向日葵の夏
黒百合咲夜
第1話
暑い日差しが肌を焼き、熱気が体に纏わり付いて汗を垂らす。蝉はジージーと鳴き、今が夏だということを知らせていた。
けれど、何の感情も抱くことはない。
モノクロのこの世界に季節も何も関係ない。白と黒で構成された私の世界。
色のない日常は、変わらずずっと続いていく。
目の前に刃物を突きつけられても、頭から水をかけられても、もう何も感じない。
「ちっ……反応薄いな」
きっかけがなんだったのか、実はよく覚えていない。気づけばこうして虐めを受けていた。
悪口から始まったいじめは、中傷、暴力、虐待へと日を追うごとにエスカレートしていった。
助けを求めたことも一度じゃない。けれども、誰も助けてくれなかった。
証拠がない、勘違いだと言われ続けて。
だからもう諦めた。心が限界だった。
助けなんてこない。弱い私が悪い。そう、思ってしまうほどに。
私をいじめるグループのリーダーがお腹を強く殴りつけてくる。
お昼を食べてないから吐き出すものなんてないんだけど、それでも強烈な吐き気に見舞われて蹲ってしまう。
「うわきったね……靴が汚れたでしょ!」
「謝れよ!」
「このカスッ!」
蹲る私を取り囲み、集団で殴る蹴るの暴行。
耐えればいい。そのうち休憩がある。ここを耐えれば大丈夫。
そう、自分に言い聞かせていた時だった。
突如としてシャッター音が聞こえて、私を含めた全員が音のした方を見る。
そこにいたのは、私たちと同じ高校生か、もしくは中学生くらいの見た目をした女の子だった。
「今の行為は撮影しました。警察を呼びますよ」
淡々と女の子が話す一方、リーダーの女子は苛立ちを隠せない感じで詰め寄っていく。
「何言ってんのお前? カメラなんてないくせに」
たしかに、女の子はカメラを持っていなかった。写真を撮影することなどできない。
けれど、彼女の目が陽光を反射したことで、取り巻きの一人がわずかな可能性に気が付いたらしい。
「ねぇ芹那。こいつ、アンドロイドなんじゃ……?」
「っ! ちっ、逃げるよ!」
「え、ちょっと!」
取り巻きを放置し、リーダーが真っ先に逃げ出した。
その取り巻きたちも逃げていった後で、女の子が私に手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「……して」
「え?」
「どうして、助けてくれたんですか?」
救いの手など期待していなかった。どうせ、自分のことが大切で周りに気を配る余裕なんてないだろうから。
でも、彼女は違った。私に救いの手を伸ばしてくれた。
最初はキョトンとした表情を浮かべていた女の子は、やがて温かな笑みを見せてくれる。
「私は、多くの人を笑顔にするために作られました。先ほどの行為は虐め行為だと断定し、対処しました。目の前で困っている貴女を見過ごすことなどできませんので」
やっぱり、彼女はアンドロイドなのだ。だから、純粋な思いで助けてくれた。
差し出された手を握り返す。
触れた彼女の手からはたしかな熱を感じることができた。あの悪魔たちには決してないような、どこか懐かしさを想起させる太陽の光のような熱を。
「もしよろしければ、お名前を教えていただけますでしょうか?」
「……香織。海老名香織」
「香織さん……素敵なお名前です。私は、そうですね……ヒマワリという愛称で呼ばれていました。香織さんもぜひそうお呼びください」
これが、私たちの出会い。私とヒマワリの出会いだった。
――東京は、人とロボットが共存する未来都市に変貌を遂げていた。
ロボットたちは人を笑顔にするために作られるが、人々はそんな彼らを友人として受け入れる。ロボットたちも、ただ笑顔にするために仕えるのではなく、対等な存在としての関係を築いていた。
そこに支配の関係などない。私たちは、互いに都市で暮らす同居人なのだ。
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