第59話

和音が戻ってきてから一月が経とうという頃、二人の店の経営は落ち着いていた。


あれから佐吉からの嫌がらせもなく、客入りも上々である。


佐吉は多分、自身の立場を考えてこれ以上はおおごとにしないことにしたのだろう。


和音が店で商品を揃えていたところ、一人の青年が尋ねてきた。


「すみません……」


見慣れない客に、和音はいつものように笑顔を向け声をかけた。


「いらっしゃいませ」


「あの、客というわけではないのですが……」


訪ねてきた青年は、申し訳なさそうに頬を自身の指で掻いた。


「何か御用でしょうか?」


そう和音が問うと、青年は「はい」と頷いた。


客ではないと言うなら、若い男が古道具屋に一体何の用があるというのだろうか。


「あなたが和音さんですね?」


青年のその言葉を聞いて、和音は目を見開いた。


この地で、自身の和音という名を知っているのは飛鳥くらいのものだから。


『どうして、その名を知っているんだ?』


そう思った和音の心臓は早打ちする。


「何故その名を知っているんですか?あなたは何者ですか?」


「私は、香煌楼にいた飛鳥さんの客だった、政忠という者です。あなたのことは、飛鳥さんから伺っていました」


政忠のことは、飛鳥から色々と聞いていた。


飛鳥の上客であることも知っていたし、水揚げもさせてくれた人物であることも……。


ただ、政忠に実際に会ったことはなかったから、彼の顔を知らなかったのだ。


しかしどうして今になってここまで訪ねてきたのだろうか。


それに、どうやってこの場所を知ったのだろう……。


和音の頭の中には、疑問ばかりが渦巻いていた。


「それで、どうしてこの場所を知っているんでしょうか?」


「それは……私が、自ら探し当てました。あなたの故郷がこちらだと聞いたので……苦労はしましたが」


一体どこの誰が地元を話したというのだろうと、和音は不快に思った。


目の前の男が飛鳥の客だったというなら、和音の故郷を明かしたのは恐らく香煌楼の人間だろうと思われる。


『余計なことを話しやがって』


和音は心の中でそう毒づいた。


それでも、ここまで来てしまったのだから仕方ない。


「ところで、こちらにどういったご用件でしょうか」


怪訝そうに和音がまた尋ねると、爽やかさを保ちながら答えた。


「飛鳥さんに会いたくて、参りました」


和音がいることを分かっているはずだが、よくここに現れることができたものだと思う。


それに、自分の仕事の方は大丈夫なのかと、変な心配までしてしまう。


「彼は、奥におりますので少々お待ちください」


何とか笑顔を作り、通常の客に対するのと同様の対応をした。


悶々とした気持ちの中、飛鳥のいる帳場に向かう。


正直、なぜ自分がこんなことをしなければならないのかと思うのだが……。


「飛鳥。お前に来客だぞ」


「え?僕に?誰だろう」


「行けば分かるよ」


鬱屈とした気分に耐えながら和音は答えた。


「一体誰だろう」と呟きながら、飛鳥は来客の待つ店頭に顔を出した。

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