お金サマ

@KSGRA

お金サマ

―――もっと丁重に扱えってんだまったく。

俺は千円札。お前らの言う「お金」様だ。


「………畜生。今日も負けちまった………」


…喋り方といい。見た目どおりの男だな。

この40だか50の男の汚ねぇケツポケットの中に入るまで、俺は結構いろんな人間共を見てきた。それは人間共のなかでは別嬪な女のところにいたこともあったし、汚らしい人間に暫くは触れられない時期を過ごしたこともあったさ。まぁ今は、こんな汗くせぇし豚みてぇで肌も荒れてる近くにいるだけで身の毛がよだつであろう男の手に、「パチンコ」とやらの景品としていちまってる訳だが。「慣れた」を通り越して「厭きれてる」。


え? なんで人間に対して口が悪いんだって? そりゃそうだろ。だって身体を滅茶苦茶におられた挙句にクソを出すところから近いところにねじ込まれたりもするんじゃ不快なんてもんじゃねえだろ? しかもこいつに限った話じゃねえし、女でも扱いが荒い奴がいるから困ったもんだ。

しかもそれだけじゃねぇ。人間は、俺たちに感謝ってもんをしやがらねぇ。それどころか「もっともっと」って甘ったれたこと言いやがって。しかも、そんなことを言ってるソイツは俺たちを得るための努力はちっともせず、寧ろ余計なものをもっと買って、「大金持ちのエリート」の足を引っ張ろうとするヤツまでいやがる。全部お前のせいだろうがよ。お前らが言う「大金持ちのエリート」とやら呼ばれてるやつらがやってる努力を知らないでよぉ。まぁ俺もお金なもんだから知識でしか知らねえけど。


あいつらはまず、幼い頃から意味わからんような勉強に時間を費やして受験を勝ち抜く。その間にやりたいことを我慢したり、塾通いでくたくたになるような生活を送る奴らもいるだろう。高校受験、大学受験を勝ち抜き、大人共の期待に押しつぶされそうになりながらやっと大手企業に入ったものの、その後も出世競争、上司にへつらったり残業したりして、そんな生活をこの男とおんなじくらいまでの年まで続ける。そうしてやっと1000万、2000万というお金が来るそうじゃないか。他の人間どももここまでいかずとも、「お金を得るため」に80年くらいしかない寿命のうち、40年以上の時間を費やしてる。


分かるか? 今生きてる人間どもは、自分の時間、言うなれば命をお金に換えてるんだ。言い換えれば、人間は、お金を得るために生きてるんだ。まさに「お金は命よりも重い」だ。

だというのにこいつらときたら、お金があるのが当たり前みたいな思考をして、どうでもいいことに、その日しか続かないような欲を満たすために俺たちを簡単に使いやがる。

お前らは、そのくだらないことで自分の命を削ってるんだという自覚はないのか?

ないんだろうな。ならせめて、自分の命を削ってるんだって自覚をもって俺たちを丁重に扱えよ。 エリートと自分の立場っていうのに自覚をもって、身の丈ってもんを理解するほうがパチンコ野郎のお前も生きやすくなるんじゃないでしょうかねぇぃ?


「いらっしゃいませ~」


…………この男も例に漏れず、コンビニでタバコか。そんなのに俺たちを使ってるから大金持ちになんてなれないというのに。お前らの言う「エリート」の枠に入れない根幹が、その怠慢で腐りに腐った心根だというのに。ホント救えないな。


「—————ん?やあ」


タバコに使われ、レジの中へと移動した俺は、真下にいる同士に声をかけられた。

挨拶はしとくか。


「————よお。悪いな、邪魔しちまって。重……いか?」


「だいじょうぶだいじょうぶ。いいよ、そんなに気を使わなくて」


同士はそう言うが、本当はこんな狭苦しいところに詰められるのが嫌で仕方ないだろうな。


「ああ………まったく、人間もこんな狭く暗いところになんか置きやがってって話だよな」


「まぁまぁ。そう言いなさんな。仕方ないよ」


仕方ない……?


「…おいおい、何言ってんだ?お前だって人間に不満の一つや二つあるだろう?」


そんな言葉を聞いて、思わず言い返した。同士との会話は挨拶程度に留めている方なのだが……さっきのパチンコ野郎のケツポケットに突っ込まれて今までの鬱憤が最高潮に達したからだろうか。


「え?……いやあ、特にないけど」


………いやいやそんなわけねえだろ………それとも知らないフリしてるのか?もっとハッキリ言ってやるか。


「イマドキの人間ってヤツは、俺らに感謝もしやがらねえだろ」


「…ん?」


「俺らがいるのが当たり前みたいな態度でいやがって。その癖もっとよこせとかほざいてる。言ってるソイツは余計な食いモンやら本当にそれ必須かって物に貢ぎまくってるってのにな。願望とやってることが矛盾してる。バカだろ」


