語られぬ異世界戦争

なうなす

第1話 誰が悪魔だ

「ノース分隊進めぇ!」

 大きな声と共に十数人の人間がバラバラに別れながら、村へと進む。

 

 今作戦の目標はエルフーン国の二つの村の制圧。

 エンザートの上層部はここでエルフを奴隷にする      予定のようだ。奴隷のエルフは子供のみであり他は”処分”するのだ。

 我らは忠実なエンザート国軍。文句は言わずに戦うだけである。子ども以外のエルフは全て殺すと言う作戦は本国では公表されない機密作戦であり、表ではエルフーン国との戦争でしかない。

 そして現場の軍人の病む心は軍配布の精神安定剤を 飲めば少しは和らぐ。これでは軍人が戦う人形にしか見えない。しかしそうでしかない。これは戦争なのだから。正義の下に行われるのだから。

 

 作戦の始まった村の中で、剣が振られるのと共に血と肉が弾け跳び、戦場は赤く染まっていく。

「制圧成功しました!」

 作戦完了の声が次々に上がっていく。

 作戦の内容を確認するために隊員達が集まっている。確認の途中で村の外からからエルフの青年が出てきた。避難していたのだろうか?

「助けてくれ、頼む。妹が病気なんだ。頼む…」

 エルフの青年は弱々しく隊員に頼み込んでいた。

「隊長!どうすれば?」

 険しい顔の隊長は言う。

「殺せ。そういう作戦だろう」

 隊員が覚悟を決めたような顔で返答する。

「でっでも…」

「なんだ?隊長に逆らうか?」

 片目が赤くなっている隊員が剣を下ろす。

「……私には!殺せません!」

 隊員は力強く言い切る。

 ピクッと隊長の眉が上がる。

 ザン!ザン!

 隊長の剣は隊員の首とエルフの青年の首を切り落とす。

 勢いそのまま隊員とエルフの青年の亡骸が後ろに倒れ込む。火の魔法を亡骸に放ち、

その一瞬グッと隊長が目を瞑った。

 そしてすぐに、

「作戦終了だ。引くぞ」

 見ていた私は言葉にならない感情に押し殺されそうになった。

 

 作戦が成功し、次の目標はしばらく歩かないといけない為、村の外れでキャンプを立てて泊まることになった。

「貴様らよくやった。私たちは人ならざるエルフを殺す事で名誉を得たということだ。さて明日に備え飯を食っておけ。解散!」

 オリフ隊長は何時も同じ様なことを言っている。

 こう言うって決めているのだろうか?

 私はふと思ったことを隊長に聞く。

「そういえば隊長は何も食べていないようですが、大丈夫ですか?」

「…私は隊長だ。貴様らより多くの食料がある。しかしお前らに見せては嫉妬するだけだ。今回はあっちの森で食べる。では」

 やっぱり隊長は配布される食料の量も違うのか?気になってしまったから、私はこっそりと後をつけてみる。

 しばらく歩くと隊長が倒木に座っていた。

 木陰で見守っていると、

 隊長が首にかかった小さな女神像を握ってブツブツと何かを言っている。なんだかダメなことをしてる気分だ。…ん?これはダメなことだったな。

「女神よ。このような事は女神の下で行われるのでしょうか。私は……女神よ、何故敵は喋るのでしょうか?もう何度聞いたか分からない命乞いに、私は私はぁ!もう血を見たくありません。」ガンッ!

 隊長は地面に頭を強く打ちつける。

「勇気のない私をお許しください。首を剣で落とせぬ私を。自死を選べぬ弱き私を。上官に殺されるのが怖いからと逆らえぬ私を。何も変えられない私を。どうかお許し下さい。私は彼らに恨まれる上官であろうと思います。私が悪いのです。彼らは私を恨んでくれるのでしょうか?」

 隊長はボロボロと涙を流している。

「……女神よ。願わくば早く戦争を、大義無き虐殺の終焉を」

 泣きながらガタガタと震える隊長は、胸ポケットにある薬を取り出した。軍で配られている精神安定剤だ。

 隊長は勢いよく薬を飲んだ。

「ぐぅ…んっがぁ!………ふぅ…ダメだ。これではダメだろうオリフよ。アイツラに弱みなど見せてたまるか。さて」

 隊長が村の方へ向かう。

 私は隊長の行く末を見ずにキャンプに帰った。私は弱々しく泣き崩れる隊長を見て生まれたこの感情をどう処理すればいいか分からなくなってしまい、あまり寝れなかった。

 翌日、だるい体を日が出きってない早朝に起こす。

 今日もエルフを殺すのかと思うと辛い。なんでこんなことをしないといけないのか。

 こんな虐殺紛いの戦争に大義もクソもあるか!と言いたいが私にそんな勇気はない。昨日見た隊長の独り言は、なんだか同じ事を考えていると思い隊長の中身が鮮明になったと思う。

 近くの川で顔を洗いながら、ふと思う。「俺の顔ってこんなんだったか。」思わず口に出てしまう。

もう考えないようにした。

 キャンプに置いてある装備を付ける。

 この装備にも………突然吐き気に襲われ、急いで川に向かう。

 吐いてしまった。辛い。

 日に照らされ輝くはずの剣は、ボヤッと日を反射している。貯めていた不快感が突然襲いかかってきた様な感覚に、正気が保てなくなる。

 顔を自分で叩いて下に戻ろうとする。

 辛い。

 薬を飲んだら何だか楽になった。忌々しいなクソッ!

 空のビンを蹴飛ばして集合場所に向かう。


 今日は二つ目の村を制圧する。今日は二つ目の村を制圧する。今日は…今日は…

 昨日の全てが脳を流れる。

 薬が足りない。ガタガタ震える手を使ってもう一つ薬を飲む。少し楽になる。

 ゆらゆらと揺れる視界で酔いそうになる。

 隊長は作戦について話している。なに言ってるかが分からない。

 村に着いた。作戦開始の合図と同時に、

 無理にでもと剣を構え、エルフを斬る。

 エルフが出た。殺さなければ。

 エルフだ。殺さなければ。

 敵だ。あれは敵だ。殺さなければ。

 そうして辛うじて進行する作戦中に、隊長の笑い声が聞こえる。

「エルフ。エルフ。ぁあ、私は」

 隊長が自分の首筋に剣を当てる。

「アハハ…女神よ。私に勇気を下さるのですね。あぁ…弱き私も…やっと。アハハハハハハハハ!」

 ザン!

 首が落ち、ゴロゴロと転がっていく。残された胴体は前に倒れ込む。

 隊長が死んだ。

 自害した。

 作戦が終わり、本部との魔法通信で隊長の死を伝える。本部は冷めた口調で「そうか」の一言。心が壊れた隊長の死をそうかだって?もう私は戦える自信がない。

 

 作戦終了を確認し、本部からエルフーン国にある臨時中央キャンプへの帰還命令が出た。



 テクテクと隊員と帰る。道は血濡れて、鼻が壊れそうになる。焦げた肉の匂いなんか嗅ぎすぎて慣れた。

 後ろを見ることができない。辛い。

 本当にこれが戦争か?


 小さい頃見た軍の英雄。一人で何人も殺す英雄。かっこいいと憧れ、エンザート国軍に何とか入った。魔法通信機の設置任務、エルフのゲリラの殲滅、そして今回の村の制圧。

 最初の頃の高揚感なんかもうありやしない。

 帰り道は反省ばかりだった。


 キャンプに帰ってきてふと、飲んでいた飲料水のパッケージを見る。「エルフは悪魔だ!」

 ハハッ。

 誰が悪魔だ。

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