第5話 急成長
俺がこの世界に転生してから一年が経とうとしていた。
とはいえ、知識の経験値はそれほど上がっていない。
やはり、この場から離れられないというのが大きい。
分かったことは、この場所が自宅の地下にある部屋であるということ。
その部屋が錬金術の研究に使われていること。
それくらいだ。
他に得られる情報といったら、この部屋で両親が話している内容をそばで聞くことくらい。
そんな限られた環境で得たものといえば両親のことだ。
父の名前はクルト、母の名前はディアナ。
二人共、代々受け継がれてきた貴族の家柄らしい。
父クルトはアルムスター家の次男。
かなりの剣の使い手らしく、巷では〝瞬撃のクルト〟などと呼ばれ、一目置かれる存在なのだとか。
初めて見た時から、細身ながらも筋肉があり、鍛えていそうな体だと思っていた。
度々、腰に剣を携えながら室内に入ってくることもあったので、そういったものを扱うのが日常になっている仕事に就いているのだろう――そう推察していたが、それほどの人物だったとは意外だった。
なにせ俺の前では、かなりの親バカっぷりを発揮していたから。
まさか、それほどの人とは到底思えなかったのだ。
対して母ディアナはいつも家にいて俺のことを見守ってくれていた。
膨大な時間を培養槽の中で過ごす俺にとって、彼女が水槽越しに話し掛けてくれる言葉は大きな癒やしになった。
領内に魔物が出たと聞けば、杖らしきものを持ち出してきて、俺のそばで眠ってくれたりもした。
そして驚いたのは、彼女もクルトに負けず劣らずの魔法の使い手なのだとか。
人は見た目に寄らないものである。
そんな両親に見守られ、俺はすくすくと成長した。
といっても、自分で成長反応を起こして大きくなったのだが。
一年をかけて試行錯誤を続けた結果、俺の体は三歳程度の大きさになっていた。
体内にある謎の熱い流れは、今では六角形にまで進化している。
角が増える度に成長しているようで、今から七角形に挑戦しようと思っている。
――と、簡単に言っているように思えるだろうが、ここまで来るのが結構、キツかった。
外見からは何もしていないように見えるだろうが、実際には毎回、死ぬ思いなのだ。
言うなれば精神の筋トレとでもいうべき行為で、意識を持って行かれない限界を見極める行為がかなり苦しい。
筋トレも「もう駄目だ」と思えるギリギリまで攻めると一番筋肉が付くと言われているが、それに近いものがある。
それでも、ここまでやってこれたのは後悔の念があったから。
前世では何も考えずに大人になってしまった俺だが、せっかくやり直せる機会を貰えたのだから、今世は精一杯頑張りたい。
そういう思いも努力の一助を担っていたのではないだろうか。
さて、そろそろやってみますか。
俺は覚悟を決めて、心の準備を整える。
今回やるのは六角形の一辺を摘まみ、七角形へ変化、安定させること。
成功すれば、更なる成長が待っている。
これまでの経験上、成功する度に俺の中にある流れが滾るように勢いを増してきている気がする。
それが何なのかは分からないが、悪い気はしない。
……よし。
心の内で始まりを告げ、意識を流れに集中させる。
ここまでの鍛錬でそう簡単には意識を持って行かれないようにはなっている。
慎重に、且つ冷静に、辺に触れ、角を作り上げる。
ゆっくりと流れが折り曲がり、六角が七角になる。
そして、その状態で安定した。
やった。
思いの外、スムーズにできたぞ。
喜びも束の間、すぐに体に変化がやってくる。
ドクンという衝撃と共に骨格と身体が一気に膨れ上がる感覚を覚える。
見れば、体が大きくなっているのが分かった。
見た目、これで四歳くらいの体だろう。
毎回のことだが素晴らしい。
まだまだ大人と比べれば覚束ない体だが、赤ちゃんの頃とは違って格段にレスポンスが良くなっている。
思い通りに動く体って最高だな。
しみじみとしながら成長した体を確かめていると、ふと思った。
狭いな……。
そう感じるのも当然だ。
この培養槽はそんなに大きいものじゃない。
クルトが言っていた通り、三歳ぐらいまでを想定して作られているのだと思う。
これ以上の成長は、この環境では難しそうだ。
なんとか外に出られないもんかなあ……。
そう思いつつ、培養槽の内側に手をついた時だった。
自分の中にある、あの熱い流れが急激に滾り始めた感覚を得たのだ。
なんだ……?
不思議に思った次の瞬間だった。
培養槽に触れていた掌から七角形の光が現れると、その形がすぐに複製、辺同士を繋ぎ、瞬く間に培養槽全体に広がったのだ。
刹那、大音響が轟いた。
周囲を覆っていたガラス槽が無数の七角形に切断され破砕したのだ。
「!?」
何が起こったのか一瞬、分からなかった。
恐らく……というか、ほぼ確実に俺の手から出た光がこの結果を招いたのだということは分かる。
だが、この力は……一体?
散乱するガラス片と水浸しになった床の上で呆然と立ち尽くしていると、騒ぎを聞きつけたのか、両親が慌てたようにやって来た。
「ネロっ!? どうしたっ!? 大丈夫…………か?」
狼狽した様子だった彼らも部屋に駆け込んでくるなり、室内の状況を見て固まってしまった。
「こ、これは……」
その姿を見て俺は、やっちまった……と思った。
だから咄嗟に、
「ごめんなさい……」
そう謝ったのだが……。
逆にそれが彼らを更に驚かせることになってしまった。
両親は表情一つ変えずに呆然と呟く。
「ネロが……しゃべった!?」
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