十年ぶりだろうなぁ」
激闘を締めくくるかのようにマグマが退いた頭上には、雲一つない快晴が広大に広がっていて、太陽が眩しくボクたちを照らしている。
「ありがとうなパルっ———ユーリ。お前のおかげだ」
「まぁ、全部丸ごとってわけじゃないけどね」
「随分と小さくなっちまったな」
マグマによって六つの火山は跡形もなく消えてしまった。
「随分と素晴らしい姿になりましたね」
すると突然、光り輝く何者かが上空に姿を見せた。
太陽に照らされているかつ、自身からも光を発している不思議な存在。
「何者だお前?」
「僕は天界レヴィリンスの王子、ラグウェロだ」
「あー、ユメフィオナの息子か」
ユメフィオナ?確か、ミリターナがボクの親友だと言っていたウェルフィアの名前。
「君、アルギスでしょ?父上が君には天からの罰が下されることが決定したと言っていたよ。ああそれと、母上も特に反対はしていなかったな」
「何が言いてぇんだ?」
「母上の昔話にはよくアルギスって名前のウェルフィアが登場してたんだけど、母上は君のこと何とも思ってなかったみたいだね」
「ちょっといいかな?」
明らかにアルギスに対する侮辱と取れる発言に対して、ボクは横やりを入れると、王子と名乗るそいつは露骨に眉をひそめた。
「あのさ、母親とアルギスのこと何も知らないのによくそんなことが言えるね」
「じゃあ何?君は知ってるとでも言うの?たかだか人間如きが僕に偉そうなこと言いやがって」
「君なんかよりよっぽど知ってるさ、ボクたちは親友だからね」
「親友?君なんかが?到底信じられない話だ。だけど、確かその話には人間も登場していたような記憶が・・・・・そうか、君がパルセノか」
すると突然、不機嫌な様子からどこか嬉しさを含んだ表情に変わった。
「なんかワクワクするなぁ、昔話に登場していた人間に会えるなんて。だから一つ忠告をしてあげよう。そこにいるアルギスは極悪人だ。その様子じゃそいつが何をしたか知っているよね?そいつと一緒にいると君も下る罰に巻き込まれることになる。だから早いうちに離れたほうが身のためだよ」
「忠告感謝するよ。だけど、ボクはボク自身が信じた選択をするよ」
「そっか、残念だなぁ。じゃあ僕は帰るよ、抜け出したのがバレたら叱られちゃうからね。まぁせいぜい死なないように気をつけなよ」
そうして突然現れた天界の王子ラグウェロは、あっという間に姿を消してしまった。
それから何分か経った頃、二体のウェルフィアを連れたティーシェがボクたちの下に姿を見せた。
「ティーシェ、無事だった————」
ティーシェは何も言わずにボクに抱きついて来た。
「え?へ?ティ、ティーシェ?」
「バカ、本気で心配したんだからね」
そう口にしたティーシェの抱きしめる力は、力強い。
「何迷ってやがる、男だろ?」
ボクは彷徨っていた両手をティーシェの背中に置き、同じく抱きしめる。
本気で口から心臓が飛び出そうになった。
「ご、ごめんユーリ。私思わずこんなことしちゃって・・・・・」
素に戻り急に恥ずかしくなったのか、ティーシェがボクから勢いよく離れて、軽く頬を赤く染める。
「イチャついてるとこ悪りぃんだが、お前らのウェルフィア、すごく寂しそうな面してるぞ」
アートゥを見ると、今にもこぼれそうな涙を必死に抑えている。
次にボクはアートゥを抱きしめた。
「オイラ、オイラ、ユーリまでいなくなったらどうしようって、そんなこと考えちゃって」
「ごめんよアートゥ、ボクは無事だよ。お前の前からいなくなるわけないだろ?」
「キュー」
「ふっ、そういうところも相変わらずだな」
「そういうところって?」
「いいや、何でもねぇ」
この島にはボクたちしかいないため、ここへ来たばかりの賑やかさが少し恋しい気がする。
「なぁ、俺から一つ頼みがあるんだけどよぉ、いいか?」
「何でも言ってよ」
「俺を、お前らの旅に連れてってくれねぇか?」
「ボクは全然構わないけどティーシェはどう?」
「私はユーリがいいのなら、いいわ」
「アートゥとティールも賛成みたいだし決まりだね!だけどこの島はいいの?もう一度、一からやり直したいとは思わない?」
「俺はこの島をこんな風にしちまった張本人だ。だから一から始める責任があるのは確かだろうが、俺はもう、この島に手を出すわけにはいかねぇ気がするんだ。この島は、新しい誰かの手で平和を築き上げていくべきだ」
「そっか、それじゃあ、新しい旅に出るとしますか!」
そしてボクたちは船に向かい乗ろうとするが、ここで一つ問題が。
「アルギスって、泳げたりする?」
アルギスの体がデカすぎる。
「俺のことなら心配無用だぜ」
そう言うと、みるみるうちにアルギスの体が小さくなっていき、ボクの身長の五分の一くらいの大きさになった。
「そんなこともできるんだ」
「ミリターナとユメフィオナはどっちも人の姿になれるぜ」
ということは、アートゥにもその可能性はあるということ。
「出発しましょう」
「だね、それじゃあ新しい島に向かって出発だ!」
アルギスは、ラグロク島が遠く、見えなくなるまで視線を外すことなく見続けていた。
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