「えぇ……?まぁ……そう言われるとそうなのかもだけど…」


「ソイツが酒だの食いモンだのに投資している中、お金持ちと呼ばれるものはもっとお金を稼ぐためにお金を使っている。

ソイツが『金ねえ~金ねえ~』と文句だけ言ってる中、お金持ちは苦汁を飲んで立ち向かい続けている。

ソイツが重い腰を上げて努力する中、お金持ちは既に努力している。

ソイツが基準にも達してない努力に酔いしれる中、お金持ちは常に努力の更新を怠らず寧ろさらに努力している。

そりゃあ『お金持ち』になれるわけがない。ソイツが『貧乏』にならないわけがないだろ」


「…いやあ……う~~ん……」


「今の人間は皆。『お金お金』と、お金に捕らわれている。お金を得るために、生まれた瞬間から競争に立たされる者もいる……言うなれば人類は、お金を得るために生まれてきてるんだよ」


「……そ、そこまでは………」


「現実問題そうだろ。お金が全てじゃないなら、なんでお金を投じてきた絵描きのほうが世の中で評価されてる?

お金を投資してる人間と投資せずに鍛えた筋肉で美しさが違うのは?

高学歴の奴らは塾に行けて、家庭教師を雇えて、問題集も沢山持ってて、その手の情報をたくさん持ってるような奴らだ。じゃあそれらの内一つの手段を取りたいとなった時に、金銭が一切発生しないなんてことあるか?

お金を殆ど投じれなかったけど成功しました!なんて奴、この現代に何人いるんだ?まあ、いたとしても一般人には再現不可能だろうがな」


「………………」


「だから人間はさあ。もっと俺らを丁重に扱えってんだよ。お前らが手に握ってんのは。グチャグチャに折ってんのは。汚ねえケツポケットに突っ込んでんのは。そんな将来になんの意味のないものに使おうとしてんのは。『お前の命そのもの』なんだからよ。精々負け組は負け組なりに、手元にあるものに感謝して隅っこで生きてろよ」


「………………」


同士は黙り込んでしまった。

しまった……一方的にしゃべり過ぎたか?

そう思った瞬間、同士は語りだした。


「うん……言いたいことは分かったよ」


………あれ?逆に今までそんなことも考えずにいたのか?それはそれで物珍しい。まあ同士とはあまり話さない方だったけど……


「確かに。お金が沢山あるかないかで、色んな物事に優劣がついているのは確かだ」


「…そうだな」


「それにお金持ちと呼ばれている人と、貧乏と呼ばれている人。その人達の人生観とか行動とかが、その人達との差を明らかにしているのも、その通りかもしれない」


「うんうん。というか実際そうだろう」


「人間たちは、もっと『今あるもの』に感謝すべきだ」


「そうそう!そうなんだよ!」



「でも、君も人間に感謝したら?」



「……………………………は?なんで?」


「人間は…言い過ぎかもだけど『幸せ』になるために僕らを生み出してくれたくれたんだろう?人間が幸せになろうと、僕らを使ってくれなきゃ、僕らの存在意義がなくなるじゃないか」


「それは………だが意味のないことにまでお金を使ってる奴らは…」


「それが今、その人にとっての幸せになるならそれでもいいと思うけどな。その意味のない行動にお金を使っているおかげで生きていける人たちもいるし。

それが将来に直接関係することじゃないとしても、それがその人や、その人の大切な人たちの思い出になったり。励みになったりすることもあるんじゃないかな?」


まぁ。将来にお金を投じることが一番良いのはその通りだし、それでお金を使い果たしたりするのはいけないと思うけどね。

続けて苦笑気味に同士はそう言った。


「————でも、君も優しいね」


「…………………へ?!」


「だって、人間たちについてそこまで考えてるんでしょ?僕なんて、本人が幸せならいっか~程度にしか考えてなかったし……僕の上に乗っかった時も気を使ってくれたし。他のお金たちを気にかけてるような発言もしてたしね」


……………なんだこりゃ。照れくさい。


「君は変わらないほうがいいよ。ただ……もう少し、考え方を楽にしたら生きやすいと思うな………まあ僕ら”物”なんだけどね(笑)」


「……………おう」


突然、暗闇が晴れた。店員がレジを開けたのだ。そのまま流れるような勢いで俺は摑まれる。


「………じゃ。またどこかでね」


同士は刹那にそう言った。


「—————ありがとうございました~~」


「……………ありがとうございます」


俺が今度手に渡ったのは、上下真っ黒な服を着こんだ少年だった。見たところかなり若い。声もまだ高く、顔もまだ幼さを残している。


………………俺を使う時は、問題集とか…………

………………………………


………友達と遠出に出るときとかに、使ってくれよな……

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