第3話

 ヒマワリに花束をもらったあの日から、私たちはいろんな所に出かけるようになった。

 あの日以来、私の世界は色彩を取り戻した。眩しいほどに輝く日常が戻ってきたんだ。

 それと、ヒマワリが私のことを名前で呼んでくれるようになり、ぐっと距離は縮まったように思う。

 そんな毎日が楽しくて楽しくて、ずっとこのまま、何年先も永遠に続けばいいと思う。

 日常の美しさというものは、失ってから初めて気がつくものなんだ。

 そして、私たちは今日この休みの日を利用して、少し遠くまで遊びに来た。遠くと言っても、原宿ではあるけど。

 さすがは若者の町。休みの日にもなれば多くの学生たちで賑わっている。

 ヒマワリと二人でタピオカドリンクを飲んでみたいって思っていたけど、それは出来ない。いくら人の外見に近くてもヒマワリはアンドロイドだ。人の食事は故障の原因にもなる。

 だから、無難にファッションの店を回る。

前からヒマワリにはワンピースが似合うと思っていた。だから、夏物を多く取り揃える店に入って服を見る。

 ヒマワリを試着室に連れ込み、次々とワンピースを持ってくる。

 完全に私の着せ替え人形にされたヒマワリは、困った表情をしつつも私に身を委ねてくれていた。


「あの、香織? そろそろ……」

「だーめ。聞こえません」


 ヒマワリに似合うワンピースを見つけるまではやめられない。

 服を次々取り替え、最高の一着を探す。この時間がまた楽しいんだ。

 結局、選んだのは白と水色のワンピース。お金を払い、ヒマワリにはそれを着て店を出てもらう。

 それから私たちは、近くの百貨店に移動した。そこにある雑貨店に用事があるのだ。

 目的の陳列棚にやって来る。

たくさんの花のブローチが売られているその棚から、私は一つ、手に取った。

 これはヒマワリへのプレゼント。彼女にばれないようにこっそりとレジに持っていく。

 贈り物用のラッピングをしてもらい、鞄に丁寧に片付ける。

 ヒマワリはまだ何かを買っているようで、私は店の外で時間を潰す。

 自販機で買った缶ジュースを飲みきる頃になって、ようやくヒマワリも店から出てきた。空き缶をゴミ箱に放り込み、二人で並んで移動する。

 夕焼けが私たちを緋色に照らす。

私たちが向かったのは、さっきまでいた百貨店の近くに建っている高層タワー。その展望室だ。

 ここからなら、さすがにスカイツリーにはほど遠いにしても、周囲の町並みは見渡せる。

 私とヒマワリの他には誰もいなかった。完全な二人だけの世界。

 紅い球体は、地平線の向こうに沈みながら私とヒマワリを見ていた。私の背中を押してくれる光と共に。

 だから、私は鞄からさっき買ったものを取り出した。ヒマワリにそれを差し出す。


「これ、ヒマワリに似合うと思ったんだ。受け取ってくれる?」


 私の手から小包を受け取ったヒマワリは、包装紙を破らないように丁寧に開封してくれた。

 中から出てきたのは白い花のブローチ。

 本当は黄色にしたかったんだけど、いいものがなかったからこれにした。

 白はなにものにも染まっていないから、向日葵のような色にもできるはずだから。


「これを私に?」

「うん。本当は黄色にしたかったんだけど」

「……やっぱり、そうですよね」


 穏やかな顔で私を見つめるヒマワリの顔を、さらに傾斜した夕日が照らす。

 それから、ヒマワリも小さな袋を取り出した。私の手にその袋を握らせ、ゆっくりと閉じさせる。


「これは?」

「私からの贈り物です。家に帰ってから見てくださいね。……といっても、本当の意味に気づかれますかね?」


 最後は、少しからかうような口調だった。でも、決して嫌な気分はしない。

 心から、ヒマワリと繋がっていると思えた。私たちは、一心同体なのだと。

 太陽が完全に沈むまで、私たちは展望台で立っていた。二人で手を繋ぎ、指を絡めて。

 音のない静かな空間ではあったが、今はそれが心地よい。

 今この瞬間だけは、何者にも邪魔されない私たちだけの特別な時間なんだ。


 ……だからこそ、かな。

 いつの間にか道路を走る車や人がいなくなっていたことに、私は全く気づくことができなかった。

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